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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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天穹海


 モノリスの出現により、探索者たちの歩みはそれまでより随分と効率的になりました。

 才覚の操作による、個々の能力の強化・特化。それが、まず一点。

 もう一点は、迷宮内でモノリス間の瞬間移動が可能になったことが理由です。


 七つの神造迷宮はその大半が広く、深い。

 例えば、誰でも立ち入ることのできる第一の迷宮『樹界庭園』は比較的安全で、探索がし易いとされていますが、未だ総面積の半分以上が未踏破のまま。

 四年以上、もうすぐ出現から五年近くが経とうという期間に、訪れた人々の数は少なく見積もっても数万人。もしかしたら十万にも届こうかという人数が挑んだにしては、非常に遅々とした成果であると思えるかもしれません。


 まあ、しかし、それも無理からぬことではありましょう。

 通常の、自然界の魔力溜りに自然発生する迷宮の多くと違い、神造迷宮にはゴールとなり得る地点が基本的には存在しません。前者のような「普通」の迷宮なら、魔力の濃い最深部にほど強力な魔物や高品質の宝が発生しやすく、冒険者たちなどは冗談めかして迷宮の親玉ボスなどと呼称することもありますが、そういったゴール、目指すべき地点がそもそも存在しないのです。

 親玉ボスにあたる存在として守護者たちがいますが、彼女達は探索者がどこにいようがお構いなしに自分から足を運びますし、個人的な友誼を結んでいるなどの特別な事情がない限りは訪ねたり呼び出したりもできません。


 低層や深層などと言っても、それはあくまで出現する魔物の強弱や収得物の品質などから経験的に判断された大雑把な区分けでしかありません。

 高度な判断力を持つ迷宮自身が常時管理しているために極端な魔力の偏りが起こりにくく、探索者としては経験を根拠に「大体この辺りをうろついていれば、このくらいの強さの敵がいそうだ。これくらいの見返りが得られそうだ」などといった大まかな方針を立てることしかできないのです。


 特定の目標地点が存在しないならば、必然的に探索者の行動範囲は限られたものになります。低層なら低層、深層なら深層。各々が無理なく活動できる範囲内において、地理的な構造などを熟知している場所をいくつか定め、あとはその縄張りを延々回り続けるのが、安全と実入りを両立できる効率的な手段なのです。


 時折、そんな効率など考えずに「迷宮の果てを目指してみよう」「地図の空白を片っ端から埋めてみよう」などと考える酔狂な者もいないわけではありませんが、七つの迷宮の中でも広いものは大陸や大海規模の広さを誇ります。少数の変わり者がいくら頑張ったところで、そもそも単純な広さゆえに、未踏領域を無くすことなどできるはずがないのです。



 ……つい先日まではそうでした。


 モノリス間の転移によって、探索の効率は比べ物にならないほど上がりました。

 今までも帰りは「戻り石」で一瞬でしたが、それとはワケが違います。

 これまでは熟練の冒険者が何週間も何ヶ月も、水や食料を現地調達しながらサバイバル生活を続け、ようやく辿り着くような深層に、誰でも一瞬にして来ることができるようになったのです。

 他人の転移にくっ付いていけば、それだけで活動可能エリアを大幅に広げられる。活動領域の共有が進むことで移動に要する時間が節約できるようになりました。


 また、本格的に臨むとなると数日以上もの野宿が前提だったものが、日帰りによる行き来が可能になりました。以前も安全地帯を利用して休息を取ることはできましたが、やはり寝袋や毛布だけで地面に寝転がるのと、柔らかいベッドとでは疲労の回復度合いが大幅に異なります。体調を崩したら、必要に応じて医者に行くなり、しばらく療養するなりといった選択もしやすくなるわけです。

 食料や野営道具を減らせるおかげでより身軽になり、移動速度や戦闘時の対応もより素早いものになりました。ベテランの多くはそれでも万一に備えて最低限の野営の備えはしていますが、全体の傾向としてはよりスピーディーな行動が可能になったと言えるでしょう。


