さらばコスモス! また会う日まで①
因果応報。
善行も悪行も、いずれは巡り巡って己に還ってくるものである。
だから、悪いことをしてはいけませんよ。
そういった教えを表現する言葉こそ違えど、似たような思想は世界中のあちこちに見受けられます。細部には地域差や年代差があり、悪いことをすると怪物や人攫いがやってくるとかのバリエーションが多々ありますが、根本的な部分においては同じようなものでしょう。
全く交流のない異なる文化圏であっても似通った話が発生するのは、果たして偶然なのか必然なのか。その辺り、文化史の研究者などであれば、その類似性に研究意欲をくすぐられる場面なのかもしれませんが……まったくの専門外であるレンリとその他二名。かつてウルの化身を卑劣にも網で捕らえて袋叩きにした三人は、自分達自身が投網に捕らわれた現状に皮肉な因縁と既視感を覚える程度に留まっていました。
「おお、大漁ですな。ではライムさま、よろしくお願いします」
「ん」
コスモスに付き従うエルフ姉妹の手で捕らえられた三人は、網に包まれたままの状態で小柄なライムによいしょと担がれ、そのままお別れ会の会場まで強制的に連れていかれることになりました。恐らくは三倍以上の体重差があるはずなのですが、日々の鍛錬によって鍛えられたライムの足腰は小揺るぎもしません。足の裏から大地に根が張っているかのような安定感です。
それこそ完全に人攫いの様相ですが、一切身を隠す様子もなく堂々と運搬していると意外と不審に思われないようです。道中で巡回中の兵士なども見かけましたが、何かの遊びとでも思われたのか呼び止められることもありませんでした。
レンリ達にも別の用事があるにはあったとはいえ、お別れパーティーをするという事情を説明されれば、恐らくは予定を変更して素直に付いて来たであろう点を考慮すると、ここまでの過程は別に必要なかったようにも思えますし実際そうなのですが、まあ、結果的には同じことです。
そもそも抵抗が不可能な時点で、いちいち気にしても仕方がありません。こういう時には現実逃避をして心をどこかに飛ばしてしまうに限ります。
そうして運ばれてきた、コスモス曰くお別れパーティーの会場というのは、以前に貸切状態で通行人まで巻き込んで飲み食いした商業区の料理店……の前の道路。運搬された三人は、そこでようやく解放されました。
「これは、なんというか……すごいね!」
「……すごいな」
「うん……すごい……」
すると、ああ、なんということでしょう。
周囲の家屋や店舗には『ありがとう私。おめでとう私。さらばまた会う日まで私』という謎の言葉とコスモスのデフォルメイラストが描かれた(※タイム画)横断幕や大旗が飾られ、公共の場であるはずの道路のど真ん中では急造したと思しき炉で巨大な豚の丸焼きが焼かれ、そこかしこでシャンパンやビールの浴びせあいをしている酔っ払いが溢れ、設置されたステージ上で芸人が小噺を披露し、所かまわず爆竹が鳴らされ花火が打ち上げられ……光景を細かに羅列していくとキリがありませんが、なんだかとんでもない大騒ぎになっていました。
いつぞやと同じようにかかった費用は全額コスモスが持つことになっているようなので、タダ飯タダ酒目当ての人間が増えるのは当然といえば当然ですが、今回は規模が違います。以前の料理店のみならず、この付近の料理店や酒場はもちろん、街中のほとんどの店から食べ物やお酒を次から次へと運ばせているのです。
費用の総計が幾らになるか、比較的大金を見慣れているレンリでもさっぱり想像が付きません。
下手をすれば、ちょっとしたお屋敷を土地ごと買えるくらいの額になるのではないでしょうか。そもそも「さっき思い付いた」とか言っていた割に明らかに周到な準備がされていますし、規模も大きすぎます。明らかに計画的な犯行、いえ犯行と言えるかはさておき計画的な行動です。
「いや、でもこれ、許可とか大丈夫なのかな?」
レンリが疑問に思うのも無理はありません。
どこかの店を借り切って盛り上がる程度なら問題ないにせよ、こうして公道でドンチャン騒ぎをやらかすとなると、普通に考えれば騎士団も黙ってはいないでしょう。不思議と、これだけ目立つ大騒ぎなのに巡回の兵士がやってくる様子はありませんが……それもそのはず。
「ああ、それなら問題ない。道路の使用許可は申請してあるし、俺から領主殿に話を通してあるのでな」
その疑問には、何故だかとても上機嫌なシモンが答えました。
彼の視線の先にはまるで巨人のような体格の紳士、エスメラルダ伯爵が人々に囲まれながらお祭り騒ぎを楽しんでいる姿が。彼の言うように領主や役所が出した正規の許可があるのなら、たしかに騎士団が飛んでくるはずもありません。
シモン自身も珍しく昼間からお酒を嗜んでいるようで、手には木製のジョッキが握られています。
「寂しくなるな、うむ、実に残念だ」
「ほほう、それほどまでに私と離れたくないと思われていたとは。まったくシモンさまはツンデレですな。ならば、帰郷を遅らせるのも吝かではありませんが?」
「い、いや、あまり長く留守にして家族に心配をかけるものではないぞ……」
……彼にだって、たまには解放感に浸りたい気分の時くらいあるのです。絶え間ないツッコミ疲れによるものか、シモンの顔にはまだ十代の若者らしからぬ重々しい疲れの色が滲み出しておりました。




