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迷宮のお宝と最後の試練


 食事と睡眠を取った一行は、まだ夜明け前に野営地を出立しました。

 本来であれば夜の森の行軍は極力避けるべきなのですが、今回は既知のコースであるという点と、見通しの利かない暗い場所での移動を学ぶ意味合いもあって、あえて暗い中を進んでいます。



「レン、足は大丈夫?」


「ああ、さっき拾った枝を杖にしているからね。杖があるだけで随分歩きやすい……世のご老人が杖を持つ理由が分かったよ」



 ルグは獲物である剣角鹿ソードエルクの角と毛皮を背負っているので、レンリの鞄は再び彼女自身が持っています。

 ですが、休息により魔力が回復したことと塗り直した薬の痛み止めが効いていること、思い切って食料を全部消費しきって軽くしたことなどにより、だいぶ楽に歩けるようになっているようです。


 夜の森は、昼とはまるで違った表情を見せます。

 明るい時間帯は巣穴にこもっていた夜行性の生物が活動する時間でもあるので、昼間と同じ調子で歩いていると思わぬ危険に見舞われる可能性もあります。

 単純に足下の障害物につまずいて転ぶ危険も増しますし、色々気を配りながらだと移動速度は自然と遅くなってしまいます。


 そんな風に注意していたからこそ、今回はそれを見つけられたのでしょう。



「おや、向こうの楓の木の後ろ、なにか台座みたいな物があるね? それに、あれは……剣、いやナイフか?」



 隊列の後方を歩いていたレンリが、進行ルートから二十mほど離れた木の影に石造りの台座と、そこに短めの刃物が突き立っているのを見つけました。たまたま刃が星明りを反射したので気付けたのでしょう。


 その声に周囲の人々も反応し、全員で台座の近くへと移動しました。

 教官達は何やらニヤニヤしていますが、星明りに照らされた台座と刃は神秘的にも見え、受講者達はお宝発見の期待に胸を躍らせています。



「たしか昔話でそんなのあったよね。『選ばれし英雄にしか抜けない剣』みたいなの!」


「ああ、もしかしてこれもそういうのじゃないかな?」



 古い英雄譚に登場する伝説の武器との類似に、レンリやルグも普段よりテンションが上がっているようです。迷宮では時折貴重な宝物が発見されるというのは有名な話ですし、彼らが期待するのも無理はありません。


 石造りの台座には仰々しい書体で何やら文字が刻まれています。

 レンリは近付いてそれを読み……、



「台座に何か書いてあるね、どれどれ……『伝説の魚屋にしか抜けない出刃包丁』……魚屋?」



 自分の目を疑うかのように、ゴシゴシと目をこすり始めました。ですが、改めて見直しても他の者が見ても、刻まれている文字の内容には全く変化がありません。

 これがもし『伝説の英雄にしか~』とかの文言であれば、この場にいる皆も我先にとその刃物(出刃包丁)を抜こうと試したかもしれませんが、誰も手を触れようとはしません。


 そんな風に戸惑いを隠せないで呆けている受講者達に、イマ隊長がこの物体の謎を明かしました。



「ふふ、それは『伝説の~』シリーズですね。この辺りで見かけることは少ないんですけど」



 隊長の話によると、どうやらこの手の器物は迷宮内で散見されるようです。

 出発地点からそれほど離れていないこの近辺で、宝物や『知恵の木の実』が見つかる頻度はそう高くないのですが、今回は運良く進行ルートの近くにあったようです。



「でも、なんで魚屋なんだろう?」


「高位の司祭様や神学者の先生の話だと、『神はユーモアを好まれる』……ということらしいですよ」


「神様流のギャグなのか……」


「他にも『伝説の床屋にしか抜けない剃刀』とか『伝説の食いしん坊にしか抜けない食器セット』なんかも見たことありますね。その時は誰も抜けなかったので放っておきましたけど、たまに抜ける人もいるみたいですよ」


 

 普通の迷宮にはそんな仕組みのお宝は存在しないので、神様が創った神造迷宮ならではということなのでしょう。



「ルー君挑戦してみるかい?」


「いや、やめとく。万が一抜けても魚屋になる予定ないし」



 先程まではあれほど楽しみにしていたレンリ達もすっかり脱力していました。

 受講者の中の何人かは、それでも物は試しとばかりに包丁を抜こうとしてみましたが、大して深く刺さっているわけでもないのに、まるで台座と一体化しているかのようにピクリともしません。


