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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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海と島と亀と


「死ぬかと思った!? 死ぬかと思った!」


 第三迷宮『天穹海』に転移してからおよそ二分後。

 レンリ達は生きている喜びをこれでもかと感じ取っていました。


 生きているということは、ただそれだけで素晴らしい。

 ライフイズビューティフル。

 この貴重な経験は、彼女達のこれからの人生に大きな影響を与えるかもしれませんし、あるいはすぐに忘れてしまうのかもしれませんが……まあ、とりあえずワケも分からないまま溺れ死ぬことだけはありませんでした。



「大丈夫か、ルカ?」


「うぅ……あんまり、大丈夫じゃ、ない……かも」


「だよなぁ……」



 なにしろ迷宮に転移したと思った次の瞬間、いきなり海中に全身浸かっていたのです。

 命は助かっても流石に被害なしとはいきませんでした。入念に準備してきた荷物も装備も海水に濡れていますし、今着ている服や髪もびしょ濡れです。短髪のルグはともかく、髪の長い女性陣は乾かすのも一苦労でしょう。



「まあ、なんだかんだ全員無事だったんだし運が良かったな」


「私としては物凄くツイてなかったって気がするけどね」



 いきなり海中に没した時はパニックに陥って原因を探るどころではありませんでしたが、一度落ち着いたらアクシデントの理由は一目瞭然でした。


 現在三人がいる場所は、事前に集めた情報にあった出発地点の小島。

 島の大きさは徒歩でも十分かからずに一周できるであろう程度。前二つの迷宮でお馴染みの、学都に戻るための魔法装置、通称『戻り石』が島の中央に突き立っています。

 あちこちに椰子の木や見慣れない南国のフルーツが生っている木が並び、島の中心近くはちょっとした林のようになっています。波打ち際には子供の手の平ほどもある大粒の貝や蟹がたくさんいて磯遊びもできそうです。

 まさに南洋の楽園リゾートといった風情。

 気温はやや高めですが空気中の湿度がそれほど高くないカラッとした暑さなので、決して不快ではありません。柔らかな潮風が吹いており、木陰に入れば涼しさすら感じます。

 周囲には魔物や危険な野生動物の姿はありませんし、のんびり午睡や読書を楽しむなり、釣りや水泳をするなりといったバカンスにも向いていそうです。

 この第三迷宮には前二つの迷宮を突破した者でないと来れませんが、もしもそんな制限がなければ、きっと観光地化して大勢のお客を呼べたことでしょう。コスモスの真似ではありませんが、ホテルなり別荘なりを建てれば大繁盛間違いありません。ただ、前述の入場制限や、他のもっと大きな問題をクリアできればの話ですが……。



「いや、まさか、話にあった小島っていうのが亀の甲羅のことだったとはね」


「うん……びっくり、した」



 そう、この小島は巨大な亀の背中なのです。

 甲羅の上に土や砂が何メートルも堆積し、島内の木々はその土に生えています。

 最初に転移してきたのが運悪く亀が海中に潜っている時でなかったら、そして今は水中に隠れている頭部やヒレ状の四肢を見ていなければ、これが生き物だとは到底信じられなかったことでしょう。

 よく見れば、島内の木々もまだ海水に濡れています。塩水をこんなに浴びて枯れないのが不思議ですが、そこは迷宮の不思議生物だからと納得するしかないのでしょう。もしかしたら、それらの木々までが亀の身体の一部なのかもしれません。


 恐らく、転移先の設定がこの亀の背中になっていたのでしょう。

 それが海上に甲羅を出している時だったら何も問題はなかったのですが、三人が転移した時はタイミング悪く潜っていたというわけです。これから潜行するところではなく浮上の最中だったのがまだしもの救いでした。

 レンリ達が情報を聞いた何組かの冒険者グループは、そんなことは何も言っていませんでした。全く関係のない複数のグループが揃いも揃ってこんな情報を知っていて黙っていたとは思えませんし、きっと彼らは本当にただの小島だと思っていたのでしょう。

 実際、三人がこうして甲羅の上にいても不自然に揺れたりすることはなく、ごく普通の大地に立っているのと変わらない感覚です。迷宮の魔物とはいえ呼吸くらいはするはずなのですが、神経を集中してもそれらしき振動を感じ取ることもできません。

 こんな意味不明な生き物の生態や習性なんて分かるはずもありませんが、この巨大亀が海に潜るというのは、そう滅多にあることではないのでしょう。



 まあ、それはさておき、今はこれからの指針を決めねばなりません。



「それで、どうするんだ、レン?」


「どうするか……どうしようか……」



 元々の予定では、これまでの迷宮と同じように最初は無理をせず日帰り可能な範囲を探索するだけ。そうして徐々に迷宮に慣れて勘を掴んでから、日を跨ぐような長期の探索に切り替えるつもりでした。

 初日の今日はもちろん日帰りだけのつもりでしたが、いきなりのアクシデントで装備も荷物も濡れてしまっています。この場にいる限りは心配なさそうですが、もしも魔物との戦闘にでもなったら大きなハンデを負うことになるでしょう。

 平和な市井にいる限り体験する機会はそうそうありませんが、着ている衣服や靴が多量の水を含むと、それだけで大きく動きが制限されてしまうものなのです。不快感によって注意力や集中力が散漫になることも考えられます。荷物の中には着替えやタオルなども入っていましたが、それらも完全に水没してしまっていました。


 これから、どうするべきか。

 ルグが問うているのは、元々日帰りだった予定を更に短く切り上げ、もう今すぐにでも街に戻って準備を整えなおしてくるか、あるいはこのまま気を取り直して探索を強行するかという二択。

 三人は仲間ではありますが、ルグとルカは護衛役としてレンリに雇われている被雇用者。こういう決断を要する際の決定権はレンリが握っています。


 レンリとしても、海水で濡れた髪や身体をどうにかしたい気持ちでいっぱいでした。今すぐ街に帰ってお屋敷の浴室に、いえお風呂を沸かす時間も惜しいので中央広場から最寄の共同浴場に駆け込みたいくらいです。他の二人だって似たような気持ちでしょう。

 理不尽な事態への不満や憤りはあれど、ここで意固地になっても良いことはありません。退くべき時には未練を振り払って退却を決断できるのが優れたリーダーの資質というものです。



「よし。残念だけど今日は運が悪かったと思っ……て?」



 レンリは賢明にも帰還の判断を下そうとしたのですが、



「ん、どうかした……え?」


「あ、あれって……」



 ああ、なんということでしょう。

 どんぶらこ、どんぶらこと、大きなモモが沖合いから三人のいるかめのほうへと流れてきたではありませんか。




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