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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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ルグとモモ(&覗き魔)

 亀の小島には様々な種類の木々が繁っており、身を覆い隠すのに適した大きめの葉っぱも豊富に手に入ります。だからこそ、心もとないながら一時的な衣服がわりにすることもできたのですが、今の彼女達の姿は元々の趣旨からは大幅に外れていると言わざるを得ません。



「これでよし、っと」


「何も、よくないと……思う、けど」


「おやおや、そう言っている割に素直に付いてきてるのはどうしてだい?」


「そ、それは……その……」



 つい先程までの格好は、葉っぱを代用してこしらえたビキニ水着か下着といったもので、それで人前に出ることはないにせよ、ある種の需要はありそうな目に嬉しい姿でした。

 しかし、現在のレンリとルカの格好は、新種の魔物と言われれば信じてしまいそうな異様そのものの外見。頭から爪先までのほとんどを糸で結びつけた葉で隠しており、更に蔓草などを上から巻きつけることで偽装の度合いを高めています。木々が生い茂るこの島であれば、かなりの迷彩効果を発揮することでしょう。

 靴はまだ乾かしている途中だったので、分厚い種類の葉っぱで作った簡易的なサンダルのような物を履いているのですが、足音を出さないという点に関しては、むしろ普通の履物よりも高性能かもしれません。


 そんなお手製迷彩服(ギリースーツ)に身を包んだ女子二名は、恐らくはまったく警戒していないであろうルグの半裸姿、場合によっては「半」では済まないかもしれませんが、それを覗き見るべく状況を開始しました。

 口ではなんだかんだと良識的なことを言っていたルカも、なんだかんだで興味はあるのか、実力行使で止めようとはしません。彼女の腕力ならレンリを止める程度は容易いはずなので、これは実質、この覗き見計画に同意したも同然でしょう。ルカの反応を楽しむべくこんな真似をしているレンリとしては、彼女が乗ってこなかったら一人で続行する意味もないので、むしろ計画を後押ししたとすら言えるかもしれません。



「ええと、たしかもう少し先だったかな? ……お、いたいた」



 元々、緊急時はすぐに駆けつけられる程度の距離しか離れていませんでした。直線距離にしたら精々百メートル強といったところ。身を潜めながらであっても、対象を視界に収めることができる距離に近付くまで、さほどの時間はかかりません。

 幸い、身を潜めやすい木陰や茂みはいくらでもあります。ルグの視線が別の方向を向いているのをいいことに、彼から十五メートルほど離れたポジションに陣取ることができました。念には念を入れすぎた偽装のおかげもあって、二人の接近に気付く様子はまるでありません。



(ここからは静かにね)


(……うん)



 話し声で気付かれるとまずいので、レンリ達はハンドサインで意思の疎通を図っています。本来は迷宮内で魔物がすぐ近くにいる時などに、敵に気付かれないように手や指の形や振りで味方に意思を伝える技術なのですが、これはその応用みたいなものでしょうか。

 迷宮内での休憩中は暇なことも多いので、雑談ついでの遊び半分で仲間内でだけ通じるハンドサインを考えたりしたこともあり、その気になれば手だけで会話をするのも不可能ではありません。基本は口頭で喋ったほうが早いですし、細かな齟齬が生まれてしまうのは避けられない、そもそも必要な状況が少ないので、普段はあまり使いどころのない技術なのですが。



(さぁて、それじゃあじっくり観賞してやろうじゃあないか)


(ルグくん、ごめんなさい……)


(ええと、彼は……もう果物狩りは終わったのか。モモ君と何か話しているみたいだね)


(あの二人、何を話してるのかな?)



 このくらいの距離であれば、耳を澄ませれば会話が聞こえないこともありません。覗き魔の変質者と化した少女二名は、会話の内容を聞き取るべく聴覚に意識を集中しました。







 ◆◆◆







「果物はもういいのか? 足りなければもっと採るけど?」


『いえいえ、これで十分なのです。どうもありがとうございました』


 ルグとモモは先程までのレンリ達がそうしていたように、採った果物を食べながら寛いでいるようです。女性陣が離れてからもルグは収穫を続けていたらしく、両手でも抱えきれないほどの量が彼らの傍に山積みになっていました。



『このパパイヤはそのままでもおいしいですけど、サラダとか炒め物にしてもいいのです』


「へぇ、料理とかするのか?」


『いいえ、モモは……じゃなくて我は食べる係です。ひーちゃんのお家にお土産を持っていくと、おいしく料理してくれるのですよ』


「そういや、さっきも言ってたな。第三(ここ)のやつか……ん、家があるのか?」


『はい。場所は秘密というか、教えても人間のヒトにはたぶん来れない所なのですけど』



 ルグとモモがどういう話をするのか、先程のレンリ達にはまるで予想がついていませんでしたが、意外にも話が弾んでいる様子。故郷の村ではよく年下の子供の面倒を見ていたルグにとって、モモのような子供の相手をするのは苦にならないのでしょう。



