家妖精とレンリの実家
ゴツゴツというか、ゴテゴテというか、とにかく戦場ならぬ街中においては異様に目立っている馬車を操っているのは、身長1mほどの小柄な女性でした。
幼児服サイズの侍女服を着ているのと、エルフのように長くはありませんが、耳の先端が少し尖っているのが特徴といえば特徴でしょうか。ウルやゴゴと比べても一回り以上は小さく見えます。
「あらあら、お嬢様、お久しぶり。ちょっと痩せたんじゃないの? ちゃんとご飯食べてる? やっぱり若い子はたんと食べないとねぇ」
「やあ、メアリ。出迎えありがとう。皆、紹介するよ。彼女は家妖精のメアリおばさん。うちの侍従長で、爺様の爺様の頃から我が家に仕えてくれてるんだ」
家妖精とは、古い屋敷に好んで居着く妖精の一種族。
料理や洗濯、掃除に裁縫といった家事全般を得意とし、その家の住人の世話を焼くことを生き甲斐とする、自由気ままな妖精の中では変わった性質を有しています。
エルフやドワーフ等と同じ長命種族ゆえ、ベテランの家妖精ともなれば家事の腕前は一級品。住み着いた家に幸運を運ぶという言い伝えもあり、腕の良い家妖精を雇っているという事が、貴族社会では一種のステータスになるような存在です。
そんな性質ゆえに、大きな屋敷に住むような富裕層は誰もが家妖精に来てもらいたがるのですが、彼ら彼女らは根本的な価値観が人間のそれとは異なるために、いくら大金を積んでも首を縦には振りません。他家からの引き抜きなど、まず不可能。
家妖精にとっての判断基準は、屋敷の居心地の良さと、そこの住人の世話の焼き甲斐がどれだけあるかという二点のみ。レンリのように、ちょっとだらしない部分があるくらいが丁度良いのです。
「あら、そっちの子達がお嬢様のお友達かしら? やだわぁ、私ったらご挨拶もせずに。あ、そうだ飴ちゃん食べるかしら? 甘い物好きでしょ? そうそう、甘いのといえば来る前にパウンドケーキ焼いてたのよ。お茶の時間にお出ししましょうねぇ」
レンリが皆に紹介した侍従長のメアリ。
外見は年齢一桁の幼児のようですが、その喋りというか身に纏う雰囲気は完全に中年女性のそれ。レンリに対しても「お嬢様」と呼んではいますが、家臣というよりは完全に身内のノリで接しています。
ポケットから取り出した飴玉を皆に配っているだけなのに、レンリの友人一同はすっかり迫力に気圧されていました。少なくともレンリの祖父の祖父の代から生きているということは、見た目は若くとも年齢は相応のものになるのでしょう。ならば、これほどの貫禄が身に付いているのはむしろ当然なのかもしれません。
「さあさ、荷物を馬車に積みましょうね。今から飛ばせばお茶の時間に間に合うでしょ」
「あの、メアリ。前にも言ったけど安全運転でね?」
「大丈夫、大丈夫。任せときなさいな」
小さい身体でもメアリの腕力は並の人間以上にあるようで、全員の荷物を車内の荷物入れに手早くしまい、それから普通の一般的な馬車よりも高い位置にある御者席にぴょんと飛び乗りました。
馬車を牽くのは街中ではほとんど見ないような巨馬が三頭。
ただでさえ体格が良いのに、戦馬用の鎧を着けているために馬とは思えないほどの迫力があります。弱い魔物くらいなら鎧袖一触、踏み潰すか撥ね飛ばしてしまえるでしょう。
けれど、そんな馬達もメアリの迫力には頭が上がらないようです。
「さあさ、走った走った。あ、そうそう、今日は良いニンジンが入ってたのよ。帰ったら、あんた達もオヤツにしましょうね」
絶妙な手綱捌きによるものか、あるいは馬のやる気を引き出すのが上手いのか、物凄く重いであろう馬車は軽快にすいすいと道を走っていきました。
◆◆◆
馬車が向かった先は、王都の北端にある王城のすぐ近く。
貴族の中でも爵位が高く、特に裕福な家が集まる高級住宅街の方向です。
まあ、住宅街とは言っても多くの屋敷は高い壁で囲まれており、住人の生活の様子は窺えません。広い敷地の全面がそんな壁で覆われているせいか、見慣れていないと圧迫感や威圧感で居心地悪く感じてしまうかもしれません。
