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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』

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迷宮ビフォーアフター


 その変化ははっきりと、誰の目にも明らかな形で現れました。



「なあ、なんか、杖伸びてないか?」


「……ああ、大丈夫なのか」



 街の住人達が見守る中、元々二百メートルを超える高さがあった聖杖がにょきにょきと、まるで春先のタケノコか何かのように伸び始めたのです。元々のサイズがあまりに巨大なためか遠目にはゆっくりと少しずつ伸びているように見えますが、実際の伸長速度は毎秒一メートルを超えるほど。現象としては樹木が育つ様に似ていなくもありませんが、尋常の動植物の成長速度など及びも付かない高速度です。

 人々が不安半分興味半分といった面持ちで見守り続け、そのまま十分が経ち、三十分が経過し、やがて一時間近くも経とうかという頃になって、ようやく杖の伸長は止まりました。元々巨大な物体でしたが、つい数時間前と比べても優に十倍以上。先端部は上空の雲を突き破り、肉眼では霞んで見えないほどの高さに至っていました。


 ですが、外観の変化など些事に過ぎません。

 秘められた機能が解放された聖杖『アカデミア』。その効力は杖を楔として繋ぎ止めている異界、七つの神造迷宮にこそ発揮されていたのです。







 ◆◆◆







 迷宮内の各所に設置されている転移装置。

 通称「戻り石」。

 探索者にとっての命綱でもあり、その周囲には魔物が近寄らない安全地帯でもある。時に、うっかり触れてしまい問答無用でフリダシに戻されてしまうトラップ的な側面もないわけではありませんが、まあそれはさておき。


 この日、そんな便利な「戻り石」は迷宮から消えてなくなりました。

 今まさに街に帰るつもりであったり、安全地帯で休憩していた探索者にとってはまさに青天の霹靂。そこに「ある」という前提で行動していた命綱が前触れもなく切れていた。そんな状況を想像してみれば、運の悪い彼らがどんな心境になったのか、その一端くらいは理解できるでしょう。

 もしも、「戻り石」が地面に溶けるようにして消えた直後に、その機能を補って余りあるような新たな命綱が現れなければ、絶望からパニックを起こしていた者が出ていたかもしれません。


 石板、あるいは金属板。

 しばらく後に「モノリス」という名称で落ち着くことになるその物体は、聖杖と同じく金属と石の中間のような不可思議な材質で構成される白銀色の直方体。横一メートル、高さ二メートルほどの、やや小さめのドアくらいのサイズでした。「戻り石」が大きめの自然石に複雑な紋様が刻まれたような形状だったことを思うと、随分と人工物的な印象です。


 無論、単に見た目が変わっただけなどという話ではありません。

 魔物除けの安全地帯としての機能はそのままでしたが、肝心の転移機能。それが単に街へと戻る一方通行だけではなく、既に触れたことのあるモノリスの場所までの移動ができるようになっていたのです。

 これは、迷宮の奥深くを目指し、より価値のある宝や能力を得たい探索者にとっては非常に益のある機能と言えます。なにせ、これまでは帰還にしか使用できなかったのが、これからは往復での移動が可能になるのですから。食料や水をはじめとする物資の補給が容易になりますし、入口から何百キロも離れた迷宮深部と日帰りで行き来することすら可能になります。


 後日、有志によって検証されることになるのですが、手を繋いだり身体を紐で結びつけるなどした状態で転移すれば、他者を連れての移動も可能。これまで迷宮の違う区域で活動していた者同士がモノリス間を転移して触れさせれば、事実上、行ったことのない区画への移動も簡単に可能になりますし、その気になれば強大な魔物に対して軍勢を送りこむような使い方もできます。実行に移すかどうかはともかくとして。

 未熟な者が実力に見合わぬ難所に向かえてしまう、本来なかったはずのリスクに晒されてしまうようなデメリットも一応はあるにせよ、このモノリスの出現は冒険者にとって非常に益のあるものと言えるでしょう。


 そして、このモノリスにはもう一つ、重要な機能がありました。







 ◆◆◆







 神造迷宮から時折生み出される「知恵の木の実」。

 食べるだけで肉体や魔力が強くなったり、新たな知識や技能が得られるという神秘の結晶ではありますが、いくつかの欠点がないこともありません。


 迷宮内でも魔力の濃い深部以外では、「実」の出現が稀であったり、効力が弱かったり。それでも美味な果実であることには違いなく、メリットこそあれ食べて損はしないので探索者達は注意深く探します。リスクとリターンが比例するというのは心情的にも納得しやすいですし、そこの点に問題はありません。

 ここで問題なのは、「実」の有するランダム性。

 食べるまでどんな技能や知識が得られるかは分からず、そして多くの場合は、発見者にとってなんの価値もないようなモノしか得られないのです。

 たとえば、戦闘の術を求めて迷宮に入った武芸者が「実」から編み物に関するテクニックを得てもほとんど意味がありません。僅かながら体力面の増強効果はあるので全くの無意味ではないにせよ、命懸けの苦労を経て得られたのが全く興味外の技能ではがっかりしても無理はありません。


 迷宮に挑んだ者が苦労の果てに「実」を得た後で、大抵そのような「ハズレ」の洗礼を受けることになります。運が悪いと、それが何十回何百回と続くことでしょう。

 一応は、より難度の高い場所にある「実」からは比較的求める分野に近いモノが出やすいというような話もありますが、それも有意なデータとして表れるほどの違いではありません。ほぼ完全に運の良し悪しで片付けられる範囲です。


