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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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列車は進むよ、どこまでも


 がたんごとん。

 がたんごとん。

 列車は進むよ、どこまでも。

 

 春先には青々とした若い麦畑が地平線の先まで広がっていたものですが、ここ数日で降り積もったものでしょう、線路の周りは真っ白な雪に覆われています。


 学都から出発した列車は水晶河にかかる橋を越え、東へ、東へと順調に進んでいました。

 よっぽどの豪雪であれば予定が狂う可能性もありますが、線路に使用されている鋼材には温度を一定に保ったりだとか、他にも魔物や獣避けの効果がある魔法がかかっています。現在は雲ひとつない青空とまでは行かずとも曇り時々晴れくらいの天候ですし、大きく到着予定時刻がずれるようなことはなさそうです。それこそ、列車強盗でも起こらない限りは。


 レンリ達の目的地であるA国の王都までかかる時間は約一日。

 それまでは食堂車での食事や喫茶を楽しむなり、車窓からの景色を眺めるなり、乗客同士で会話やゲームをして過ごすなり、まあ色々と工夫して暇を潰すしかありません。

 実のところ、レンリが今回の帰省に友人達を誘ったのも、暇潰しの意味合いが少なくありませんでした。学都に来た時の一人旅では、ずっと寝るか食べるか読書をして過ごしていたのですが、暇潰しのネタは多ければ多いほど良いのですから。







 ◆◆◆







「寒い! 寒い! ウル君、窓閉めて!」


『あははは! ずーっと真っ白で面白いの!』


 今回の旅では、レンリ達は贅沢にも一等客車の個室を二部屋も取っていました。

 野宿の経験を積んでいる彼女達であれば、簡易的なベッド付きの二等客車や、椅子しかない三等客車でも問題なく過ごせるのでしょうけれど、今回の旅行は迷宮内での探索行と違って性質的にはレジャーに属するものです。

 予算が許すのであれば、なるべく快適に過ごしたいと考えるのも間違いとはいえません。

 それに、他の乗客が多くいる二等以下の客車では、今みたいにウルやレンリがはしゃいだら周囲の迷惑になってしまいます。個室を取ったのは正解でしょう。



『あの雪の地面に飛び込んだら楽しそうなの』


「こらこら。たしかにちょっと楽しそうだけど、それは列車が停まってる時にするんだよ。だから窓から飛び降りようとするのを止めたまえ」



 最近は学都でも雪が降る日がありますが、ずっと地平線まで続く平地が一面白く染まっているのとはワケが違います。ウルが言うように、人が足を踏み入れていない新雪に飛び込むのは、さぞや気持ちの良いことでしょう。

 もっとも、いくら死なないとはいえ、走行中の列車から飛び降りたら一瞬で置いてけぼりにされてしまいます。保護者のレンリとしては見逃すわけにもいきません。事情を知らない乗員乗客に目撃でもされたら、子供が落っこちたと勘違いされて大騒ぎになってしまいます。



「ふう、寒かった……」



 窓を閉めてさえしまえば、室内はすぐに暖かくなってきます。

 全車両の天井近くには、動力機関の冷却に使用した水のパイプが走っており、その温水を暖房の補助や洗面等の用途にも利用しているのです。



「客室ってこんな感じだったのか。他とは随分違うんだな」


「ああ、そういえば。ルー君、前の時はお客さんじゃなかったんだっけ?」


「そうそう。切符代が足りなくて食堂車でバイトしてたんだ」



 ルグが乗客として列車に乗るのは今回が初めて。

 学都に来た時はちょっとした計算違いでお金を使いすぎてしまい、しかし運良く食堂車の給仕の臨時アルバイトの仕事を得て、交通費を浮かせることができたのです。今になって思えば慎重派の彼らしくもない失敗ですが、当時は田舎から都会に出てきたばかりで浮き足立っていたのかもしれません。

