年の暮れと迷宮探索
気付けば今年も残り僅か。
もう、ほんの半月ほどで新年という時期ゆえか、学都の光景にも変化が現れだしました。
今では国内有数の都市に成長したとはいえ、この街の住人は国内の他の地方や外国からの移住者が大勢を占めています。
新しい都市計画に乗っかるつもりでやってきた彼らの多くは、幸いなことに安定した生活基盤を獲得し、既にこの地に根を下ろしているのですが、だからといって故郷への想いが薄れるということはありません。むしろ、現在の暮らしが順調であればこそ、何かの折には故郷の親類や知り合いに報告や挨拶をしたくなるのが人情というものでしょう。
それほど大それた話ではなくとも、このG国や周辺国家が属する大陸中央の文化圏では、年末年始の時期に帰省するのはさして珍しいことでもありません。一昔前まではそれも簡単な話ではありませんでしたが、短い時間で長距離を移動できる鉄道が出現し、また街道の整備が進み馬車の行き来がしやすくなり、交通網が大きく発達してきました。
普段は研究や修行目的で、熱心に迷宮に通う探索者にも年末くらいはのんびり過ごそうかという空気が漂い、人によっては旅行や帰省などを考える者も少なくありません。
学都で商売をする各種商会、個人経営の小売店、飲食店や娯楽産業も、そのほとんどは迷宮目当てでやって来た人間を主な客層としています。中にはもちろん世間の雰囲気など目もくれず、ストイックにいつも通りの生活サイクルを貫こうという人もいるにせよ、全体としては客数が減り始める時期になるわけです。
ならば、商売人達もこの時期は店を休んだり、経営規模を一時的に縮小しようという話が出てくるのも当然。年の暮れに近付くほどに鉄道や長距離馬車の予約を取るのは困難になっていくという都合もあり、まだ年が明けるには早いこの頃から少しずつ学都の人気が減っていくというわけです。
いずれ何年後か何十年後か、この街を故郷とする帰省を必要としない世代が人口の大半を占めるくらいになるまでは、こういった流れが一種の風物詩として続くことでしょう。
◆◆◆
そんな年末のある日。
帰省を控えたレンリ達は、普段のように迷宮探索に勤しんでいました。
もう数日後には各々の目的地に向けて出発する予定ですが、それまで時間を無為に浪費するというのもつまらない。それまでの間に、今年の活動の仕上げとして、また故郷の親類や知人に怠けていたと思われないように、自分達の心身を鍛え直しておこうというわけです。
もっとも、いくら気合を入れて仕上げようにも、たった数日ではこの第三迷宮を乗り越えることは出来ず、中途半端なところで攻略を中断することは避けられないでしょうけれど。
「うわっ!? コラ、離せ、はーなーせっ!」
第三迷宮『天穹海』。
その出発地点である大亀の島から細く延びる岩礁を伝って進んだ先の小島で、レンリは植物系の魔物の蔦に足を捕らえられ、そのまま宙吊りにされていました。
動き回る巨大西瓜、ウォーターメロン・トォレント。
一見すると、一玉の直径が一メートルはありそうな、大きさ以外には異常性のない西瓜のようですが、人や動物、他の魔物が近寄ると丈夫な蔦を伸ばして絡みつかせてくるという特徴があります。金属ワイヤー並みの強度がある蔦は細く見えても簡単には千切れませんし、大きな実の表面に開いている穴から硬い種を空気圧で撃ち出して遠距離攻撃までこなすという技巧派。
種の破壊力は精々無防備に受けたら痣ができる程度ですが、蔦に絡め取られた状態で一方的に喰らい続けるとダメージも馬鹿にできません。拘束と射撃の組み合わせからなる攻撃は単純ながら厄介で、何かしらの対策をしていないと今のレンリのように痛い目を見ることになるでしょう。
「はっ!」
「ぎゃふん!?」
跳躍からの上段斬りで、ルグがレンリの捕まっていた蔦を切り裂きました。当然レンリは重力に従って真っ逆さまに落下することになりますが、咄嗟に頭を守って身体を丸め、お尻から落ちることで、大きな怪我をすることだけはなかったようです。下が柔らかい泥土だったことも幸いしました。
「だから、あんなデカい西瓜、絶対怪しいって言ったろ!」
「いや、だってあんなサイズの見たら食べてみたくなるだろう! うん、私は悪くない!」
