レンリとルカとウルとゴゴの冬休み①
これが、いわゆる住む世界が違うということなのでしょうか?
レンリの友人だという貴族令嬢のお茶会に招待されたルカに出来るのは、ただただ眼前の光景をぽやんと眺めることだけでした。
レンリの家の人々とは違う方向性だけれど、やはり貴族というのは変わった人が多いのだなぁ……なんて思わず考えたくなってしまうけれど、コレに関しては上流階級だの身分がどうのこうのだのは恐らく関係がなく、純粋に一個人の個性に拠るものなのだろうということも何となく察しがついてしまい、しかし少なからずデリケートな問題も孕むがゆえに迂闊に問うことも些か躊躇われます。
急な招待への疑問や戸惑いなど、あっさり吹き飛んでしまいました。
以前の、ほんの数ヶ月前までのルカには分からなかったかもしれませんが、今ならはっきり分かります。その激しい感情に対する共感は間違えようもありません。
「ああ……お姉様、お姉様、お姉様、お姉様、お姉様! お姉様! お姉様!」
「ははは、キミは相変わらずだね。元気そうで何よりだよ」
レンリは平然としていますが、果たして正しく分かっているのやら。
彼女達をお茶会に招いた令嬢、レンリの姿を見ると同時に駆け寄って抱きつき、胸に頭を埋めるようにして嗚咽を漏らす彼女は、きっとレンリに並々ならぬ想いを抱いているのでしょう。
◆◆◆
「こほんっ……失礼致しました。レンリお姉様、お友達の皆様も、ようこそいらっしゃいました。此度は急な招待をお受けいただき感謝の極みでございます」
数分後、ようやく昂った気持ちが治まったのか、レンリにしがみついていた彼女は、恥ずかしそうに咳払いをしてから優雅な礼をしました。元々薄化粧なのか、あんなにも泣いていたのに目元が少し赤くなっている以外は全く不自然な点がありません。縦ロールにした長い金髪も、実によく似合っています。
「皆、紹介するよ。この子はアン。アンナリーゼ。年は私の一つ下で、さっき見た通りちょっと変わってるけど良い子だよ。それで、こっちの三人が――――」
双方の共通の友人であるレンリが橋渡し役となり、初対面の皆を紹介しました。
「アンナリーゼと申します。皆様、どうかお見知りおきを」
「あ、いえ、その……こちらこそ、よろしく、です」
ですが、正直なところ、予想外の腰の低さにルカとしては戸惑うばかり。
庶民を無闇に見下すとか、高圧的・威圧的に出られるよりは遥かにマシとはいえ、豪奢なドレスや宝石で着飾ったお嬢様にこんな態度を取られては、落ち着かないのも無理はないでしょう。レンリが「良い子」と保証したのだから信用はできますが、それはそれ。
そもそも、このお屋敷はレンリの家とは違って真っ当な貴族の住むような豪邸です。
爆発音や奇声が聞こえてこないのはいいとして、小市民的な感覚を有するルカとしては、ただこの空間にいるだけで気疲れしてしまうような場所。レンリの外行きの服を借りて、短時間で出来る限りの装いはしてきましたが、場違い感からは逃れられません。
学都でルカと兄弟達が住んでいる屋敷も豪邸と言えば豪邸ですが、いかに大きくとも使用人の一人もおらず、これといって高価な物品も置いていない建物とでは全くの別物です。
何気なく飾られている調度品の一つ一つが高級品で、うっかり触って壊しでもしたらと思うと足が竦んで動けなりそうです。先程、玄関からこの談話室まで案内される間に、珍しい物品に興味を惹かれたウルが無遠慮にあれこれ触っていましたが、見ているだけのルカの心臓が止まってしまいそうでした。
レンリの家は、その異常性に慣れさえすれば案外居心地が良くリラックスできましたが、こちらの屋敷にはちょっとやそっとでは慣れそうもありません。
「それで、アン。今日はどうしたんだい? 茶会の誘いはいいとして、招待状を送った当日にいきなりだなんて、ちょっと急すぎやしないかい?」
「申し訳ありません。我が家の使用人から街でお姉様をお見かけしたと聞いたのが今朝のことで、それで一刻も早くお会いしたく……でも、お姉様も意地悪ですわ。王都にお戻りになっていたのなら教えてくださってもよろしいではありませんか」
「あはは、ごめんごめん。手紙でも書こうかとは思ったんだけど、いざ机に向かうと面倒でつい先送りにね」
「ふふふ、でも、そういうところもお姉様らしいです」
招待状に記された日付がまさかの当日だった理由は、早くレンリに会いたかったから。
想いが募るあまりに気が急いてしまったようですが、そもそもの原因はレンリの筆不精にありました。せっかく帰省したのだから親しい友人知人には報せておこうと本人も思ってはいたのですが、ついつい面倒臭くなって先送りにしていたのです。
王都の観光案内であるとか、学都では手に入らなかった最新論文に目を通すだとかで色々と忙しくしてはいたのですが、結局はレンリの怠け心が原因です。自分の家の者以外には誰にも教えていないのだから、必然的にレンリが王都に戻っていることは友人達も知らないままでした。
この屋敷の使用人が偶然レンリの顔を覚えていて、街中で見かけたことをアンナリーゼに報告しなければ、こうして招待状を送ることもなかったでしょう。下手をしたら、帰省を終えて学都に帰るまで知らないままだったかもしれません。
「さ、そろそろお茶にいたしましょう。魔界産の良い茶葉が入ったのです。お姉様が沢山召し上がると思って、お茶菓子もたっぷり用意してありますわ」
「お、それは嬉しい。流石、よく分かってるね」
まあ、始まり方はともあれ、和やかな雰囲気の中でお茶会が始まりました。
アンナリーゼが卓上のベルを鳴らすと、あらかじめ扉の外で控えていたのでしょう、執事やメイド達が手際よくお茶とお菓子の支度を済ませました。ケーキやタルト、クッキーにサンドイッチ、瑞々しい果物、マフィンにプディング……大きなテーブルが色とりどりの食べ物で埋め尽くされた様はまるで満開の花畑のようです。
「ルカさん、ウルさんとゴゴさんも、どうぞ遠慮なく召し上がってくださいね」
『うん、いただきますの!』
レンリとウルはいつも通りにモリモリと茶菓子を口に運び、ゴゴも普段と同じ落ち着いた様子でお茶の香りを楽しんでいますが、ルカは緊張してあまり食が進みません。やはり、自分が招かれた理由が不明なままなのが気になっていました。
幸い、その理由は長く秘されることもなく、この後すぐに明かされましたが。
「あの、ルカさんは冒険者、なのですよね?」
「は、はい……一応」
「うん、私の護衛として頼りにさせてもらっているよ」
「ああ、やっぱり! 学都の迷宮でご活躍されてらっしゃるお姉様に、お連れの方々がいると聞いてピンと来ましたの!」
どうやら、アンナリーゼの目当ては、ルカ個人ではなく「冒険者」だったようです。それを聞いて、ようやくルカも少しだけ気が楽になりましたが、まあ、それはさておき……、
「よろしければ、冒険のお話を伺ってもよろしいでしょうか? わたくし、将来は、年が明けて成人したら、レンリお姉様のように迷宮で冒険をしてみたいと思っているのです!」
やはり、貴族という人種には大なり小なり変わった人物しかいないのかもしれません。