 当時、食堂車での仕事の合間に二等三等の客車は目にしていましたが、ルグが一等客車に入る機会は最後までありませんでした。

 改めてじっくり見てみた一等客車の内装はというと、ベッドが二台に大きめのタンスが一棹ひとさお。ゆったりとしたソファ。それとは別に椅子と文机。お湯の出る洗面台。壁紙のセンスも洒落ています。清掃や排水の都合上か、手洗いだけは車両の前部後部にある共用の物を使うことになっていますが、まさに地上を走るホテルといった風情。

 寝転んで怠惰を貪っていれば勝手に目的地まで着くというのだから、良い時代になったものです。旅といっても色々ありますが、これほど快適な道程はそうそうないでしょう。



「もうちょっとしたら皆で食堂車にお茶でもしに行かないかい。ここの食堂車は料理も甘い物もなかなかイケるんだ」


『へえ、それは期待できますね』


「うん……楽しみ、だね」



 ゴゴやルカもこの列車での食事を楽しみにしていました。

 ゴゴは趣味の食道楽ゆえですが、ルカは学都に最初に来た時に食堂車を利用した経験から。その時は一人分の料理を家族四人で分け合うほど困窮していましたし、目前に控えた計画の緊張もありましたが、そんな苦しい状況の中での数少ない良い記憶です。

 今回の旅行での費用はほとんどレンリが持つことになっていますが、ルカも食事代くらいならポンと支払える程度の貯えは出来ました。法的には罪が免じられたとはいえ、またこの程度で償いになるはずがないとはいえ、せめてなるべく沢山鉄道にお金を落としていこうと密かに考えていました。

 もっとも、この後すぐにそれどころではなくなってしまったのですが。









「そうだ。今のうちに今夜の部屋割りを決めておこう」


 景色を眺めるのにも飽きた頃、レンリは他の皆にそう提案しました。

 現在は全員同じ部屋に集まっていますが、流石に五人もいると少しばかり窮屈さを感じます。起きている時ならともかく、夜に横になることを考えると、誰がどちらの部屋で寝るかを決めておこうという提案があっても何らおかしくはありません。



『体格を考えると、我と姉さんは一緒のほうがいいですよね』


『うん、そうするの』



 まず、体格の小さなウルとゴゴが二人で一組という扱いになりました。

 ベッドは合計四台しかありませんが、彼女達なら二人で一人分と計算できなくもありません。そうすれば他の三人は一人一つのベッドを使えますし、理屈としてはごく自然なものです。



「それなら、私が二人と一緒の部屋で寝ようかな。いつもウル君とは一緒に寝てるし」



 そして、レンリはいつもウルを抱き枕にしているという理由から、お子様二人と同室の配置を希望しました。レンリは枕が替わって寝れなくなるほど繊細なタイプではありませんが、お気に入りのウルが同行しているなら使わない理由もありません。

 これも自然と言えば、まあ、自然な理屈です。二台のベッドはすぐ近くに接する形で隣り合っているので、一緒に寝れないこともないでしょう。



「ウル君は抱き枕として優秀だからね。夏場はひんやりしてるし、冬は適度に温かいし。いるといないとじゃ安眠度合いが段違いなのだよ。正直、彼女を居候させてる理由の半分くらいはそれだしね」


『なのっ!?』


 

 初めて知る真実にウルがショックを受けていましたが、それはさておき。

 ここまで、不自然さの欠片もない極めて自然な流れで、五人中三人までが一部屋に収まることが決まりました。そうなると、当然のことながら残りの二名が同室ということになります。



「じゃあ、ルカ君はルー君と一緒の部屋で寝てくれたまえ」


「うん、わかっ……あれ? ……え?」



 恐らく、レンリは最初からそうするつもりで話を進めていたのでしょう。

 もしかしたら、ゴゴやウルも一枚噛んでいたのかもしれません。


 動機は、友人の恋を応援するため……という尊い友情に基づく気持ちも全くないわけではないにせよ、主たる理由は、そうすると面白そうだから。楽しそうな悪戯のアイデアをたまたま思いついてしまったから、というのがレンリの本音でしょう。その証拠に、状況を理解して困惑するルカを見る瞳には、隠しきれない愉悦の色が浮かんでいました。



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