「レンの家ってどの辺なんだ?」
「もうちょっと先だよ。そこの角を曲がって真っ直ぐ行ったとこ。ああ、もう見えてきたね」
馬車側面の窓(※耐衝撃・耐魔法仕様)を開け、身を乗り出して進行方向に視線を向けると、ようやくレンリの実家が見えてきました。敷地を囲む外壁は、これまでの高級住宅地で見た物に比べても高さが倍近く、レンリの説明によると厚みは五倍もあり、まるで要塞のような威容を振りまいています。
近付いてくる馬車を見て、門衛が正門を開けたのでしょう。
一時停車することなく、そのままスムーズに屋敷の敷地内へと入りました。
「え……こ、ここ、全部?」
『め、めちゃくちゃ広いの!』
特筆すべきはその広さ。
これまでの道中で目にした豪邸や、学都の領主館、ルカ達が住んでいるシモンの屋敷なども一般的な住居とは比べ物にならない敷地面積がありますが、レンリの実家の広さはそれらの優に数倍。単純な面積であれば王城にも比肩するでしょう。
なにしろ、正門を抜けたら森や泉が広がっており、人の住む館に辿り着くまでしばらく馬車を走らせねばならなかったほどです。
「あそこが、皆に泊まってもらう本館だよ」
『あれ、思ったより小さいの?』
そんな広い土地に建つお屋敷は、それはそれは立派な豪邸なのだろうと思うのが人情ですが、意外にも本館の規模はそれほどでもありませんでした。いえ、十分に大きいは大きいのですが、これならルカ達の住む屋敷と大差ありません。僅差でこちらのほうが大きいかもしれませんが、違いと言えばその程度。広大な土地面積からすれば、どうにもアンバランスな印象です。
『おや、あの建物はなんですか? なんだか、同じような建物がたくさんあるようですが』
と、そこで皆とは逆方向の窓から外を見ていたゴゴが奇妙な建築物の存在に気付きました。
形状はシンプルな四角柱。
大きさは多少のブレはあるようですが、一般的な住宅くらい。
扉や窓らしき物体があることから、中で人が活動する目的で存在するようですが、異様なのはその数。同じような形の建物が、広大な土地の所々にぽつぽつと距離を空けて十数箇所も存在しています。いえ、視界外にも同じような建築物があるでしょうから、少なく見積もっても三十や四十はありそうです。
別に隠すようなことではないのでしょう。疑問に思って不思議そうな顔をする皆に、レンリは当たり前のように言いました。
「あれは研究棟だよ。うちの親戚とか、その誰かの知り合いとか、あとは国から紹介されて来た学者とかが研究するための場所なのさ」
「なる……ほど?」
「でも、なんであんなに距離が離れてるんだ?」
「ああ、それはね」
レンリが答えようとする寸前。突然、馬車から300mほど離れた位置にあった研究棟から爆発音が響き、黒煙を噴き上げながら倒壊しました。爆発で飛ばされた建物の破片が馬車のあたりまで飛んできて、圧倒的な防御力で弾き返されています。
『だ、大丈夫なの!?』
「心配は要らないよ。あれくらいなら皆慣れっこだから。でも、あんな風に実験が失敗すると危ないからね。安全の為に距離を離しているのだよ」
よくよく見れば、崩壊した建物の瓦礫からローブを着込んだ魔法使いが自力で這い出しており、また消火用の道具を荷車に載せた使用人らしき集団が早くも後片付けに向かっています。
「もしかして、さっきのやけにデカイ壁とかも?」
「近所の家に巻き添えで被害が行かないようにとか、あと騒音が届かないようにとか、そんな感じの理由だね。何代か前の国王陛下が、わざわざ国費を使って壁の工事をしてくれたらしいよ」
『それって、もしかして家ごと隔離されたという事なのでは?』
「うん、私もそう思う。研究成果で国に貢献してるから、止めろとは言い辛いだろうしね」
『めちゃくちゃ性質が悪い一族なの……』
一族のほとんどが限りなくマッド寄りの研究者。
そんな家に滞在して、果たして無事に帰れるのかどうか。
レンリ以外の全員は、今更ながらに大きな不安を感じておりました。




