去る者とこれからの予定
「いや、途中からすっかり忘れられた感がありますが、そもそもあの集まりは私のお別れ会だったわけでして。ふふふ、ほとんど誰も見送りに来ない寂しさよ……」
単なる余興だったはずの腕相撲大会が予想外に盛り上がりすぎてしまい、決着と同時になんだかもう全部終わってしまったような空気感が漂い、結果、全ての後始末を終えた夜半には知り合いを含むほとんどの人々が解散してしまいました。
正直、本来の趣旨であったはずのコスモスのことなど皆すっかり忘れています。
見送りに来たのも、最後まで料理の残りを食べ続けていたレンリと、資材やゴミ等の片付けを手伝っていたルグだけ。その二人に関しても、一人で去るのを寂しがったコスモスが襟首を引っ張って鉄道の駅まで連行しただけなのですが。
「……まあ、いいです。私は心が広いので」
そもそも、必要以上に盛り上げようと勝負の舞台を整えてしまったのはコスモス自身なので、誰かに文句を言うこともできません。
「でも、それはそれとして、薄情なシモンさまには後で私が厳選したエロ本百冊セットをお菓子か何かに偽装して郵送して差し上げますか。ふふふ、お屋敷の皆様に見られたらさぞかし気まずい思いをすることになるでしょう。いえ全然怒ってなどいませんが」
「八つ当たりが残酷すぎる……」
親しき仲にも礼儀あり。
とても心の広いコスモスは、世話になった友人へのお礼を忘れることもありません。
届いた品物を皆の集まったリビングや食卓で開封したなら、それはそれは愉快なサプライズになることでしょう。あの屋敷に居候中のタイムあたりであれば絵の資料として喜ぶかもしれませんが、その手の「資料」に耐性のないであろうルカが見たらショックで寝込みかねません。
コスモスの企みの残酷さに慄いたルグは、早速明朝にでも、当分は郵便物に注意するよう忠告しに行こうと決めました。
「ま、別にそんな重く考えることでもないだろうさ。迷宮都市なら列車で半日。明日の朝にはもう着くんだろう?」
「ええ、それはまあ。その気になれば日帰りも出来ないわけじゃありませんし」
レンリの言う通り、迷宮都市と学都とは大して離れているわけでもありません。
今夜発の便に乗れば、明朝には到着する程度の距離です。
これから一晩ぐっすり寝て、遅めの朝食か早めの昼食を食べ終える頃には着いているはず。
国境にもなっている学都北方の大森林を隔てているので隣街という感覚はありませんが、行き来の容易さを考慮すれば、そもそも大仰なお別れをするほどのことでもないのです。
ちりんちりん、と。
出発一分前を告げるベルが鳴らされました。
コスモスの荷物や土産物は、一等客車に取ってある個室や貨物車に預けてあるので、このまま手ぶらで乗り込めば用足ります(コスモスは「手ブラで乗り込めとは破廉恥な。いやしかし、それも面白そうな……ああ、でも寒いのでやっぱりやめておきます」と狂った発言で荷物を預けた駅員氏を困らせていました。今が冬場だったのがまだしもの救いでしょう)。
「他の皆様にもよろしくお伝えください。いずれまた来世でお会いしましょう、と」
「いや、そこはもっと早くていいんじゃないかな?」
「じゃあ明日で。向こうに着くと同時に引き返して来ますとも」
「極端すぎる……」
「まあ、時期については気が向いた時、縁の合った時ということで。それほど先にはならないと思いますが……くっくっく、その時は敵同士かもしれませんな? それではお二人とも、御機嫌よう」
最後に、無駄に意味ありげな、恐らくは何の意味もない思わせぶりなだけの台詞を残し、人騒がせなホムンクルスは学都を去るのでした。
◆◆◆
「そういえば見送りに行くのを忘れていたな。まあ、多分また近いうちに会うことにはなると思うが」
翌朝、郵便物への警戒の忠告で訪れた屋敷で、レンリ達はシモンからそんな話を聞きました。
一緒にライムの見舞いもするつもりだったのですが、一晩明けたら自力で歩けるようになっていた彼女は夜明け頃からロードワークに行っているのだとか。つくづく心配のし甲斐がありません。
