そして列車は走り出す
ここは学都南端にある鉄道駅のホーム。
時は、かねてよりレンリ達が計画していた帰省旅行の出発当日。
発車予定時刻まではまだしばらくありますが、冬季休暇に帰省や旅行をしようと考える人は多いようで、駅構内は乗客と見送りの人々でごった返していました。
◆◆◆
「人が何かを間違えるのは別に悪いことじゃあない。間違えたということは、つまり、そのやり方では物事が上手くいかないことを発見したということなのさ。我々の暮らす文明社会も、そういった積み重ね、トライアンドエラーの上に成り立っていると言っても過言じゃない。人類の歴史とは、イコールで失敗の歴史とすら言えるだろう。そう、何も、誰も悪くない。大事なのは、結果を真摯に受け止めて、貴重な教訓として未来に活かすことなのだよ。この場合、求められるのは失敗を許容する周囲の寛容さだね。目先の怒りに囚われて狭量になってはいけないよ。怒りなんて何も生まない、ただ虚しいだけの下らないものさ。他者の間違いを広い心で許す、いいや、むしろ歓迎するくらいの器量を今の社会は持つべきだと思わないかい? いいや、答えを聞くまでもなく当然思うだろう。人は互いに許しあうべきなのさ。うん、だから、私は悪くない」
……と、レンリは一息で一気に言い切りました。
ぺらぺらと、すらすらと、よくもこれだけ言い訳の言葉がスムーズに出てくるものです。幼少期よりの詠唱訓練の成果かもしれません。もっとも、それを聞いている皆は怒っていたというよりも呆れていただけですし、今は言葉の洪水に圧倒され、もはや奇妙な感心すら覚え始めていました。
昨日の午後、迷宮帰りに皆で購入した土産物。主に日持ちのする焼き菓子やちょっと珍しい種類の干し果物などの食品を、彼女は昨日ルグが危惧した通りに食べ尽くしてしまったのです。彼としても半ば以上冗談のつもりで言ったことで、本気で心配していたわけではないのですが、レンリの食欲が想定を上回ったとでも言いましょうか。
「だって、あの場合の『食べるなよ』は『食べろ』っていうネタ振りみたいなものでしょ? それなら期待には応えないとさ」
「いや、振ってないからな? レン、コスモスさんに会ってから変な影響受けてないか?」
「そういえば……仲、良かった、よね」
「え、そうかな? たしかに気が合う感じはしたけど……でも、私はあそこまでじゃないよ。それに一人で全部食べたわけじゃないし。つまり私が悪いわけじゃないんだよ?」
「そこは譲らないんだな」
無意識に面白そうな行動を取ってしまう。芸人魂とでも言うべき精神性を獲得しつつあるレンリは、果たしてどこに向かっているのでしょうか。
◆◆◆
『じゃあ、我。ドラ次郎のお世話をお願いね』
『うん、大船に乗ったつもりで我に任せるといいのよ、我』
これから列車に乗るウルも、見送りに来たウルと留守中のことに関して、あれこれと話しています。双子どころではありません。そっくりそのまま、完全に同一の存在が二人いるのです。
ウルの故郷はこの学都、正確にはそこに在る迷宮ですが、彼女もこの旅行には同行することになっています。最近ペットを飼い始めたウルにとっては、愛竜と離れるのが心配の種だったのですが、そこは彼女ならではのとても強引な手段で解決していました。
人間関係が何かとややこしくなる上に自分同士で喧嘩になりかねないので、いつもはこんな風にはしませんが、その気になればウルは普段使っているのと同じ身体を何体でも新しく生み出せるのです。記憶や感覚も、どれだけ距離が離れていても同時に共有できます。一人が旅行に行って、もう一人が留守番しながらペットの面倒を見るくらいは造作もありません。
本当なら見送りの必要もないのですが、そこはどうやら旅行気分を味わうためにわざわざ足を運んだようです。
これならば、いざという時に学都の知人と連絡を取るための通信手段としても使えるでしょう。昨夜、二人のウルがいたせいでレンリのお土産の減りが加速したのだけは誤算でしたが。
◆◆◆
『それにしても、我の分の交通費に滞在費まで出してもらって良かったんですか? そのくらいなら別に自分でも……』
「ああ、そのくらいお安い御用さ」
レンリは今回の帰省旅行にゴゴも誘っていました。
誘った時点では断られる可能性もそれなりに考えていましたが、意外にもと言うべきか、特に渋ることもなく話に乗ってくれました。美食家のゴゴとしては、まだ行ったことのない外国への旅は、趣味人としての好奇心をそそられるものなのでしょう。
ゴゴに対しては、別のゴゴが見送りに来たりはしていませんが、第二迷宮の管理や試練官としての役目については必要に応じて新たな化身が作られるので問題ありません。
「私の親戚には剣好きが多いからね。きっとゴゴ君と話したがると思うんだ。もしかしたら、ちょっとくらい研究の手伝いなりを頼まれるかもしれないけど」
『はい? ええ、旅費分くらいなら喜んで。話せることは限られますが』
「ああ、それで十分さ。ふふ……」
学都の屋敷や研究室と違い、レンリの実家には最新鋭の研究機材や多くの資料。そして、レンリの親類というか同類。研究熱心すぎるあまりに、倫理や社会常識を疎かにするタイプの人々が少なからずいるのです。レンリの友人という体で招待されたゴゴは、さぞや熱烈に歓迎されることでしょう。
◆◆◆
ルカの家族の中では、結局、ルカ一人だけが帰省することになりました。
他の三人と一匹も誘うには誘ったのですが、ロノは流石に列車には乗れませんし、学都に来た春頃と違って真冬に空を飛び続けるのは厳しいものがあります。遊覧飛行の仕事も最近は寒さのせいでちょっとばかり暇になっていました。客単価が高いので、それでもそこそこの収入にはなっていますが。
レイルはそんなロノと一緒にいることを希望し、リンはわざわざ遠出をするのが面倒だと言い、ラックは迂闊に里帰りなんてしたら恨みを買っている連中に追い回されかねないということで、結局ルカ一人だけが故郷であるA国の王都に向かうことになったのです。
「じゃあ、ルカ姉、お土産よろしくねー」
「風邪引かないように暖かくするのよ」
「う、うん……」
帰省とはいっても、彼女達の元々住んでいた家はすでに無くなっている為に、ルカはウルやゴゴと同じく、王都にあるレンリの実家に泊まることになっています。
ルグだけは王都出身ではないために一泊だけして、その後は乗合馬車を利用して故郷の村に向かう予定です。何かしらの理屈を捏ねて彼に付いて行けばどうか、とルカもレンリに言われてはいましたが、流石に無理筋が過ぎて十分な説得力のある屁理屈を組み立てられませんでした。まあ客観的に見ても、まだ交際すらしていない現時点では時期尚早というものでしょう。
行き帰りの列車と、あとは一日二日程度しか一緒にいられないなら、残念ながら今回の旅行で急激に彼との距離を縮めるようなことにはならないでしょう。だから、ルカにとって今回の目的は純粋に友人達との旅行を楽しむこと。そして、あと一つ付け加えるならば、
「あ、そうだ。時間があったらでいいからアレもお願い」
「うん……お墓参り、だよね」
「父さんも母さんも、あんまりそういうの気にしそうにない人達ではあるんだけど、まあ一応ね。アタシらの分もよろしく言っといて。こっちで元気にやってるから、って」
◆◆◆
ちりんちりん、と。
発車直前であることを報せるベルが駅構内に鳴り響きます。
それから間もなく、レンリ達や、それ以外の何百人もの乗客を乗せた列車はゆっくりと動き出しました。




