ゴーレム攻略戦①
ゴールまであと一息というところで、受講者達は突然の二択を迫られることになりました。
一つは道を塞いでいる岩石ゴーレムと戦い、目的地までの最短ルートをこのまま通り抜ける道。
もう一つは、危険な戦いを避け、大きく遠回りをして目的地を目指す道。
「兎にも角にも、そのゴーレムとやらがどんなものか確認しないと」
「うん、決めるのはそれからでも遅くない」
一同はとりあえずは現在進んでいた谷底の道をそのまま進んで、地形や障害物の確認をすることにしました。
谷底の道は平坦で歩きやすいのですが、両側の斜面は進むほどに急勾配になり、途中からはほぼ直角の崖のようになっています。ここを登って道を塞いでいるゴーレムをやり過ごすのは難しいでしょう。
一行はそのまま曲がりくねった道を進み、ほどなくして谷底の終着点が見える位置にまで来ました。本来であれば、もう数十分も歩けばそれで良かったはずなのですが……、
「アレか……大きいな……」
「あ、あんなの見たことないぞ……」
曲がり道を抜けた先、およそ30mの距離。左右の切り立った崖の真ん中に谷の出口を塞ぐように特大サイズのゴーレムが立っていました。
大きさは並の一軒家以上にあるでしょう。
並のゴーレムの軽く五倍以上はありそうです。
ゴーレムというのは魔物の中でも特に知名度が高い部類です。
魔法使いが作成・使役し、土木工事や鉱山での採掘作業に用いることもあるので、見たことがある者も少なくありません。
しかし、目の前のゴーレムはその外見からして特異でした。
魔法使いが使役するモノは機能性を考慮して特大の全身鎧のような人型の形状を取らせることが多いのですが、現在障害物として立ち塞がっている個体は機能性などまるで持ち合わせていないような不細工な形です。
歪な形の岩塊に別の細長い岩をくっ付けて無理矢理手足にしているだけ。しかも両足の長さがまるで釣り合っていないので、ロクに歩くこともできないでしょう。二本足で直立できているのが不思議なほどのバランスの悪さです。
自然物に魔力が宿ってゴーレム化した場合には完全に形状が整っていることのほうが少ないものですが、この個体は際立って歪な形をしています。
「あれなら倒せるんじゃないか?」
「ああ、なんか動きも鈍そうだし」
大きさは脅威ですが、同時にその重量が枷になっている為か動作は緩慢です。
万が一、倒れて下敷きにでもなればひとたまりもありませんが、短い手足の攻撃であれば人並みの運動能力があれば、まず喰らう心配はないでしょう。
「よし、じゃあアイツをどうにかするってことで」
実際に敵を確認してから受講者達で多数決を取り、大多数の賛成により戦闘を選ぶことにしました。それに、正直なところ皆もう疲れ切っていて、ここから更に長時間歩くのが心底嫌だったのです。
◆◆◆
受講者達はまず各々の持つ攻撃手段ごとに前衛と後衛の二組に分かれました。
弓矢や投石紐や攻撃魔法の使い手が最初にゴーレムに一斉攻撃を仕掛けて弱らせたところを、近接武器の持ち主が寄ってたかってトドメを刺すというシンプルな作戦です。
ちなみに、教官達は一切手伝わず助言もしていません。
このように自分達で戦術を考えるのも講習の一環ということなのでしょう。
「じゃあ、自分が合図をする。三つ数えたら後衛組が攻撃。前衛組はそれに巻き込まれないよう気を付けながら各々の判断で攻撃を頼む」
行動の合図をするリーダー役は、昨晩ルグと一緒に狩りをした狼頭の獣人氏が務めています。
未だ体力に余裕がある数少ないメンバーの一人であり、堂々とした立ち居振る舞いからは実力に裏付けられた自信が感じられます。特に彼が立候補したわけではなく作戦を話し合う中で自然とそういう役目に納まったのですが、リーダーとしては納得の人選でしょう。
