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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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レンリの家族についてのあれこれ


 レンリ達の乗った馬車は、特にこれといった問題もなく屋敷の本館にまで辿り着きました。

 眼前で建物が一つ吹っ飛ぶという些細なトラブルこそありましたが、被害が自分達に及ばない限りはわざわざ気にするほどのことでもありません。

 知の探求という崇高なる目的からすれば、それ以外のほとんどの物事は取るに足りない些事。少なくとも、先程の正門から先の私有地内においてはそういった世紀末的な価値観が罷り通っているのだから、おとなしく受け入れるしかないのです。






 ◆◆◆





 

 各人の荷物は館の使用人に預け、一同はそのまま本館の裏手にある温室庭園へと通されました。全面がガラス張りになっている大きなドーム状の空間で、この場所も何らかの研究用途で活用されているのでしょう。真冬だというのに暖かい空気が満ち、本来は春や夏に咲くはずの色とりどりの草花や、珍しい南国の植物などが育てられています。


 そんな温室庭園の一角には茶会用のテーブルや椅子が並べられていました。天気や気温に関係なく、美しい植物を観賞しながらお茶を楽しめるようにしてあるようです。


 意外に、と言うべきか。

 たしかに珍しくはありますが、この家にしては常識的かつ風雅な施設でありました。


 

「ああ、皆。この辺は大丈夫だけど、下手に道を外れると危ないから注意してくれたまえ。前に叔父様が面白半分で品種改良した食獣植物がいたはずだから。近付かない限りは襲われないけど、念の為、一人だけでこの中を歩かないようにね」



 ……内実はさておき、外観だけは風雅な施設でありました。

 レンリと入れ替わるようにして学都に戻った居候先の家主であるマールス氏は、一見すると理知的で穏やかな紳士風の人物ですが、まだ三十代の若さにして植物魔法の権威。そんな彼の「作品」がこの庭園内で育てられているのだとか。


 説明を聞いた皆は、恐れを感じると同時に奇妙な納得も感じていましたが……まあ、迂闊に庭園の奥まで踏み入らなければ何も問題はありません。

 家妖精のメアリが手早く支度を整え、歓迎のティーパーティーが始まりました。



 ですが、レンリ以外は初めて訪れた屋敷ということで緊張しているのか――もしくは、この家で出される飲食物に口を付けていいのかを考えていたのかもしれませんが――屋敷に到着してから、あまり口数が多くありません。



「へえ、爺様がドワーフの地下帝国に?」


「ええ、もう半年くらいになるわねぇ。なんでも、一から鍛冶を勉強したくなったとかで。便りによると毎日元気に鎚を振ってるそうですよ」


「もう八十を超えてるのによくやるなぁ」



 なので、最初のうちは、自然とレンリとメアリの間での会話が中心となりました。

 筆不精のレンリは学都にいる時も実家との手紙のやり取りにあまり積極的ではなく、家族の近況もロクに把握していなかったのです。

 


「で、父様と姉様はいつも通り王城に泊り込みか。母様は家にいるの?」


「はいはい、いらっしゃいますよ。ただ、最近はちょっと前に届いたオリハルコン鉱石の試料に夢中で、研究室に篭りっきりなのよねぇ。ご飯くらいちゃんと食堂で食べなさいって言ってるんだけど聞きやしない」


「つまり、あの人もいつも通りってことだね。それにしてもオリハルコンの現物か……いいなぁ。私も欲しいなぁ。後で見せてもらいに行こうっと。多分、すっごく自慢されるだろうけど」



 レンリの家族構成は、祖父と両親と姉が一人。

 しかし、遠出をしていたり仕事だったり引き篭もっていたりで、せっかくの実家だというのに友人達に紹介できそうにもありません。



「悪いね。キミ達に家族を紹介できれば良かったんだけど」


「ううん……それは、その……おかまいなく」


『会ってみたいような、会うのが怖いような……複雑な気分なの』



 先程の会話では具体的な説明はほぼ無かったにも関わらず、その一家揃っての変人ぶりは否応もなく伝わってきました。ウルやゴゴあたりは、希少な生体サンプルとして怪しげな実験に付き合わされてしまう可能性も、困ったことに完全には否定できません。



「別に家族仲が悪いとかじゃないんだけどね。皆、いつも好き勝手に動いてるから顔を合わせることが少なくてさ。そういえば、メアリ。最後にうちの家族が全員揃ったのっていつだっけ?」


「そうねぇ、たしか二年前の年始の……あ、違う違う、その時は大旦那様が迷宮都市に行ってたから三年半くらい前だったかしら」



 貴族令嬢としては極めて個性的なレンリの性格は、このような特殊な家庭環境によって育まれたものだったのでしょう。本人にとってはそれが当たり前で、全く苦にしていないのですが。







 ◆◆◆







「そういえば、レンの親父さんって何してる人なんだ?」


 最初は色々な意味で緊張していたルグ達でしたが、温かいお茶とお菓子を口にして気分が落ち着いてきたのか、そんな質問が出てきました。先程の会話からすると、頻繁に王城に泊り込むような仕事をしているようですが……。



「父様? そうだね、仕事は色々だけど、一番重要なのは王家の方々の教育係かな。似たような役職の人は他に何人もいるけど、そのトップというか、そんな感じ。我が家の当主は代々そのお役目を務めてきたのさ」


「つまり……王様の、先生?」


「うん、そういうこと。今の国王陛下も私の爺様の教え子だしね」 



 貴族と言っても仕事は様々ですが、レンリの家は国内のどこかに広い領地を持っていて、その土地を開発したりだとか、領民の世話をするようなタイプではありません。


 この家が代々任されている役目は、やんごとなき方々の教育係。

 王城の近くに居を構えているのも、頻繁に通う必要があるからなのでしょう。



『レンリさんは、そういうお仕事はされないんですか?』


「その役目は当主だけのものだからね。このまま行けば私の姉様が次の当主になるはずだから、父様の補佐というか見習いみたいな感じでお城に行ってるわけ」



 ゴゴが尋ねてみましたが、レンリ自身がその役目に携わるような予定はないようです。



『でもでも、こういう大きいお家だと身内同士の陰険でドロドロな後継者争いとかが付き物だって、前にご本で読んだのよ。お姉さんのところは、そういう面白そうなお話はないの?』 


「ウル君はなんで期待してる風なのさ」



 どうやら、レンリは次代当主の座に全く興味がない様子。

 ウルが期待するような跡目争いの話などまるでなく一家円満。家庭内の距離感がやや離れている傾向はあるものの、関係は良好と言って差し支えないでしょう。



「よその家ではそういう話も時々あるみたいだけど、我が家に関しては当主の座なんてほとんど罰ゲームみたいなもんだからね」


『ば、罰ゲーム?』


「だって、下手に当主になんてなったら、忙しくなって自分の研究時間がなかなか取れなくなっちゃうじゃないか」



 興味のある研究に没頭することこそが至上の目的。

 この一族はとびきりの変人揃いですが、だからこそ人間関係が円滑に回っているのだからおかしなものです。



「まあ、私の姉様に関してはその例外というか、一族の変わり者というか。教え好きなところがあるから進んで立候補してくれたんだけど」


『お姉さんのお姉さん?』


「うん、だから私は気楽なものさ。そのおかげで――」




 ――そのおかげで学都に行けたし、キミ達にも会えたしね。

 レンリはそう言うと、ちょっぴり照れ臭そうな笑みを浮かべました。



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