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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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ルカと悪魔の誘惑

 

『なるほど、お姉さんたちはお姉ちゃんたちのお知り合いだったのですか。不肖のお姉ちゃんたちがいつもお世話になっているのです』


 完全に帰るタイミングを逸してしまったレンリ達は、かといって迷宮探索をするでもなく、最初の小島に生えている木々から果物の収穫をしていました。身軽なルグが木に登って果実をもぎ、それを下にいるモモとレンリに投げてキャッチするという形式です。

 これが神造迷宮の神秘である『知恵の木の実』だというなら冒険者らしいと言えるのでしょうが、この島に生っている果物は、学都近辺ではそこそこ珍しい種類ではあるにせよ、味や性質はごく普通の果実と何も変わりません。どうしてこんな事をしているのかについてですが、それにはなんとも浅い理由がありました。



『あ、お兄さん。その木のパパイヤはまだ熟してないので隣の、そう、そっちのが食べ頃です』


「おう、じゃあ落とすから受け取ってくれ」



 ウルやゴゴもそれぞれ個性的な性格ではありましたが、モモのマイペースさはそれ以上。なにしろ海辺で話していたら突然前触れもなく歩き出し、かと思えば今度は何も言わずにいきなり木登りを始めたのですから。

 しかし、彼女も自分の領域内なら超常的な能力を発揮できるのかもしれませんが、この第三迷宮はそうではありません。それでもきっと何かしらの能力はあるのでしょうが、身体能力に関しては見た目相応の子供並みですし、木登りの技術が特別に優れているということもありません。

 痛みも感じず、死んでも問題ないとはいえ、それを見ている側の精神が平穏でいられるかは別問題。何度も落ちそうになっている危なっかしい姿を見かねたルグが代わりに登っているというわけです。


 ただ、収穫の間ずっとずぶ濡れのままでいたら風邪を引いてしまいます。

 誰かが街に戻って着替えを買ってくるという案も出ましたが、考えてみれば迷宮の外はすでに冬。雪が降り出すのも時間の問題という時期に、全身びしょ濡れの格好でそんな寒空の下に出たら体調を崩してしまうのは間違いないでしょう。街に戻るにせよ迷宮の奥を目指すにせよ、まずは着ている物をどうにかして乾かさねばなりません。

 一人だけ男性であるルグは上半身裸、下半身も下穿き一丁になれたので簡単ですが、淑女たる女性陣はそうもいかないので、



「お、大きい葉っぱ……集めて縫ってみた、よ」


「やれやれ。これで一応はマシになるか。おーい、ルー君! 私達はあっちにいるから覗かないでくれたまえよ?」


「バカ、さっさと行ってこい。何かあったら呼べよな」



 大きめの木の葉を針と糸で縫い合わせただけのシロモノを、衣服代わりに纏って急場を凌ぐことになりました。不恰好な上に色々な意味で防御力が低いので思春期の少女が身に纏うものとしては不安がありますが、背に腹はかえられません。

 街中でこんな格好をしていたら痴女同然、すなわちコスモスと同等の存在だと思われても文句は言えませんが、この場だけなら人目を気にする必要はありません。どうせ木々の間にロープを張って、濡れた衣服やタオルを吊るして干しておく間だけのことです。

 幸い、この迷宮の夏のような日差しと湿度の少ない空気ならば、三時間かそこらもあれば最低限の下着や薄手の服はどうにか乾いてくれるでしょう。真水ではないので塩分で生地が傷むかもしれませんが、そこはもうどうしようもありません。


 服が乾くまでは、ほんの僅かの距離ではありますが、ルグと女性陣は別行動です。

 仲間とはいえ、流石に異性に見せられる格好ではありません。年の割に枯れていると言うべきか、あるいは実年齢よりも幼く見える容姿通りに異性に対する関心がまだ芽生えていないのかはさておき、彼が積極的に覗いてくる心配はないでしょう。

 魔物が出るとか、何かしらの緊急事態が起こったら大声で離れた仲間を呼ぶ手筈になってはいますが、この島にいる限りはその必要もなさそうです。


 これほど快適な環境なのにも関わらず、島内には魔物はおろか小動物すら見当たりませんでした。これまでに目撃した植物以外の生物は、海辺にいた貝や蟹くらい。

 この島の正体である巨大亀、実際に戦闘力を見たわけではありませんがまず間違いなく強力な魔物であろう存在を恐れて、弱い魔物は近寄ってすら来ないのでしょう。もしくは、住み着いた生き物がいたとしても、亀が潜った時に流されてどこかに行ってしまったのかもしれません。


 ともあれ、安全なのは良いことです。

 それでも、たとえば無関係の冒険者がこの島にやってくる可能性はありますが、本来は迷宮のスタート地点でしかない島にそれほど長居する者が何組もいるとは思えません。こちらから接触を図ろうとしない限りは三人やモモの存在に気付くことすらないでしょう。

 この亀の身体で言ったら尻尾のあたりから長く伸びる岩礁があり、その不安定な足場を頼りにいくつもの島々を巡るというのが本来のこの迷宮序盤の進み方なのです。一部、空を飛べたり海の上を走ったりできる者たちはその限りではありませんが。



「よし、干す物はこれで全部だね。じゃあ、乾くまで休憩してようか」



 レンリとルカは脱いだ衣服やカバンに入っていた荷物をロープに吊るしたり、あるいは日当たりの良い位置に並べると、砂浜に敷いたバナナの葉っぱに腰を下ろしました。こうなってしまえば、後は乾くまですることがありません。



