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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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解き明かせ! モノリスの謎


 モノリスの出現以降、迷宮に入る人の数は大幅に増加しました。

 しかも、その大半は武芸や戦闘用魔法を使えない民間人です。

 たとえば、なんらかの器物を製作する職人であったり、品物の売買で生計を立てる商人であったり、あるいは一般家庭の主婦やまだ幼い子供まで。

 最初の数日は学都や近隣の村落の住人が。次第に首都や周辺の都市からの旅行者も。近い将来には国内外から更に多くの人々がやってくることでしょう。


 人間、それなりの時間を生きていれば、意識せずとも様々な技能を身に付けているものです。しかし、その全ての能力が常に必要とされているとは限りません。

 一例として、野山を駆け回って遊ぶ活発な子供であれば、木登りくらいは難なくこなせるものですが、その子供が長じて仕事に就いた時、その木登りの能力は全く無用のものとなります。高い足場を行き来する必要がある大工であるとかの一部の例外を除いては、多くの人々にとってはあってもなくても変わりません。


 そんな別に失っても惜しくないような能力、これまでの人生で築き上げてきた不要物と引き換えに自らの望む才能を伸ばせるというのなら、そんな美味しい話に乗らないはずがありません。

 危険な迷宮とはいえ安全地帯でのことですし、誰でも入れる第一迷宮の入口付近は騎士団の訓練区域として使用されているので、魔物はほとんど見当たりません。襲われるよりも木の根っこや石ころにつまづく危険のほうが大きいくらいです。


 あまりに美味い、美味すぎる話で、何かしらの副作用であるとか未知の危険があるのでは?


 それなりに慎重な気性の人々は当然そのような警戒心を抱き、当初は二の足を踏んでいましたが、なにしろ場所が場所だけにモノリスの性能は神様のお墨付きということになります。


 神の実在が証明されている、偉大なる神が度々人類への干渉を行っているこの世界において、神の権威は絶大です。この世界においての一般的な価値観では、それが神の行いであるならば信じるのが当然であり、むしろ信じないのは不信心者と見られかねない。そうでなくとも杞憂に囚われた臆病者と見做されかねません。

 別に明確な罰則があったわけではありませんが、出現したモノリスに対して懐疑的な人々も次第にそんな空気の中で意見を撤回し、むしろモノリスを神の恩恵と考える大勢の中に呑まれていくことになりました。







 ◆◆◆







「ふむ、不思議だ。これはいったいどういう仕組みになっているのだ?」


 モノリスに触れ、実際に自身の能力を変動させてみたシモンは、一緒に迷宮の中までくっついてきたコスモスに問うてみました。

 ちょっとした縁ゆえに一般の人々よりは事情に通じている彼ですが、秘された情報の全てを知っているわけでは決してありません。特に、神器の具体的な仕組みなどの技術面に関しては、ほとんど何も知りません。王族の嗜みとして様々な学問に対する造詣がありますが、魔法や魔法道具の専門家に迫るほどではないのです。もっとも、たとえ一流と呼ばれるような専門家や技術者でも、神器の仕組みなどロクに理解はできないでしょうけれど。


 シモンの質問に、彼よりはモノリスの仕組みについて理解できているコスモスが答えました。



「仕組みですか? 私も聞いただけなので完全に理解してはいないのですが、人間の脳には使っていない部分があるので、それを洗脳して解放……こほん。なんやかんや真心とかで上手いことやっているのです」


「おい」



 とても不安になる答えが返ってきました。

 既に能力の引き換えを済ませてしまったシモンとしては、とても不安になってきます。

 モノリスが邪悪なモノではないという確信だけはあったので使ってしまいましたが、世の中には善意で人を害するような存在だっているのです。

 具体的には、彼のすぐ目の前とかに。

 軽率だっただろうかという後悔が早くも湧き始めてきましたが、


「まあ、洗脳は冗談なのですが」


 幸い、洗脳というのはシモンをおちょくる為の冗談だったようです。

 いつの間にか脳味噌に危険な思想とか、特定の人物に対する忠誠心とかを植えつけられているようなことはありませんでした。



「なんでも勇者の聖剣に使った技術の応用なのだそうですよ。力とか技術を引き出す性能を大幅に劣化させて、元々あったモノをコストとして差し出すデメリットも付け加えて、その代わりに誰でも使える汎用性を獲得した、とかなんとか」


「ふむ、興味深いな」



 その説明ならば、やはり具体的な技術面までは理解が及ばないにせよ、シモンは納得することができました。

 勇者の聖剣。銘は変幻剣。

 その銘の由来である自在に変形する能力は世に広く知られていますが、より肝要なのは、如何なる形状であろうとも修練を経ず即座に使いこなせるという点です。

 しかし、その力を引き出せるのは剣に選ばれた本来の持ち主のみ。

 シモンも実際に聖剣に触れ、振ってみたことさえありますが、それでいきなり達人級の技術を得ることなどできませんでした。


 聖剣の性能は極めて高いものですが、それ以上に人を選びます。

 具体的には魂魄の相性というものがあり、条件を満たす魂の主は滅多にいません。

 勇者の選定条件には、聖剣を私利私欲のために振るわない高潔さ(先の勇者はある意味私利私欲、主に食欲のために使いまくっていましたが)、見ず知らずの人々を救おうとする正義感なども求められるのですが、条件の最たるものが先述の魂の相性。

 世界の危機に際してわざわざ異界から勇者を召喚するのには、その人物を擁する国家や出身地域が力を持ちすぎないように等の理由もあるにはありますが、もっと単純に聖剣と相性の良い人間がこの世界に存在する可能性が極めて低いから。

 あまりにピーキーな性能の聖剣には、汎用性に欠けるという欠点があったのです。



 モノリスによる能力の引き換えは、その性質の応用。

 コストを必要とする上に、元々使用者が多少なりとも得ていた能力の強化しかできません。

 これでは才覚を強化するにも限度があります……が、人を選ぶことなく誰でも使用できるというのは大きなメリットです。

 あるいは、聖剣から大幅に劣化させたという性能も、人々が身の丈に合わぬ力を得て起こる急激な変化に振り回され、不幸に陥らないようにという慈悲ゆえの理由なのかもしれません。






 ◆◆◆






「ところで、シモンさまは何を強化されたので?」


「いや、大したモノではない。気にするな」


「おやおや、そう言われるとかえって気になりますな」


 迷宮からの帰り道。

 コスモスを宿まで送っていく途中で質問を受けたシモンは、しかし首を横に振って誤魔化しました。まあ、彼の心情を思えば、はぐらかしたくなるのも無理はないでしょう。なにしろ、対コスモス専用とも言える奥の手なのです。

 先程、彼が不要と思われる技能と引き換えに強化した能力とは――――。


 【胃痛解消】……呼吸法と体内魔力の操作によって胃痛を多少和らげる技法。あくまで多少なので無理は禁物。ストレス源への根本的な対処が望まれる。


こういう、ゲームのスキルっぽい表記って個人的には結構好きなんですよね。どうせやるなら強いのよりもヘンテコな技能を色々出していきたいです。明確なレベルとかがある、いわゆるゲーム世界ではないのでそれほど多用する気はありませんが。

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