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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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盗聴大作戦


 顔を真っ赤にしたルカを送り出した後、レンリ達はこの後、隣室でどのようなことが起こるかについて話を続けていました。


 

「ま、さっきはあんな風に言ったけど、流石にそこまで進展することはないだろうさ」


『順当に考えればそうでしょうね。そろそろ変化が欲しいところではありますけど』



 さっきはルカの反応が面白くて、性質の悪いジョークを飛ばしてしまったレンリですが、何も本気でそんなことになるとは思っていません。

 当事者の二名は、ルカはあの通りの引っ込み思案ですし、ルグはまるで恋愛に興味がないかのように見受けられます。この二人を同室にまとめたところで、事態が大きく動くようなことにはならないだろう、と外野の三人は冷静に予想していました。

 まあ、なんにせよ、ここから先に何がどうなろうと隣室の様子を覗き見ることはできません。レンリが言ったように防音もしっかりしていて、ドアの鍵を閉められてしまえば何が起こっても一切不明、のはずでしたが。



『でもでも、ここからが一番面白いところなのに、見れないのはつまらないのよ?』



 三人がかりでルカの初心な反応を楽しむのも悪くはありませんでしたが、やはり気になるのはここから先。ルカ達が二人きりの状態で何を話すのかが最大の要点。ウルが言うまでもなく、この一番面白くなるであろう場面を見逃すのは如何にも惜しい。そう考えていたのは、レンリやゴゴも一緒です。



「おいおい、何を言っているんだいウル君。そんなプライバシーの侵害みたいなこと……この私が手段を用意しておかないはずがないだろう? ゴゴ君、手筈通りに頼むよ」


『ええ、では始めますか』



 レンリに促されたゴゴが窓際のカーテンを開け、窓を小さく開くと冬の夜風が吹き込んできました。雪は降っていないようですが、走行中であることを考慮すると体感気温は氷点下を下回っているはずです。

 寒さを感じないようにできるお子様二名と違い、部屋着のレンリには少しばかり堪える寒さですが、今はだからこそ良いのです。向こうの部屋の二人だって、わざわざカーテンや窓を開けようなどとは思わないでしょう。窓の外を注意して探らない限りは、ゴゴの仕掛けを見破られる恐れはありません。



「ウル君は伝声管っていう物を知ってるかな?」


『でんせーかん?』


「大型の外洋船とか、お城みたいな大きな建物で使われてる物なんだけど、簡単に言うと細長い金属のパイプを介して別々の場所同士で話すことができる道具なんだよ。今回はこっちと向こうでお喋りをするわけじゃないから、正確にはその応用かな?」



 変幻自在の聖剣であるゴゴは右手首から肘までの間、前腕部を中空のパイプ状にした上で、開いた窓から外側に向けて伸ばします。距離にしておおよそ五メートル前後といったところでしょうか。第二迷宮内でないために全ての性能を引き出すことはできませんが、今回は武器としての強度は必要ありません。問題なく隣室の窓枠にまで手が届きました。



『でも、窓が閉まってるなら中の音は聞こえないのよ?』


「まあまあ、見ていたまえよ」



 ウルの言うように、このままでは窓の外から室内の音を拾うことはできません。あらかじめ向こうの部屋の窓を開けておくような手も考えてはいましたが、風が吹き込んだら閉めようとするでしょうし、盗聴が露見する危険が高まります。


 しかし、それならば、つまり窓を閉じたまま音を拾えば良いのです。



「音っていうのは、要するに空気の振動だからね。室内で話せば窓も微弱に振動する。窓に接触することができれば、間接的に室内の会話を拾うことも可能というわけさ。あとは魔法でちょっと補助をね」



 魔法の中には、音波や人の声を専門的に扱う、音魔法というジャンルが存在します。一般的な詠唱魔法でも声は発しますが、それとは全くの別物です。

 風魔法との親和性が高く、音声を遠くまで届けたり、逆に遮断したり。

 指向性を持たせた大音声や共振現象を利用して特定の敵を攻撃するような術もあります。習得の難しい魔法ではありますが、音というのは目に見えず、速度は文字通り音速。回避はまず不可能ですし、幅広く応用もできる非常に強力な部類の魔法だと言えるでしょう。

 地上のどこであっても大気が存在しない場所というのは基本的にありませんし、熟練の術者であれば密室の会話を聞くことも難しくはありません。


 レンリの専門ではないので自由自在に使いこなすことは到底できませんが、腐っても名門出身のエリート魔法使い。最も初歩的な音波の増幅・縮小くらいはやってできないこともありませんし、ゴゴの協力があれば隣室の窓越しに盗聴することだって決して不可能ではない……はず。



