王都観光とルカの約束
そして翌日。
少しばかり変わった点はあるものの、豪華な食事と客間のベッドでそこそこに英気を養ったルグは、一人だけ故郷の村へと向かう準備をしていました。
この王都を中継地点として、目的地までは長距離の馬車便と徒歩で片道一日半から二日ほどもかかるのです。今朝は寝不足なせいで少し疲れはありますが、まあ彼も常日頃から鍛えているので問題はないでしょう。
「おや、キミ達。なんだか寝不足みたいだけど、どうかしたのかい?」
「いや、どうもこうも」
一人一部屋与えられた客間は広すぎるほどに広く、居心地も良かったのですが、真夜中に窓の外から「うけけけけ」だの「ひひひひひっ」だのと不気味な笑い声が時折聞こえてくるのだけは頂けません。ホラー感が溢れ過ぎて、ルカやウルも怖くてほとんど眠れなかったようです。
「ああ、あれなら大丈夫。どうせ実験が大成功したか大失敗したかで、誰かがハイになってるだけだから。いちいち気にするほどのことでもないよ。よくあることさ」
「どこにも大丈夫な要素が見当たらないんだが……」
平然と語るレンリの様子からするに、この程度は本当に珍しくもない出来事なのでしょう。研究に没頭し過ぎて頭がおかしくなったとしても、元々おかしい人達の集まりがこの家なので、そのおかしさの度合いが多少増減したところで今更大した問題ではないのです。
一般的な価値観からすると問題しかありませんが、そこは文化の違いと割り切るのが心を穏やかに保つ秘訣でしょうか。どうせ、注意して止めるような人々ではないのです。滞在する客人が対応するしかありません。
この場合は幸いと言うべきか、ルグだけは昨晩と、あとは皆で学都に帰る前に一泊か二泊程度するだけの予定ですが。それ以外の彼の期間は往復の移動と故郷の滞在にあてることになっています。
「出発は昼食の後でも大丈夫なんだろう? 馬車の待合所までは送っていくよ」
「あ、それは素直にありがたい」
「なに、お安い御用さ。じゃあ、ルー君の見送りついでに午前中は街で遊ぼうか」
◆◆◆
「あれ、レンリお姉ちゃん。こっちに帰ってたんだ?」
「うん、昨日の昼に戻ってきたんだよ。年末年始の休暇ってとこかな」
朝食後、昨日と同じ重装備の馬車で王都の中心街にまで繰り出した一行は、レンリの行きつけだというアイスクリーム屋に立ち寄りました。店番をしていた十歳くらいの少女とも顔見知りらしく、親しげに話しています。
「それじゃあ、注文はいつもので。メニューの端から端まで全部お願いするよ」
「いや~助かるわ。冬場のアイス屋は閑古鳥が鳴きっぱなしだもの。年末はいろんなお屋敷でパーティーがあるから配達の注文は結構あるんだけど……って、あれ、そっちのお兄ちゃんは前に一回来てくれたわよね?」
「ああ、うん、久しぶり。よく覚えててくれたな」
「客商売の娘だもの。記憶力には自信があるのよ」
このアイスクリーム屋は、かつてルグが切符代をうっかり使い込んでしまったお店でもあります。利発な看板娘嬢は半年以上前に一度訪れただけの彼の顔も覚えていたようです。
「って、あれ? どうしてお姉ちゃんと、このお兄ちゃんが一緒にいるの? もしかして、レンリお姉ちゃんの彼氏?」
他のお客がいなくて退屈なのか、看板娘嬢はこんな話を振ってきましたが、
「いや、全然違うからな?」
「いやいや、そういうのじゃないからね?」
「なーんだ、つまんないの」
そんな事実が全くない以上、二人とも否定するしかありません。
これで言外に照れ隠しのようなニュアンスが含まれていれば楽しめたかもしれませんが、本当にこれっぽっちも脈が無さそうだと察したのか、看板娘嬢もすぐにその話題から興味を失ってしまいました。
「はい、注文お待ちどうさま」
「っと、ありがと。外は寒いからうちの馬車の中で食べようか。それじゃあ、リサちゃん。こっちにいる間にまた来るよ」
「うん、またのお越しをお待ちしてます」
大量のカップアイスを看板娘のリサ嬢から受け取ったレンリ一行は、道路の脇へと停めてあった馬車の中へと戻っていきました。
◆◆◆
それからの時間は、といっても午前中の二時間ちょっとでしたが、レンリ達は王都の名所などを巡って過ごしました。
外は寒いのですが、温かい馬車内はとっても快適。車体の外見はごつくとも、車内は快適に過ごせるような工夫がされているのです。先程購入したアイスクリームもここでなら美味しく食べられます。
ルグが見たがっていた王城近くの勇者像や、世界中の文物を集めた博物館。
それと、ここは名所とは呼べませんが、ルカの両親の墓参りにも皆で訪れました。
「お父さん、お母さん、も……久しぶり。みんな、元気にしてる……から、心配しないで、ね」
ルカは、内心では墓を前にしたら悲しくなって泣いてしまうのではないかと心配していたのですが、彼女自身にも不思議なことに穏やかな気持ちで亡き両親と向き合うことができました。
王都を離れるまでの彼女は、父親を亡くしたばかりで毎日泣き暮らしていたのですが、学都での悲しむ暇もないような日々がルカの心境に変化をもたらしたのかもしれません。
「あ、そうだ……お友達を、紹介する、ね」
それに、今のルカには家族以外にも頼れる仲間がいます。
「どうも、はじめまして、って言うのも変かもしれないけど……ええと、俺達はルカの友達です。いつも娘さんにはお世話になってます。ルカが危ない目に遭わないように俺が守るから安心してください」
「え……っ!? あ、あの、ルグくん……その……」
「ん、今の何か変だったか? 墓参りの作法とかよく知らないからなぁ」
「ううん、そうじゃなくて……えっと……なんでも、ない、です」
相手が故人とはいえ「貴方達の娘さんは自分が守る」という、解釈によっては交際相手の両親に挨拶をするかのような台詞回しが飛び出てきました。ルカにとっては残念ながら、もちろんルグにそのような意図はないのですけれど。
その少し後。
墓地の管理所にルグがウルやゴゴと掃除道具を借りに行っている間のこと。
「やれやれ、困ったものだね。ルー君はまた素でああいうこと言うんだから」
「うん……びっくり、した……でも」
「でも?」
まだ胸の鼓動が収まらないルカは小声で告げました。
隣にいるレンリと、両親と、そして自分自身に言い聞かせるように。祈るように。
「次に来る時、は……お友達、じゃなくて……別の形で、ね」
その誓い、約束を口にしました。
次回からはしばらく別行動です。
最近出番のなかったシモン達の近況もぼちぼちと。