「ほら、前にも話したろう? 俺が復職する前にもう一度くらい迷宮都市に行くだろうから、そなたらも付き合わぬか、と。向こうに行けばコスモスの奴に会う機会はいくらでもあるだろうさ」
「ああ、そういえばそんな話も」
前にその話をした頃はまだ夏の盛り。それから色々なことがありすぎて、正直なところレンリ達はすっかり忘れていたのですが、シモンはしっかり覚えていたようです。
「皆で旅行をするなら、そろそろ具体的な日程を決めんとな」
幸い、今日は皆これといった用事はありません。そのまま、迷宮都市への旅行のスケジュールや年末年始の予定について話し合う流れになりました。
「俺は年末年始は国の行事に出席するから、もう少ししたら実家に帰らねばならぬ。大体、来週の後半から移動時間込みで十日くらいか……すまぬが、出来ればその後にしてくれるとありがたい」
と、シモン。彼の実家とはすなわちこの国の首都にある王城なのですが、やはり王弟ともなると様々な行事への出席義務などもあるのでしょう。王位継承順位の低いシモンはそれでも公的な役目が少ないほうなのですが。
案内や準備の都合もありますし、迷宮都市への旅行は彼が首都から戻ってくるタイミングに合わせることになりました。
「そういえば、もう年の暮れか。私も実家に顔を出そうかな? 叔父様たちも帰ってきたから屋敷を空けても大丈夫だし」
旅行の日程を合わせる為とはいえ、それまでの期間を無為に過ごすのも面白くありません。いつも通りに学都で迷宮を攻略したりトレーニングを積むというのも一つの手ではありますが、レンリは一度A国の王都にある実家に帰省することにしたようです。
この年の春頃に学都に来てから早くも一年近くが経っています。
それなりに順調に、快適に過ごしてはいますが、年末年始に合わせて家族の顔を見に里帰りをするというのも悪い考えではないでしょう。
「ルー君とルカ君はどうするんだい? 帰省をするにも一人だけじゃ退屈だからね。王都までの旅費は持つから一緒にどうかな」
「そうだな。それなら俺も一度くらい村に帰っておこうかな」
ルグの故郷はA国の王都から馬車を数日乗り継いだ先の農村。彼は時折、実家と手紙のやり取りなどしていますが、実際に顔を合わせて元気にやっていることを伝えたい気持ちもあるのでしょう。道中までの旅費がレンリ持ちになるというのであれば、帰省には良いタイミングかもしれません。
「わたしは……もう、元の家が、ないから」
一方、ルカは帰省をしようにも故郷にはもう住んでいた家がありません。かつて住んでいた土地建物が現在どうなっているのかは分かりませんが、とっくに他人の手に渡っているはずです。
王都を出た時も半ば夜逃げ、もう半分は列車強盗目的という酷い状況でした。
経済的に困窮し、四人と一匹で一人分の食事を分け合うほどの貧乏暮らし。その過去を思えば、よくここまでマトモな生活が出来るようになったものです。
「それなら私の実家に泊まるかい? そうだ、ついでにウル君あたりも連れていこうかな」
「うーん……」
泊まる場所についてはレンリの世話になればどうにでもなりそうですが、ルカはあまり帰郷に積極的ではない様子。
ルグの近くにいたいという気持ちは当然ありますが、彼が王都に着いた足でそのまま故郷の村まで行って戻ってくるまで会えないなら、往復の列車くらいしか一緒にいられる時間はありません。その為だけにレンリに迷惑をかけるのはどうか、と変な気を遣っているのでしょう。
実家の部屋は常に十も二十も有り余っていますし、別にレンリとしてはその程度の手間は迷惑でもなんでもないのですが。
そんな分かりやすいルカに対して、レンリは耳元で囁くようにアドバイスをしました。
「じゃあ、いっそルカ君も彼の村まで一緒に行けばいいんじゃないかな? 仕事仲間だからとか何とか適当な口実をつけて。ほら、将来の義実家に挨拶して心証を良くしておくとか、外堀から埋めるとかさ」
というわけで、もうちょっと迷宮関係を進めたら一旦学都を離れて「帰郷編(仮)」。そこまでが今章で、次章は丸々「迷宮都市編(仮)」になる予定です。あくまで予定なので、作者の気が変わったりもっと良いアイデアを思いついたら全然違う話になる可能性もありますが。




