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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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ルグの冬休み②


 ――――夜。

 村長宅の食堂にて。



「それじゃあ、皆がこうして無事に集えたことを祝して……乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」



 村の住人達が料理を持ち寄って集まり、ヤツデ討伐を祝って宴が開かれました。

 そして勿論、この宴会の主役は単身で怪物を倒したルグ。

 流石に村の全員が村長の屋敷に入るのは無理なので、半数以上は近くの空き地に急遽設えた会場で飲み食いしているのですが、彼は村長宅の食堂の、普段は村長が使っている椅子に座らされていました。



「なんかすいません。無駄足踏ませちゃって」


「はっはっは、無駄で済んだんなら、それに越したこたぁない」



 結局、村長が最寄の町から冒険者を連れて戻ってきたのは、ヤツデが倒れてから三時間も後。それでも最大限急いだ結果ではありましたが、村に到着した彼らが見たのは村人総出で宴の準備とヤツデの解体処理をする光景。

 結果論ではありますが、村長達の頑張りは全くの徒労ということになってしまいました。

 とはいえ、村長も自分で言うように無駄に越したことはありません。


 依頼を受けて来た冒険者達も残念がるどころか安心した様子です。当初の依頼内容とは違いますが、討伐の代わりに解体したヤツデの皮や骨を運搬する仕事を頼むということで既に話がついており、今は彼らも一緒に宴を楽しんでいます。


 なにしろ生半可な武器では傷もつかない毛皮や、そのまま振り回しても武器になりそうなほど頑丈な骨なので、質の良い武具の材料になるのです。肝臓や脳味噌も薬の材料になるので、塩漬けにして一緒に運ぶことになっています。試作聖剣が壊れるまでの間にルグがある程度まで解体を進めていたので多少マシでしたが、それでもノコギリや鉈が何本もダメになってしまいました。


 運搬にかかる人件費や諸々の雑費を引いても、村に入る臨時収入は結構な額になるでしょう。

 本来はヤツデを倒したルグが全額を受け取るのがスジかもしれませんが、彼自身の意向で村全体の収入とすることになったのだから何も問題はありません。


 今回の獣害では人的被害は無かったものの何頭かの家畜を失っていました。細かい使い道は実際にお金が入ってから決めることになりますが、牛や羊を失った補填とするには十分なはずです。



 

「それにしても驚いた。まさか、ルー坊がそんなに強くなっとったとは」


「うん! ルー兄ちゃん、すっげぇ強かったんだよ!」


「ねぇねぇ、冒険者って皆あんな強いの?」



 先程の戦いの最中、村人達は家に隠れていましたが、それでも少なくない数の目が窓越しに見守っていたのです。その戦いを見ていた者達は、まるで自分のことのように自慢気に語っていました。


 この村が今よりもっと小さかった十数年前、ずっと離れた山奥にしかいないはずの多頭竜ヒュドラが森から出てきた時には流石に及ばないにせよ、ヤツデだって農村の一つや二つは壊滅させかねない化け物には違いありません。

 そんな怪物を、村人達がよく知る少年がたったの一人で倒してのけたのだから驚きもひとしお。小さな子供達など、物心ついた頃から何度も聞かされた勇者の姿を彼に重ねているのか、まるで英雄を見るような憧れの目をルグに向けています。


 その勇者と今の自分には天と地ほどの差があると知るルグ自身は、そのせいで少なからず恐縮して居心地の悪い思いをしているのですが、めでたい宴の席に水を差すようなことも言えません。


 

「いや、俺より強い人なんて幾らでもいるよ。勝てたのだって運が良かったからだし」



 まあ、過度の持ち上げっぷりに耐え切れず、苦笑混じりの言葉を返すくらいはしましたが。

 事実、ヤツデとの戦いは、終わってみればルグには怪我一つなく、傍目からは鮮やかな圧勝だったようにも見受けられる結果に終わりましたが、実際にはかなりギリギリの綱渡り。辛勝と呼ぶべき内容でした。少なくとも、当のルグ自身はそう思っています。

 最初の不意打ちによる二射の成果は、ベストではなかったもののベターではありました。

 あそこで視界の半分と嗅覚を奪えなかったなら、勝負の流れがもっと厳しいものになっていたのは間違いありません。他にも、風向きであるとか、ヤツデに通用する武器を借りっぱなしであったりとか、全体的に幸運に恵まれた戦いだったと言えます。



「……まあ、でも」



 ルグとしても、強敵を相手にして収穫がなかったわけではありません。

 実戦の中で咄嗟にしたことではありましたが、腰に差したままの剣と攻撃用の剣を併用する戦法は、突き詰めて洗練させれば広く応用が利きそうです。

 どうせ預かっていた試作聖剣を使ったことは報告しないといけませんし、後日レンリに相談してみようと決めていました。貴重な実戦データのおまけ付きなら、彼女も快く協力してくれることでしょう。






 ともあれ、宴はまだ始まったばかり。



「さあさあ、熊鍋ができましたよ!」


「おっ、待ってました!」



 村の女衆がルグの前にどんどんと料理を運んできます。

 売りに出す部位を除いて残った肉だけでも、村の皆がお腹いっぱいになるまで食べて、なお余るほど。まだ生きているうちに大出血させたのが結果的に血抜きの効果となったのか、あんなにも厳ついヤツデの肉には臭みもなく、柔らかで旨味の濃い味わいでした。栗の実を思わせる甘い香りがほんのりとするのは、もしかしたら山で暮らしていた頃にヤツデが好んで食べていたからかもしれません。

 鍋物以外にも焼肉や蒸し物や揚げ物など、どれも絶品。

 酒を飲める大人達は、まるで水でも飲むみたいにすごい勢いでガブガブ飲み干しています。ルグも牛乳をガブガブ飲んでいました。


 熊肉以外にも鶏、牛、豚、羊といった畜肉、村自慢の乳製品や野菜も惜し気なく振舞われています。冬が終わるまでにはまだまだかかりますが、臨時収入の見込みが出来たのと、命が助かった嬉しさとで、皆少々浮かれているようです。そして、なんだかんだ言っても、ルグもその例外ではありません。


 学都や王都で食べた料理の数々も美味しい物ばかりでしたが、やはり故郷の味付けというのは特別に舌と心に染みるものなのでしょう。普段の彼よりも、ずっと食が進んでいます。



「美味いっ!」



 こうして自らが倒した強敵を血肉とし、ルグはまた少し強くなったようです。




次回からはレンリ達のターンです

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