現在は約二十名の受講者のちょうど半々くらいの割合で前衛・後衛に分かれ、ゴーレムから死角となる曲がり道のギリギリで待機しています。
遠距離攻撃の手段があるレンリやルグもそれぞれ短杖や弓を構え、飛び道具を持たないルカは緊張した面持ちで前衛組に混ざっていました。
そして獣人氏が攻撃開始の合図を出し……、
「よし、全員準備はいいな……三、二、一、今だ!」
まずは飛び出した後衛組が一斉に攻撃を仕掛けました。
……が、残念。
巨大ゴーレムに大したダメージは入りませんでした。
「硬いな……!」
「魔法もダメみたいだよ」
弓や石は岩石の身体の表面を小さく傷付けるだけに留まり、魔法も同様に小さいダメージを与えるか薄い焦げ目が出来た程度。ゴーレムを転ばせることすら出来ませんでした。外見はただの岩石ゴーレムにしか見えませんが、どうやら鋼鉄並みの頑丈さがあるようです。
「あんまり効いてないみたいだけど……」
「どうする、突っ込んでいいのか!?」
この時点で当初の作戦は破綻していました。まさか、十人近くで攻撃して全くひるみすらしないとは誰も思っていなかったのです。
武器を構えて待機していた前衛組も予想外の事態に困惑していましたが、
「お、俺は行くぞ!」
「じゃ、じゃあ私も……!」
「え、えっと……いってくる、ね……?」
とりあえず、一人二人と動き出し散発的に攻撃を加え始めました。
ですが、なにしろ並の家屋より巨大な相手なので、攻撃できるのは短い足とそのすぐ上の胴体の下部のみ。しかも堅牢さに関しては先程の先制攻撃で証明された通りで、金属製の剣や槍でも表面の一部が削れる程度です。
人並み外れた怪力を有するルカなら有効打を与えられそうですが、それを十全に活かせる格闘技術のない彼女は、目を瞑ったまま不安定に揺れる足を殴ろうとして見事に空振っていました。
「おらぁ!」
どうにかダメージらしいダメージを与えているのは、巨人族の男性くらいでしょうか。
巨人氏は残った魔力を励起させて身体を10mくらいまで巨大化し、豪快に殴りつけています。これでもまだ巨大ゴーレムの半分程度の大きさですが、体重を乗せた鉄拳の連打はゴーレムにも効いているように見えました。
『ゴごごガゴギ……ガガゴ……』
「な、なんだ? うおっ!?」
ですが、それも束の間。
ゴーレムが口のように見える穴から呻き声を発すると、胴体から新たな石腕を三本も生やし、素早い動きで巨人氏の連打を全て受け止めたのです。これまでの緩慢さが嘘のような、熟練の武術家のような見事な防御技術でした。
「もしかして……今まで私達に気付いてすらいなかった……とか?」
誰かがポツリと発したセリフには、とても嫌な種類の説得力がありました。
これまでは攻撃が効いていなかった、どころではなく気付かれてすらいなかった。実際、ゴーレムにとっては最後の巨人氏の攻撃以外は防御行動を取るまでもなかったということなのでしょう。
しかも、今の防御を見る限りでは新たな腕を生やしたり、その気になればそれを高速で動かすことも出来そうです。今はまだその気はなさそうですが、先程のような動きが攻撃に転用されたら人間くらいなら軽くペシャンコになってしまうでしょう。
「全員下がれ! 一度体勢を立て直すぞ!」
「わ、分かった……!」
「皆、下がれ! 下がれ!」
前衛組が攻めあぐねていると、後方の獣人氏から後退の指示が飛んできました。
幸いにもゴーレムは彼らを追ってくることがなく全員無事に安全圏まで退避できましたが、それは谷の出口を塞がれたままであることも意味します。
こうして、彼らの最初の攻撃は、ほとんど戦果を上げられないまま終わりました。
第一ラウンド終了。
中ボスが意外と強かった。