 誰も抜けないのを見て、一同も興味を失いかけた頃、



「わ、わたし……試してみる、ね……」


「おや、意外だねルカ君。君は魚屋志望だったのかい?」


「ち、ちが……そうじゃ、ないけど……抜けたら高く売れるかも、しれないし……」



 最後にルカが挑戦してみました。別に抜けても魚屋になる予定はありませんが、売ればお金になりそうだと考えてのことのようです。



「せえ、のっ…………あ」


「「「あ」」」



 その光景を見た全員の声がハモりました。



「あの、これ……ど、どうしよう?」



 なんと、ルカの怪力で包丁の刺さっていた台座が割れてしまい、結果的に包丁が彼女の手の中に納まっていたのです。元々刺さっていた部分は凹字型にへこんでいます。

 包丁の切っ先には砕けた台座の一部が頑固に引っ付いているので、別にルカに魚屋の適性があったわけではないのでしょうが、それでも引っこ抜いたことには違いありません。限りなくルール違反気味ではありますが。



「うーん、まあ、ありがたく貰っておけばいいんじゃないかな? 今更元に戻せないし」


「ルールを破って天罰とか当たらないかな?」


「や……やだ……」


「さあ、どうなんでしょう? 人に危害を加えたわけじゃありませんし、多分大丈夫だと思いますけど」



 天罰と聞いて怯えていたルカですが、壊した台座は今更元には戻せません。

 多分大丈夫だというイマ隊長の言葉を信じて(そして予断を許さぬ家計の足しにするために)、結局は包丁を持ち帰ることにしたようです。そのままだと危ないので、ルグの背負っている毛皮をちょっと分けてもらい、刃に巻き付けてから鞄に入れました。







 ◆◆◆






 更に数時間後。

 伝説の包丁の一件の後は特に目立ったトラブルもなく夜明けを迎え、そして幾度かの休憩を挟みながら順調に進み、講習もいよいよ佳境を迎えていました。



「……帰ったら柔らかいベッドで寝たい。いや、その前に食事と水と……あとお風呂も……」


「うん、俺もちょっと疲れてきたよ」


「わたし、も……」



 疲労のあまりゾンビのような状態のレンリは元より、流石にこの辺りになると経験や体力に優れるルグやルカも疲れを隠せなくなってきたようです。

 他の受講者達も大半が似たような状態で、特に余裕がない者には他の者が肩を貸したり負ぶったりしていました。



「皆さん、もうちょっとです。あと一時間くらい、この谷を抜ければ最初の出発地点ですよ」



 当初の予定だと前日正午から丸一日かかる見通しでしたが、現在のペースだと午前のうちにはどうにか学都に戻れそうです。



「一時間……それぐらいなら、なんとか……!」



 水場で補給した水筒の中身はもう半分を割っていましたが、教わった通りにチビチビ舐めるように飲んでいれば充分に保たせられるでしょう。

 それに先程から歩いている谷底は道が平坦で木々も少ないので、とても歩きやすいのです。


 ようやく終わりの目途が立って目に光が戻ってきたレンリの耳に、



「隊長さん、この先の道を馬鹿デカい岩石ロックゴーレムが塞いでますぜ。一体だけですけど、近付いたら面倒なことになるかもしれませんや」


「あらあら、それは困りましたね」



 先行して安全確認をしていた冒険者とイマ隊長の不穏な会話が聞こえてきました。



「幸い他にも道はある。一度引き返してからグルっと遠回りする形になるから……七時間か八時間か、そのくらいはかかるだろうが」


「それも仕方ないかもしれませんねえ。私達はともかく、疲れてる皆さんは走って通り過ぎようにも追い付かれそうですし」



 直前に「あと一時間」と聞いて希望が湧いた直後だからでしょう。

 突然のルート変更の可能性と、それによる大幅な所要時間の増加を告げられて、心も身体も限界ギリギリだった受講者達の表情が一転、絶望に染まりました。


 イマ隊長は、そんな彼ら彼女らの表情をこれまでに一番良い笑顔で眺めながら、



「うふふ、じゃあ、ここは受講者の皆さんに決めてもらいましょうか。短いけれど魔物がいる危険な道と長いけれど安全な道。どっちにしますか?」



 そんな二択を迫ってきたのです。





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