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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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決着。そして……


 ようやく長きに渡る戦いは終わりました。

 勝負の決着もつき、見守っていた人々は興奮冷めやらぬ様子で激闘の模様を語り合い、酒杯を傾けあっています。きっと、この戦いは新たな伝説として末永く語り継がれていくことでしょう。


 ……まあ、根本的には宴会の余興でしかなかったのですが。

 別に賞品や賞金が懸かっていたわけでもありません。

 しいて言えば、勝利の栄誉そのものが勝者にとっての報酬ということになるはずです。



「……むぅ」



 しかし、この激闘を制した勝者であるライムは、とってもご機嫌ナナメでした。

 今は半壊したステージの傍に設けられた席で、次から次へと運ばれてくる料理をすごいスピードで口にしていますが、まったく嬉しそうではありません。いつもと同じ無表情ではありますが、身に纏う雰囲気や間違い探しのように微少な表情の差異から、友人や身内達には彼女の不機嫌っぷりがはっきりと分かります。



「私は、勝ったとは思っていない」



 三本勝負の最後の最後。

 真の意味でのルカの全力、秘められた力は確かに解放されました。混じり気のない純然たる気迫が何倍にも膨れ上がり、ライムに押し負けていたはずの腕も容易く中央まで引き戻し……しかし、ルカはそこで力を緩めてしまったのです。


 ライムの勝因は、ルカの優しさ。

 この場合は甘さと言うべきかもしれません。


 限界を超えた力を発揮する代償として肉体が崩壊し、血を流すライムの姿を見て、ルカは思わず手を止めてしまいました。腕相撲の勝負において、互いが力を振り絞って拮抗していた状態で片方が力を抜いてしまえば決着までは一瞬です。ライムも消耗しており、反応して自らの手を咄嗟に引き戻すこともできませんでした。

 猛烈な勢いでルカの右手が勝負台に叩き付けられ……彼女の手自体には傷ひとつなかったのですが……肘を置いていた円盾ラウンドシールドやその下のテーブル、足場のステージまでもが衝撃で砕け散りました。

 ステージが爆発したかのような轟音と衝撃で、一時は近所を巡回していた兵士が何十人も駆けつける騒ぎになったほど。まさか腕相撲の結果だとは想像もできないでしょうし、無理もありません。


 ちなみに、借り物の盾は、破片同士をくっ付けて魔力を流せばバラバラの状態からでも修復できそうだったので、今はレンリとコスモスがパズルのように欠片を組み合わせています。素材の品質と職人の腕が良かったのでしょう。高級武具だけあって確かな品質でした。

 ステージも元々は宴の余興のために臨時で組んだだけの物だったので、使い物にならないほどに破損していても解体の手間が省けたようなものです。




「あの……本当に、病院に行かなくても?」


「大丈夫」



 だから、残った問題はライムの怪我と機嫌くらいです。

 その責任を感じて、ルカはおろおろと怯えた様子でしたが、



「ああ、大丈夫大丈夫。ライムがこれくらいの怪我するのはいつものことだしな。一人暮らしを始めてからは自重して加減しているが、実家住まいだった頃は稽古のし過ぎでよく倒れていたものだ」


「ん、食べて寝れば治る」 



 本人もシモンも大丈夫だと言っていますし、本当に慣れっこなのでしょう。

 魔物のいる迷宮に住み始めてからは常に余力を残すようにはしていますが、ライムにとっての鍛錬とは、手足がもうそれ以上動かなくなり倒れるほどのオーバーワークが当たり前。適切なタイミングで誰かが止めない限り、何日も不眠不休でトレーニングを続けかねません。

 魔法で自身を治療する術を覚えてからは、疲労骨折や筋肉の断裂を治しながら破壊するような無茶をするようにもなりました。彼女の治癒魔法は何故か激痛のオマケ付きなのですが、気合と根性が有り余っているために、どれほどの痛みを感じても全く止まることがないのです。