 まあ、だからして、第三迷宮への挑戦を本格的に始めて日が浅いレンリ達も多くの探索者の例に漏れず、当初の想定を大幅に上回る速度で攻略を進めていました。







 ◆◆◆







 第三迷宮『天穹海』。


 天穹とは「空」の意。

 ならば、『天穹海』とはつまり空に在る海。

 いくつもの島々を、細長い岩礁を足場に伝い歩いてきたレンリ達は、その名の由来となった光景を目の当たりにしていました。すなわち、海面から遥か上空にまで伸びる海の姿を。



「これは、すごいね……」


「ああ、驚いた……」


「うん……びっくり……」



 これまでの迷宮でも、驚くような光景は少なからず目にしてきました。

 遥か地平の彼方まで広がる森林や、重力の捩じれた球体迷宮。

 そして、それらに住まう奇妙な生物。


 しかし、それらの経験を鑑みても、目の前のコレはとびきりでした。

 海水の柱、いえ、一直線ではなくグニャグニャと折れ曲がったり枝分かれしたりしているので、海水で構成された樹木と表現すべきでしょうか。樹といっても、それはあくまで物のたとえで、こんな大きさの植物が存在するはずもありませんが。その長大さといったら、恐らくは先日に謎の急成長を遂げた学都中央の聖杖のサイズをも大きく上回るでしょう。

 そして、その天に向かって伸びる海には、これまで見てきた海と同じように数多の生き物が暮らしているようです。推定千メートルほど上空、ちょうど三人がいる小島の真上あたりに伸びる枝(に見える海)など、全長何百メートルもありそうなクジラが背中から潮を噴き上げています。この状態で落ちて来られたら呑気に見物などしている場合ではありませんが、どうやら天に伸びる海には、所々に別方向の重力が働いているようです。大クジラどころか海水の一滴すら落ちてくることはありません。


 第二迷宮は足場や壁や天井がころころ変わる複雑な立体迷宮でしたが、この天の海もそれとは別の意味合いで重力のかかる方向が捩じれているのでしょう。樹の生え際、根っこ付近の海面からはシャボン玉のように球状の水が宙に浮いているのが見てとれます。複数方向からかかる重力が拮抗し、無重力に近い状態になっているのです。



「いや、絶景かな絶景かな。これを登るのは骨が折れそうだけど」



 ここまでの島々など、ほんの入り口。

 第三迷宮の攻略はここからが本番です。

 これまでと同じように岩礁を伝うだけでは進めない箇所も多くあるでしょう。

 泳いだり、空を飛んだり、なんなら自力で筏や小船をこさえたり。

 レンリ達は、例によって他の冒険者から経験談を聞いて情報を集めましたが、そのほとんどが大変な苦労をしたようです。中には、ここから先に進むことを断念した者さえいましたが、それはそれで賢明な判断と言えます。第一や第二迷宮でも深く潜れば十分な実入りは得られますし、自身の実力や迷宮との相性を冷静に考慮して無理を避けるのも、探索者にとっては必要な資質なのです。勇気と無謀を履き違えてはなりません。



「よし、それじゃあ」


 

 まだまだ未熟ながら、ここまで冒険をしてきた三人もそれは重々承知しています。もっとも、レンリがここで下した判断は、そういった安全面に起因するものではありませんでしたが。



「キリがいい所まで来たし、今日はもう帰ろうか?」


「ああ、そうだな。明日の昼には出発だし」


「うん……準備、しないと」



 迷宮探索も大事ですが、それはそれ。

 明日からしばらくは年末休み。もう列車の切符も取ってありますし、ここで無理をして怪我でもしたら予定が狂ってしまいます。

 迷宮は後回しにしても逃げませんが、列車は待ってはくれません。それは、とてもとても困ります。冒険心も大切ですが、イマドキの冒険者はプライベートの時間も疎かにしないのです。



「そうだ、まだ時間あるし、これからお土産でも買いに行かないかい?」


「いいけど、食べ物系は渡す前に誰かさんが自分で全部食っちゃいそうだから、しっかり見張っとかないとな。なあ、ちゃんと我慢できるか?」


「え、それ私のこと? 私ってそういうイメージ?」


「ええと……個性的で、良いと思う、よ?」


「優しさが心に刺さる!」



 故に、彼女達があの天に伸びる海を登るのは、もうちょっとだけ先のお話。


 

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