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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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変化があったりなかったり


 モノリスの出現から一週間後。

 これまで、未知のリスクや副作用でもあるんじゃないかと静観の姿勢を貫いていたレンリと、それに付き合っていた仲間達はようやくモノリスの機能を使っていました。

 この時点で推定数千人もの先行者がおり、彼らを、言うなれば実験サンプルとして観察していても特にこれといったデメリットはなさそうだと判断し、実行に踏み切ったのです。レンリ以外の二人、ルグとルカはもっと早く使ってみたかったようなのですが、そこは雇い主としての強権を発動して止めていた形になります。まあ、結局は単なる杞憂でしたが。


 ともあれ、レンリは不要と思われる、嗜み程度に覚えてはいたけれど使う機会のなかった魔法や、これまでに「実」から獲得していたと思しき技能と引き換えに、専門分野である刻印魔法や金属加工に用いる錬金術の才覚を幾分強化しました。


 【刻印魔法】……評価「それなり」から「がんばったで賞」に。

 【錬金術】……評価「そこそこ」から「やるね」に。


 モノリスによる評価の曖昧さゆえ、表示される文章を読んだだけでは物凄く分かりにくいのですが、たしかに彼女の才覚は強化されていました。



「ふむ、予想はしてたけど、才覚の入れ替えってこういう感じか」



 試しに、これまで使えたはずのコストとして支払った魔法を詠唱してみましましたが、魔力の制御が上手く行かず、一応は発動したものの効力は大幅に低下しています。

 それと引き換えに、元々得意だった刻印魔法は実に好調で、これまでは安定して発動させられなかった高度な術でも簡単に使えるようになっていました。変わってしまった能力の限界や感覚の違いを把握するためにも、即座に実戦投入とはいかないでしょうけれど、大きな進歩には違いありません。



「ふふふ、元々天才だった私がますます天才に、大天才になってしまったようだね」


 

 レンリは冗談めかして言っていますが、これも単なる大口ビッグマウスとは言えないでしょう。

 むしろ、事実を正確に言い表しています。レンリ自身はどちらかというと地道に努力を重ねる秀才型なのですが、その秀才に天才的な感性が突然備わったようなものでしょうか。あくまで本人の感覚的な部分が大きいので、外から見ただけでは違いは判然としませんが。

 さほど価値のない不要物を代償にしただけでこの違い。

 もしも、不要な能力だけでなく、有用で価値の高い才覚をコストとして得意分野に一点集中させれば、どこまで変わるのか想像もできません。まあ、そこまで極端な真似をすると弊害のほうが大きくなりそうですけれど。




 その一方、レンリの後でモノリスの操作を試してみたルカは、とてもがっかりしていました。



「……がっかり……」



 なにしろ、声に出していうくらいなのだから相当に落胆が大きかったようです。

 まあ、無理もありません。それというのも、



「ルカ君の力を抑える用途では使えないか」


「うん……そう、みたい」



 モノリスの機能を使えば、ルカの制御不能の身体強化魔法を消す、あるいは弱めることが出来るのではないかと期待していたのですが、それはどうやら出来ないようなのです。

 他の人々とは反対の、あえて強みを失うという奇妙な目的ですが、ルカとしては非常に切実です。事情を知らない他人からすれば勿体ないと思われそうですが、この異常な力を無くして「普通」になるというのは、ある意味ではルカの積年の夢とすら言えるのですから。


 繰り返しになりますが、結局その望みは叶わなかったのですけれど。


 彼女がモノリスに触れて、他の人々と同じように調整可能な能力の数々がその表面に浮かび上がってきたまでは良かったのですが、その中に【身体強化魔法】やあるいは筋力の向上に関係しそうな項目が一つたりとも含まれていなかったのです。

 項目自体が存在しないならば、弱めることもできません。レンリやルグも手伝って、モノリスの隅から隅まで何度も入念にチェックしたので見落としという線も皆無。


 考えられる可能性はいくつかあります。

 たとえば、想定した使い方以外の使用が禁止されている。

 ルカがモノリスの想定外の使い方をしようとしていた為に、それを防止するために特定の項目が排除されてしまった。試しにレンリとルグが触れたら【身体強化魔法】という項目がきちんと表示されていたので、この可能性はそれなりにあり得そうに思えます。

 あるいは、ルカの身体強化は出力こそ凄まじいものですが、それは無意識に、時に彼女の意に反して勝手に発動してしまっているだけ。出力の調整こそある程度可能ですが、完全に強化を解除したり一定以下に抑えることはできません。そのせいで、ルカの身体強化はモノリスに自由意思で行使できる「技能」だと見做されなかったという考え方もできるかもしれません。

 まあ、結局のところ、彼女達にモノリスの仕組みなんてさっぱり分からないのです。

 あれこれと推測することはできても確証は得られませんし、望み通りに使えるよう改良や改造することも到底不可能。今はおとなしく諦めることしかできませんでした。


 それはさておき。


 無理なものは無理と頭を切り替えて、ルカは望む技能をいくつか伸ばし、続いてルグも剣術の才覚を伸ばし、用件を終えた三人は迷宮から街に戻ってきました。

 今日は元々モノリスを試してみるだけの予定だったので、武装も最低限で荷物もほとんどありません。強くなった自分達の実力を冒険の中で試してみたい気持ちはあるにせよ、一気に強くなってしまった変化に伴う万能感こそが曲者です。実際、まだ死者は出ていないようですが、一気に強くなった万能感に酔い、強い魔物に無謀な挑戦をして怪我をした冒険者もいたようです。

 モノリスの副作用云々に関しては杞憂でしたが、そういった例を知れたことは、あえて観察期間を置いたレンリの手柄と言えるでしょう。

 力を得たことと、それを自在に使いこなせるか否かはまた別の話。

 新たに得たモノを馴染ませる必要があります。

 よって、まずは一旦迷宮から出て頭を冷やし、訓練の形で冷静に新たな限界や出来ること出来ないことを把握する。実戦に出るのはそれからだ……と、今日迷宮に入る前に三人の間で取り決めがしてありました。



「じゃあ、この後は……」



 時間はまだ正午前。

 騎士団の合同訓練に参加するには遅い時間ですが、訓練に使える場所は他にも色々あります。学都の街中には、本格的な入門でなくとも料金を払えば稽古や試合ができるような道場の類もありますし、冒険者ギルド付近の公園では毎日誰かしらが筋力トレーニングをしています。

 魔法の試し撃ちやルカの格闘練習だと周辺被害を考慮して郊外まで出る必要がありますが、この時間なら念入りに確認をしても日暮れまでには余裕を持って戻ってこれるでしょう。いっそ、どこかで持ち帰りできる料理やお弁当でも買って、ピクニックと洒落込むのも悪くないかもしれません。冬の寒さは、多少であればレンリの魔法でカバーできますし……、








 ……などと、楽しくお喋りをしながら歩いていた三人の目の前にコスモスと、その背後で何故か魚網を手に持っているライムとタイムのエルフ姉妹が現れました。



「やあやあ、皆様ごきげんよう。学都もそれなりに居心地は良かったのですが、一通りの用事も済みましたし流石に長居しすぎた感もあるのでぼちぼち帰ろうかということで、私のお別れパーティーを私主催で開こうとさっき思い付きまして。もし、お時間がありましたら、いえ参加者が少ないと私が寂しいので強制的に参加して頂くつもりですのでどうかお覚悟を。さあさあ先生方、こちらのお三方を引っ捕らえてくださいな」



 もう、何もかもが間違っていました。



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