『ところで、お兄さん。一つお尋ねしてもいいのです?』


「ああ、なんだ?」


『さっきのお姉さんたちとはどのようなご関係なのです?』


「どのようなって……まあ、友達だよ友達。細かく言うとレンは雇い主でルカは同僚ってことになるけど、正直、普段はあんまりそういう意識はないな」


『ははあ、そうなのですか。仲良しなのはいいことですね』




 ◆◆◆




(友達……友達、かぁ……)


 今のやり取りを盗み聞いているルカとしては、残念なような安心したような複雑な気持ちです。分かっていたことではありますが、彼から異性として意識されるために越えねばならないハードルは数多くあるのでしょう。




 ◆◆◆




 一方、監視されていることに全く気付いていない二人は、そのまま話を進めます。



『でも、そういうのは珍しいのではないです?』


「珍しいって、何がだ?」


『ほら、お年頃の男の人と女の人が一緒にいたら、自然と惚れたの腫れたのといった話になってドロドロで血みどろの修羅場になるのがお約束だとご本で読んだのです』


「……もうちょっと読む本は選んだほうがいいぞ」



 ウルやゴゴもそうでしたが、迷宮産の幼女は他人の恋愛話が好みのようです。



「いや、でも、たしかに珍しいといえば珍しいかもな。そういう色恋沙汰を嫌って同性で固めたパーティもそこそこいるって聞くし」


『ははあ、人間のヒトには色々なヒトがいるのですねぇ』


「俺も話に聞いただけだから詳しくはないけど、仲間割れってのは大体が人間関係のこじれが原因らしいからなぁ。最初っから原因の元を断っておくのも分からない話じゃないか」



 ルグが言ったような同性で固めたパーティというのも、実はそれほど珍しいものではありません。もっとも、強い主義主張があってそうしているチームはそう多くなく、単に気の合うメンバーを集めたら自然と同性しかいなかったという成り行きで出来た集まりがそれなり以上の割合を占めますが。


 それらとは反対に、女性だらけの中に男性一人、あるいは男性だらけの中に女性一人というような不均衡的な組み合わせの集まりも全くないわけではありません。前者の少数派は「ハーレム野郎」、後者の少数派は「姫」などと外野から揶揄されることもしばしばですが。

 人間関係というのは千差万別で、行き当たりばったりの組み合わせでありながら上手く回ることもあれば、細心の注意を払いながらあっさり崩壊することもあります(結成時には異性愛者しかいなかったはずの同性パーティが、恋愛関係のもつれがきっかけで解散に至ることすらあります)。何が正解で何が間違いかなど、実際に試してみるまで分かりませんし、試したところでその方法が別の機会に上手くいく保証はありません。

 元も子もない言い方ですが、人の縁というのは結局のところ運の良し悪しに拠る部分が大きく、個々の人間にできることはそう多くないのでしょう。



『そういう意味では、お兄さんはヒトの縁に恵まれたと言えそうですね』


「まあ……そうだな。同じくらいの年で女の知り合いってほとんどいないけど、変な気を遣わずに済む奴って実は珍しいのかも。レンもルカもなんだかんだイイ奴だと思うし」





 ◆◆◆





(イイ奴だってさ。いや、なんかちょっと照れ臭いかも)


(うん、嬉しい……)


 その時、ルグから「イイ奴」という評価を受けた二人は、すぐ近くに隠れ潜んだまま照れていました。現在の奇行とその動機がバレたら評価が一転しかねないのですが、それはそれ。

 本人のいない場所で悪口を言う陰口の逆で、本人がいない(と思われている)状況で褒められるのは、とてもとても嬉しいものです。普通は「誰々がこんな風にアナタを褒めていた」などと伝聞で知るものであり、こうして本人達が盗み聞いているというシチュエーションは珍しいのですが。





 ◆◆◆





 その一方、ルグとモモは呑気に先程の会話の続きをしていました。



『ふむふむ、そのイイ奴というのはどういう感じにイイ奴なのです?』


「どういう、って?」



 マイペース気質が強いモモの会話には、時々意味の分かりづらい言葉が交じります。

 「イイ奴」とはなんぞや?

 まさか言語学的な定義を聞きたいわけではないでしょう。そう聞かれただけでは、ルグには問いの意味するところがイマイチ分かりませんでしたが。



『ほら、人間のヒトには色々個性があるじゃないのです?』


「ああ、人によって良いところはそれぞれ違うとか、そういうことか?」



 幸い、モモには自分の喋りが理解されにくいことがあるという自覚はあるようで(喋り方そのものを直す気はないにせよ)、補足となる言葉を付け足してくれました。

 人の個性とは様々で、美点も欠点も各々違います。

 ルグが「イイ奴」と評したレンリとルカも、それぞれ違う部分を根拠にして好意的な評価をされたわけです。モモが尋ねているのは、その判断の根拠であり、それはつまり……。



『そう、それです。「イイ奴」の良いところというのは、つまりそのヒトの好きな部分のことですね。お兄さんはお姉さんたちのどういうところが好きなのです?』



◆本編にほとんど関係のない補足

パパイヤはお肉を柔らかくする酵素を含んでいるので、肉料理の下ごしらえなどにも使えます。前に作者が余ったローストビーフをマリネにした時、思い付きでマリネ液に摩り下ろしたパパイヤを加えたらなかなか美味しくできました。独特の風味があるので好き嫌いは別れますが。

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