 まあ、そんな無茶を重ねたからこそ、エルフとしては若輩もいいところな十代という若さで、一族に並ぶ者のいないほどの実力を身に付けることができたのでしょうけれど。



「それに、こいつは別にルカ嬢に対して怒っているわけではないぞ?」


「そ、そう……なんです、か?」


「……ん」



 ライムの不機嫌の原因が先程の勝負の結果にあることは確かですが、別に非情に徹し切れなかったルカに怒っているわけではありません。彼女に気遣わせてしまった己自身の弱さに憤っているのです。

 もし次があるとすれば、その時までにはルカが心置きなく全ての力を発揮できるような、なおかつ真正面からそれを打破し得るほどに鍛え直してくることでしょう。

 








「とはいえ、流石にこの状態では帰せんからな。今日はうちに泊まるがいい」


 それはそれとして、このボロボロの状態で迷宮内の家に帰らせるわけにもいかず(左足の大腿骨が亀裂骨折。膝と足首の関節が脱臼していました。卓越した根性とバランス感覚で勝負が終わった直後から自分の足で立っていましたが)今夜はシモン達の屋敷に泊める流れになりました。

 本当は今すぐにでも入院すべきなのでしょうが、ライム本人が拒むので折衷案としての意見です。屋敷の部屋は少なからず余っていますし、現在は姉のタイムも逗留しています。なので、合理的と言えば合理的なのでしょうが、



「…………」


「む、気が進まんのか? 枕が変わると眠れないような性質でもあるまい?」



 年頃の男性が女性に対し「今夜は泊まっていけ」と言う意味合いに、シモンは全く気付いていないのでしょう。

 家といっても大きな屋敷ですし、部屋も当然別々なのはライムも分かってはいるのですが、想い人からのそんな台詞を聞いて心穏やかでいられるかは別問題。これまでにも同じ屋根の下どころか、すぐ近くで眠ったことも幾度となくありますが、だからといって簡単に割り切れないのが乙女心の難しいところです。








 ◆◆◆







 ――――その晩、シモン達の屋敷にて。

 責任を感じる必要はないと言われたものの、それでもやっぱり気にしていたルカは、ライムの世話係を買って出ました。とはいえ、この数時間で自力で歩けるまでに回復していたので、仕事はそう多くありません。

 客間の支度をしたり、オヤツや飲み物を運んだり、風呂場で背中を流したりする程度の簡単な仕事……と、大事な仕事があと一つ。

 


「ふふ……なんだか、お姉ちゃんが、増えた……みたい」


「もう一度」


「え……?」


「今の、『お姉ちゃん』の部分をもう一度」


「ええと……ライム、お姉ちゃん?」


「……良い。もう一回」


「ライム、お姉……ちゃん?」


「もう一回」


 

 人間よりやや成長が遅いエルフの中でも、特に背丈や体型の成熟が遅いライムは、十九歳の淑女レディでありながら子供に見られることもしばしば。本人も内心ではある種のコンプレックスを抱いていたのですが、そんな彼女にとってルカが何気なく口にした「お姉ちゃん」という呼称はとても新鮮で心地良く響いたのでしょう。

 ウルやレイルのような、見るからに年下のお子様からそう呼ばれるのとはワケが違います。体格では一回りは大きいルカからそう呼ばれたことが、ライム自身も無自覚だった何かしらのツボに入ったようです。何度も何度も繰り返しルカに「お姉ちゃん」と呼ばせ、とても良い気分で床に就きました。



◆以前にも書いたような気がする設定補足

この世界のエルフは二十~三十歳くらいまで成長期が続き、その後は全盛期の姿で人生の大半を過ごします。ライムの体格が小さめなのは、まだ成長期の途中だからという理由もあるにはありますが、無茶な鍛錬で身体に負担がかかって成長が阻害されているせいでもあります。本人はそれに全く気付いていないので、なるべく早く気付いて多少なりとも怠けるようにすれば急成長する可能性もありますが……。

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