 「実」から得られる知識・技能は、およそ人類の関わるありとあらゆる分野に及びます。学問、運動、趣味、政経、芸術等々……その内容はどんなに少なく見積もっても、数万種類を超えるでしょう。しかも、運良く目当ての技能を得られても、よほど魔力の濃い難所にあったものでもなければ、同じモノを二個三個と引き当てなければ完全な習得には至りません。

 いくら食べるだけで貴重な能力を習得できようとも、その確率の低さと獲得までの苦労を考えれば、わざわざ迷宮など来ないで地道な努力を重ねよう、となっても全く不思議ではないでしょう。努力によって伸ばしようのない運勢で左右されるならなおさらです。


 しかし、新しく出現したモノリスは、完全ではないまでもそのランダム性をマシにする機能を有していたのです。


 ◆


「うわっ、触ったら文字が出てきた……なんだこりゃ?」


 一人の冒険者が、迷宮の地面からいきなり生えてきたモノリスにおっかなびっくり触れると、その白銀色の板の表面にびっしりと文字列が浮かび上がってきました。驚きのあまり反射的に間合いをとって身構えましたが、観察しても特に危険性はなさそうです。

 武器を下ろした彼は再びモノリスに近付いて、今度はじっくりと文字列に目を通してみました。そこには彼の名前や年齢、それから……、


 剣術……そこそこ。

 逃げ足……まあまあ。

 隠身……それなり。

 歌唱……努力は認める。

 算術……おりこう。


 ……などのような、恐らくは彼が習得しているであろう技能・知識の数々がずらっと羅列されていました。やたらファジィな評価と共に。その項目は多岐に渡り、小さめのドアくらいあるモノリスに細かい字でびっしりと刻まれています。


 別にサーカスに所属していた経験もないのに何故かある「火の輪くぐり」や「お手玉」などは、恐らく「実」を食べて知らないうちに習得していたものでしょう。その二つの評価は「やるじゃん」でした。彼としても、なんとなくではありますがやってみたら出来そうな気がしました。


 同じように覚えのない技能や知識がずらっと並び、中には有用なモノもないではありませんが、この迷宮で得たと思しき能力の大半は「ハズレ」だったようです。彼にもその自覚はありましたが、こうして目に見える形で表示されると心理的なダメージがそれなりにあります。

 いっそ、一か八かの冒険者など辞めて田舎に帰って堅実な仕事でもしようか……などというアンニュイな気持ちにもなりかけましたが、


「……うん? 『がんばるあなたに人生逆転の大チャンス』……?」


 モノリスの一番下にある文章を見て思い直しました。

 そこには『がんばるあなたに人生逆転の大チャンス!! いらない能力買います&売ります。今だけの高額買取。大特価。手数料無料。保証人不要。クーリングオフ対応』という、なんというか安っぽさと胡散臭さがぷんぷん漂ってきそうな文章が刻まれていました。


 しかし、とても怪しげではありますが、文面の内容を信じるならば不要な知識や技能と引き換えに、有用な能力を強化できるということになるのでしょう。それも自分の意思で選んだ上で。

 既に習得しているモノ以外は選択肢に入っていないようですが、不要な技能と引き換えに今ある有用な技能を補強できるなら、これはかなり嬉しい話と言えます。


 どうやら、その売買はモノリスに触れた状態で思考するだけで行えるようです。

 彼は試しに、何故か評価が「えくせれんと!」だった「あみぐるみ製作」の技能と引き換えに「そこそこ」レベルだった「剣術」を強化してみることにしました。

 結果、彼の剣術の腕前は一気に「まあ、それなり?」にまで引き上げられたのです(疑問符の部分から一抹の不安が感じられましたが、試しに素振りをしてみたらつい先程までよりも素早く正確に振れるようになった気がしました)。


 その操作を終えた後でモノリスを見ると、『いつもニコニコ明朗会計』なる文字が表示されており、彼はこの謎の物体についてそれ以上真面目に考えることを放棄し、よく分からないけど便利なモノとして受け入れました。


 ◆



 ……と、そのように、モノリスには不要な知識や技能と引き換えに、別の有用な能力を任意に強化し、習熟度を上げる操作が出来る機能があるのです。

 とても胡散臭い上に評価が曖昧な点が玉に瑕ではありますが、従来の「実」と併用すれば、これまでより遥かに効率的な成長・習熟が見込めることでしょう。







 ◆◆◆







 そして、最後にもう一つ。

 前述の聖杖の外観やモノリスの出現等の迷宮に起こった変化については、その日の夜までには学都中に知れ渡りました。しかし最後の一つに関してだけは、その意味するところが分かりにくかったせいもあってか情報の拡散が少なからず遅れることになりました。



『んー? あれ?』


「おや、どうかしたのかい、ウル君?」


『うーん、我もよく分かんないんだけど……』



 その日の夜。

 なにやら、しきりに首を傾げていたウルが、机の上にあった書き物用の紙を一枚とペンを取って、ぐるりと直径二十センチくらいの円を描きました。フリーハンドなので完全な真円とはいきませんが、なかなか綺麗に描けています。



「それがどうかしたのかい?」



 その様子を見ていたレンリが意図を尋ねましたが、ウルは更に深く首を傾げるばかり。まあ、無理もありません。



『このマルね、この中だけ新しい迷宮になってるのよ。今、我が造ったの。でも、こんな小っちゃい迷宮なんて誰も入れないし、ここから力を引き出せるわけでもないし……これ、どうすればいいのかしら?』


 

 なにしろ、いつの間にか新しい能力を得ていた当の本人達、迷宮達自身にさえ、その使い道がさっぱり分からなかったのです。



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