「ゴゴ君、首尾はどうだい?」


『今、手の平を薄く延ばして窓全面に貼り付けました。あとは……』



 すると、ゴゴは金属質のパイプ状になった肘から先をもぎ取ると、三人で聞き易いようにとパイプの断面をラッパのように広げました。これでひとまず準備完了。細長いパイプが両方の部屋の窓を繋いだ形になっています。



「これで、もうとっくに寝てましたってオチじゃないといいけど」



 なにしろレンリやゴゴにしても慣れない試みなので、ここまでの準備に十五分くらいはかかっています。特に変形したゴゴの手が隣室の窓に接触してからは、物音を立てて気付かれないよう慎重に動いたので、レンリの危惧したように既に就寝している可能性もないわけじゃありません。


 隣室の窓から拾う音声は、ただでさえカーテン越しになる上に、列車の走行音や風の音が邪魔になりお世辞にも明瞭とは言えません。レンリも慣れない音魔法を発動させていますが、特定の音声だけを狙って増幅するのはなかなか難しいようです。



『しっ、何か聞こえるのよ』



 しかし、試行錯誤の甲斐もあって、どうにかこうにか人の声らしきものが聞き取れるようになってきました。途切れ途切れのくぐもった音声ですが、耳に意識を集中すれば、断片的なヒントから会話内容を読み取れなくもなさそうです。







 ◆


 そうして、盗聴に執念を燃やす三人の耳に入ってきた会話は、以下のようなものでした。


(……わたし……から、一緒に……)

(俺は……それなら……)


 どうやら、ルカとルグはまだ起きて何か話しているようです。

 この段階では、まだ詳しい内容はよく分かりませんでしたが、


(くっ……ん、あ……) 


 これはルカの声のようです。いえ、それ自体はいいのですが、妙に苦しげというか、普通に話していてこんな風に呻くような声を出すとも思えません。


 もし急な怪我や病気で苦しんでいるなら、ルグが真っ先に心配して声をかけるなり、レンリ達や鉄道のスタッフに助けを求めに走っているでしょうから、そういう悪い意味での緊急事態ではなさそうですが。


 ここから数分は会話らしい会話もなく、ただルカの呻くような声だけが続きました。

 二人がどういう状況にあるのか気にはなるものの、まさか堂々と聞きに行くわけにもいきません。何かしらの用事を装って隣室を訪ねることはできても、盗聴の事実を隠さねばならない以上は同じことです。


 レンリ達は不思議に思って首を傾げるばかりでしたが、


(……ルカ……して……いいか?)

(うん……いいよ……)


 数分ぶりに会話らしい会話が聞こえてきた時には、場の空気感というか二人の雰囲気が変わったように思われました。

 何か、準備が終わったとでもいうような感じでしょうか。

 判断材料といえばルカ達の声音くらいのもので、相変わらず状況を把握する根拠としては薄弱なものですが、断片的に届く会話と合わせれば、レンリ達に単なるジョークだったはずのとある可能性を思い起こさせるには十分。


(あ……痛っ……)

(わ、悪い……もう……止めるか?)

(う、ううん……このまま、続け……もっと強く……ん、ぁ)


 ◆







 レンリが動揺して集中が乱れたせいでしょう。

 音魔法の補助が切れて隣室の会話が完全に聞こえなくなりました。



「……え、ホント? こ、これって……ねぇ?」


『ええと……我としても計算外というか期待以上というか……』


『わ、わわ……お、オトナなの!?』



 先程までとは打って変わって、誰も何も言えません。

 三人揃って顔を突き合わせたまま、つい数十分前に見たルカ以上に顔を赤くしています。

 まあ、無理もないでしょう。彼女達も他人の恋愛に興味津々なお年頃ではありますが、本人達の経験値はというと全くのゼロ。知識はあっても、具体的な男女のあれこれに対する精神的耐性などあるはずがありません。

 ついでに言うなら、悪ふざけでそんな重要な場面を盗み聞きしてしまったことに対しての罪悪感も、今更ながらにひしひしと降りかかってきました。



「ど、どうしよう……」


『取り返しのつかないことをしてしまった気がします……』


『我はいけない子なの……』



 二人が盗聴に気付いていなかった以上、下手に謝りでもしたら相手を深く傷付けてしまうかもしれません。事が事だけに、絶交されても文句は言えません。謝ることも許されず、この重苦しい罪悪感を永久に抱え続けなければならない……、










 ……なんてことはなく、翌朝、誤解が解けるまでの間だけの悩みで済んだのは、レンリ達にとって望外の幸いだったと言えましょう。



◆窓の振動から室内を盗聴する科学技術は現実に存在するそうです。しかも接触する必要すらなく離れた場所から窓ガラスにレーザーを当てるだけで室内の声を解析できるのだとか。発達した科学は魔法と見分けがつかないと言いますが、科学の産物を使いこなす現代人は既に魔法使いみたいな存在なのかもしれませんね。

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