レンリが西瓜に捕まったのは、巨大な実を目の当たりにして好奇心と食欲が疼き、不用意にウォーターメロン・トォレントの間合いに入ってしまったからでした。この第三迷宮の島々には多様な果実や南国の珍しい食材が豊富にあるのですが、中にはこのようなトラップ的な存在もいるのです。
「だ……大丈夫?」
「うん、平気平気。それにあんな雑魚、タネさえ割れれば私一人でも楽勝だよ」
魔物に分類されない生物にも擬態能力を用いて狩りをする種類は多くいますが、それらの直接的な戦闘能力は、例外がいないことはないにせよ、大抵はそれほど高いものではありません。
この動く巨大西瓜にしても、相手が小動物程度ならまだしも、武装した冒険者を仕留めるにはイマイチ決定力に欠けています。最初から敵だと分かってさえいれば、それこそレンリ一人でもやっつけてしまえるはずです。
「ふふ、新ネタを試す良い機会だ」
そう呟いてレンリが取り出したのは投げナイフ。
その先端部には抜けにくくするための返しがあり、刃や柄の部分には、恐らくは刻印魔法によるものであろう複雑な記号が彫り込まれています。
「喰らえ!」
レンリは蔦が届かない距離から、勢いよくナイフを投げ付けました。
投擲に用いる筋力を強化しているのでしょう。
元々の貧弱な彼女からは考えられないほどの勢いです。
「……いや、練習では上手くいったんだよ? ホントだよ?」
その勢いのまま、刃は西瓜の実を大きく逸れて何もない地面にぽとんと落ちました。レンリも事前に屋敷の庭で練習はしてきたのですが、動かず距離も一定の的に当てるのとは要領が違ってくるのでしょう。
ちょっぴり気まずい雰囲気になりかけましたが、幸い西瓜の魔物は自分から動いて間合いの外の人間に襲い掛かったりはしないようです。
気を取り直してレンリは二投目に移り、今度は真っ直ぐ狙い通りに飛んで、ナイフはすとんと巨大な西瓜の実に突き刺さりました。
とはいえ、そもそも痛覚がないらしい植物系の魔物にとっては大した痛手でもないのでしょう。小さなナイフが一本刺さった程度では致命傷にはなりません……が。
「で、これからどうなるんだ?」
「まあまあ見ていたまえ……ほら」
レンリが離れた位置から刺さったナイフに魔力を送ると、あら不思議。
なんと、小さなナイフがみるみる大きくなったではありませんか。
しかも、単に大きくなったというだけではありません。
刀身から何十本もの棘が生えて栗のイガのように、次第にその棘の一本一本が更に途中から枝分かれしつつ更に巨大化し、ほんの二十秒かそこらで巨大西瓜は内側から無数の棘に貫かれるようにして破裂してしまったのです。
「これが例の新作か……なかなかエグいな。植物系の奴だったからまだマシだけど」
「うん……ちょっと、怖い」
「ああ、うん。破壊力優先で考えてたから、ビジュアル的な問題はあんまり考えてなくてね。今後の課題にしておこうか」
これは試作聖剣の新作。
以前にレンリが作った巨大化剣の応用で、突き刺した相手の体内で膨張と変形を繰り返すという殺傷力高めの一品です。
投擲武器という特性上、離れた所から安全に攻撃できますし、刺さった状態で使用者が魔力を送らないと変形しないので奪われても安心。一本につき一回しか発動できない使い捨てではありますが、コストがこれまでの試作聖剣よりも低く量産も難しくない、レンリとしてもなかなかの自信作でした。
実戦で使ったのは今回が初めてでしたが、結果は上々と言ってもいいでしょう。
ルグやルカが言うように、あまりに殺傷力がありすぎて間違っても人には向けられない、出来れば内臓がある動物系の魔物などにも使いたくないような代物になってしまっていましたが。
巨大西瓜は内側から太い棘に貫かれ、バラバラに砕け散ってしまっていました。果汁ではなく血肉の通う生物に使ったら、さぞやグロテスクな死体が出来上がることでしょう。
「まあ、いいや。切り分ける手間も省けたし、西瓜でオヤツにでもしようじゃないか」
今年の迷宮探索も残り数日。
レンリ達はこんな調子で、おおむね順調に海の迷宮を進んでいきました。
◆新作の試作聖剣の能力は某アイルランド神話に登場する呪いの槍がモデルですが(突き刺した相手の体内に無数の棘が生える)、刺してから発動までにタイムラグがあるので抜き取ることができたり、ある程度以上に丈夫な皮膚や分厚い毛皮を持つ相手にはそもそも刺さらなかったりで、元ネタほど強力ではありません。それでも、これまでの試作品の中では総合的な性能は抜きん出ていますが。




