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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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さらばコスモス! また会う日まで③


 正直に言えば、ルカとしては今すぐ逃げ出してしまいたいくらいの気持ちでしたが、結局はライムの挑戦を受けることにしました。逃げようとしても逃げ切れるか怪しいという点もありますが、今回の勝負はあくまで腕相撲。

 殴ったり蹴ったりの勝負なら、技術や度胸の差でライムに勝てるはずもありませんが、あくまで純粋な力比べであるならば、結果は分かりません。まあ、ルカ本人としては勝ち負けはどうでもいいのですが、今の彼女はウルの代理として腕相撲をしていることになっているので、易々と負けることが許されない身なのです。

 それに、これが一番大事な点なのですが、たとえ負けても痛かったり、怪我をしたりさせたりということはないはずです。



「お、今度はエルフのお嬢ちゃんが挑戦すんのか?」


「ルカちゃん、手加減してやれよ」


「ははっ、がんばりな」



 ここまでに敗退した挑戦者や周囲の見物人たちからすれば、圧倒的な実力で連勝してきたルカに挑むライムは無謀な勝負に臨んでいるように見えているようです。ライムの体格は大して大柄でもないルカよりも更に一回り以上は小さいですし、事情を知らなければその反応も無理はありません。



「あん、お前ら、あの人が誰だか知らねぇのか?」


「ライムの姐さんとルカちゃんの力比べか……こいつは見物だな」



 一方、全体からすれば少数ですが、ライムの実力を目にしたことがある一部の冒険者や、お祭り騒ぎに参加していた非番の騎士・兵士たちはこの大一番を見逃すまいと注目しています。


 しかし、当のライムはそんな周囲からの関心など全く気にしていない様子で、道路脇に置かれていた林檎酒シードルの大樽に手を伸ばしました。この宴用にコスモスが手配していた物で、同じような酒樽はそこいらに置かれています。

 高さは彼女自身の身長に迫るほど。まだ未開封で中身が丸々残っている状態なので、重さはライム自身の五倍はあるでしょうか。



「このままでは不公平」



 ルカがこれまでの連戦で消耗している状態で(実際にはまるで疲れていないのですが)勝負をするのは不公平だと言いたいのでしょう。ライムは大樽の側面に手を触れると、それを片手で頭上に掲げました。樽を傷付けないようにゆっくりと、しかし軽々と。そのまま何度も何度も、上げ下げを繰り返します。

 別にパフォーマンスの意図はなかったのでしょうけれど、これにはライムの実力を知らなかった観衆も度肝を抜かれました。

 一応、この場にいる力自慢たちでも身体強化の魔法を用いれば、同じくらいの重量物を持てないこともありません。ですが、それは両手で抱え、足腰や体幹の力を使えばという意味合い。彼女のように片手でまるでボールでも扱うように、中身の詰まった大樽を軽々操れる者は国中探してもほとんどいないでしょう。

 エルフは魔力の扱いに長ける種族として知られていますが、これほどの肉体強化を可能とする者はそうはいません。それは、必ずしも魔法の知識に通じているわけではない人々にも、はっきりと分かりました。


 

「これでよし」



 そうこうしている内に、ライムの腕も程よく疲れてきたようです。樽を傷付けないよう、そっと元の場所に置き直しました。

 ここまで全く疲労していないルカと比べると、今の運動によって消耗したライムが条件的に不利になったようにも思えますが、その闘志は先程までより研ぎ澄まされています。ハードなウォーミングアップを経て、筋肉疲労のマイナスを差し引いても、むしろ本調子になってきたようです。そして、準備を終えたライムは改めてルカに向き直りました。




「おまたせ」


「あの……お手柔らか、に」



 





 ◆◆◆







「さあ、というわけで始まりましたね。解説のレンリさま」


「ああ、始まったね。実況のコスモスさん」


 それまでのルカの連勝やライムの準備運動などで腕相撲勝負の見物人が増えた為、勝負を開始する前に場を整えなおすことになりました。

 それまでの勝負では、元々料理が乗っていた木製のテーブルの上を片付けて使っていたのですが、この大一番では両者の怪力に台となるテーブルの強度に不安があります。そこで近所の防具店から一番丈夫な円盾ラウンドシールドを持ってきて、それを家具店にあった総金属製のテーブルに乗せて腕相撲用の台を設えました。

 盾は店で一番高級な、魔法金属の合金に竜鱗の粉末を加えた、損傷が自動的に修復されるという逸品ですし、テーブルにも盾にもレンリや見物人の中の魔法使いたちが手当たり次第に強化魔法を重ねがけしたので、そう簡単には壊れない強度になっているはずです。



「では、始める前にもう一度ルールのおさらいをしましょうか」


「全部で三本勝負。二本先取で勝利。相手に触れてないほうの手は握った状態で台の上に出しておく。まあ、別にルール違反の罰則があるわけじゃないけどね」



 今のルールのおさらいは、勝負をする二人というより集まってきた人々に向けて説明をする意味合いが強いでしょうか。準備やら何やらをしている間に騒ぎを聞きつけた連中が寄ってきて、最初に内輪のノリで勝負をしていた時より随分と規模が大きくなってしまったのです。

 場所も、元々は場を盛り上げるためにコスモスが呼んでいた歌手や芸人が技を披露する用途で設置していたステージ上ということもあり、嫌でも注目が集まります。

 ライムには気にする様子はありませんが、ルカはまだ何もしていないのに緊張でふらふらしていました。両者とも人混みが苦手ではあるのですが、その意味合いは少なからず異なるのでしょう。腕相撲なら痛くないから勝負を受けたというのに、こんなに人目を浴びることになるのなら止めておくのだった、とルカは後悔の真っ最中です。


 ちなみに、コスモスとレンリが実況・解説役に収まっているのに深い意味はありません。

 しいて言うなら、例によって楽しそうだと思ったから、でしょうか。つい先程、大食い大会の覇者となったレンリはステージ脇の解説席で、串カツや焼き鳥などを一切ペースを落とさずに食べ続けています。



 ぱんっ、と。

 こちらも同じく流れで審判を務めることになってしまったルグが、大きく拍手を打って観衆の注目を集めました。



「じゃあ、二人とも台に肘を置いて、手を合わせて」


「ん」



 特に緊張した様子のないライムはいつものように短く返事をしましたが、ルカからの返事がありません。人の視線が苦手な彼女は、ルグの言葉も耳に入ってこないほどガチガチに緊張していたのです。



「ルカ? おーい?」


「……え? あ……な、なに?」


「大丈夫か? こんなのただの余興なんだし、キツいなら無理しなくても」


「ううん……や、やる」



 ルグが彼女の顔の前で手を振ると、やっと呼ばれていることに気付きました。

 慌てて勝負台に肘を置いて構え、対峙したライムと手を合わせます。



「まだ力を入れないように。じゃあ、二人とも準備はいいな?」


「ん」


「う、うん……!」



 今度は両者から返事があり、そして直後。



「じゃあ、よーい……始め!」



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