「あ、これ……さっきの、モモちゃん、から」


「おっ、これはありがたい」



 幸い、先程ルグが収穫していたバナナやパパイヤといった果物を、分け前としてもらっていました。どれもよく熟れており、とても美味しそうです。迷宮内でのオヤツとしては上等な部類でしょう。足りなければ、そこらの木から追加でいくらでも採れますし、お土産として持ち帰るのもいいかもしれません。

 テーブルマナーとしては落第でしょうが、こうして適当にナイフで割っただけの果実に豪快に噛り付くというのも野趣が感じられて良いものです。硬い椰子の実には調理用のナイフでは歯(刃)が立ちませんが、ルカがちょっと力を込めれば簡単に割ることができます。

 この迷宮にあるという他の島々の様子までは分かりませんが、どこもこんな風なら保存食の量を減らしても食料に困ることはないでしょう。さっき見た海には魚や海老もいましたし、今度からは釣竿の一つも持ってくれば食事の内容に幅が出そうです。


「うん、これはイケるね」


「おいしい……ね」



 レンリとルカがこうして二人だけで話すのも随分と久しぶりでした。

 ルカから話題を出すことは少ないので、基本的にレンリが何か言ってルカが短い相槌を打つような形ばかりですが、そんなワンパターンなやり取りが不思議と悪くないように思えます。

 性格も経歴も何もかもが違う、同じなのは出身地くらいですが、きっと彼女達があのまま故郷であるA国の王都に住み続けていたとしても、今のように出会って友人になることは決してなかったでしょう。それが形はどうあれ同じ時期に故郷を出た縁で、こうして仲良くできているのだから人生とは分からないものです。


 とはいえ、そのまま一時間も話していたら次第に話のネタも尽きてきます。

 ルグは少し離れた場所でモモと一緒にいるはずですが、彼もきっと話題に困っているのではないでしょうか。守護者云々という点を差し引いても、なんだかよく分からない、掴みどころのない性格の幼女と彼がどんな話をしているのやら。掴みどころのない性格というだけなら「姉」のゴゴと似ていますが、論理と計算で意図的にそう振舞っているゴゴと、どうみても天然にしか見えないモモとでは全く印象が異なります。



「ところで、ルカ君。最近、ルー君とはどうなんだい?」


「どうって……なに、が?」


「いや、何か私の知らないところで進展でもなかったのかな、と」


「な、なにも……」



 まあ、レンリも尋ねる前からこの答えは予想していました。

 ルカの性格上、何か大きな進展があれば間違いなく態度なり雰囲気なりに出ているはず。それがないということは、本当に何も変わったことはなかったのでしょう。

 口数が少ない性格というのであればライムも同じですが、常に無表情で内心が読めない彼女と違って、ルカは言葉以外の部分に色々出すぎて隠し事ができないのです。



「ふむ、それは残念。ああ、そういえば、さっきの彼を見てただろう? どうだい、何か感想は?」


「感想って……なんの?」


「ほら、一般論だけど、惚れた相手の身体つきとか気になるものじゃないのかい……いや、あれ、女の子から男の子に対してもそうなのかな? そこのところどうなんだい?」


「え、えっと……まったく、気にならない……わけじゃ、ない、けど……」


 ルカとて恋する乙女の端くれ。

 先程はどうにか頑張って平静を装っていましたが、想い人の半裸姿を見て何も思わなかったわけではありません。ジロジロ見ては悪いという罪悪感と純粋な恥ずかしさから、視線を逸らしてなるべく直視しないようにしていましたが、気になるか否かといえばそれはもちろん気になります。



「おいおい、そんな逃げ腰でどうするんだい?」


「どうするって……言われ、ても」



 後になって思えば、この時のレンリは度重なるトラブルで溜まったストレスのせいで、少しばかりハイになっていたのかもしれません。もしくは最近できた新しい友人から悪い影響を受けたせいか。いえ、友人のためになりたいという気持ちも、一応本当にあるにはあったのでしょうけれど。



「よし、乾くまでまだ時間かかりそうだし、ちょっと暇潰しに行かないかい? どうせ見張ってなくても誰も来ないしさ」


「え、なんで? 行くって……どこに?」


「ルー君のところに。覗きに」



 レンリは倒置法で答えました。

 ルグもさっきまでいた場所の近くに衣類を干していましたが、今のうちからその近くに潜んで待機していれば、彼の着替えを覗き見ることもできるでしょう。別にレンリ自身がルグのセクシーショットに興味があるわけではありませんが、それを目の当たりにしたルカはさぞや面白いリアクションを見せてくれるだろうと大いに期待ができます。

 今の彼女たちの格好は、大きめの葉っぱを荷物にあった針と糸で縫い合わせただけの粗末な物ですが、これも見ようによっては木々の繁る島内では迷彩服(ギリースーツ)の役割を果たしてくれそうです。もうちょっと葉っぱを増量すれば偽装は完璧でしょう。

 彼と一緒にいるはずのモモの動きが読めませんが、あのぼんやりした幼女が監視に気付くとも思えません。



「彼のことが気になるんだろう? ほらほら、もっと自分に正直になりたまえよ、ん?」


「えと……その……ちょっと、だけ」



 一般的には性別と立場が逆のような気がしなくもありませんが、まるで変態のような格好をした少女二名は、変態そのものの動機で何も知らない少年への覗き行為へと向かうのでした。



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