続・第二の試練?
『……我は公私混同って良くないと思うんですよ』
ここは学都の中心にある聖杖内部のエントランス。
第二迷宮の守護者ゴゴは、装備も道具も万全に整えて、すっかり冒険する気まんまんだったレンリ達に向けて言いました。
『ほら、仲の良い相手だからといって贔屓をしたり、逆に嫌いな相手だから意地悪をしたりとか。社会が綺麗事だけで回るとは我も思いませんが、だからといって、それを言い訳に妥協してしまえば不正が蔓延する結果になりかねませんし』
彼女が言っていることは、正論ではあるのでしょう。
古今東西、情実人事や不正が蔓延る社会は大抵ロクな結末を迎えません。
仲の良い人物を手助けをしてあげたい、良い目を見させてあげたいなどの、どちらかというと善意にも似た動機であれ、それが他者に知られたなら無用の嫉妬や敵意を生むことになりかねません。そういったトラブルを避けるためには、誰であろうと例外のない、融通の利かない厳格な基準を徹底するのが一番なのです。
『だから、せめて我の管轄する領分くらいでは、クリーンで公正な迷宮でありたいものでして』
人ならぬ迷宮であっても、その匙加減には苦労するようです。
これは迷宮全部の総意ではなく、あくまでゴゴ個人の意見のようですが。
『つまり、なんと言いますか。我も今の今まですっかり忘れていたので偉そうなことは言えないんですが……皆さん、途中で有耶無耶になっちゃいましたから、まだ我の試練に合格してないんですよね』
つまりは、そういうことでした。
ゴゴ個人はレンリ達を好ましく思っていますし、仲良くしたいとも考えています。
その人格や能力に関しても、まだ成長途上ではあるにせよ、かなり高く評価していました。流石はウルが見込んだだけはある――周りからはゴゴのほうが遥かにしっかりしている風に見られていますが、当の本人はウルを姉として尊敬・尊重しています――と、姉の先見性に感心したものです。
そうして三人の存在を重視し、特別視していることも確かですが……それはそれ、これはこれ。以前に試練を課した際、途中からのアクシデントでそれどころではなくなってしまい、元来の合否判断についてはそのまま宙に浮いていました。
これは関係者全員が綺麗さっぱり完全に忘れていたことで、つい先程レンリ達が意気揚々と第三迷宮に行こうとして、しかし転移の魔法装置が全く働かないことで、ようやく明らかになった事実。最初は前述の可能性に気付かず、魔法装置の不具合を疑ったくらいですが、一旦予定を変更して第二迷宮に入り、ゴゴを呼び出してやっと事の真相がはっきりしたのです。
『……どうしたものでしょうね?』
正規の手段で試練の合格を勝ち取るまでは、第三迷宮には入れません。
あるいは、これから再試験をして改めて合格を目指すという手もあるにはありますが、はっきり言って気が進みません。
挑む側の三人だけでなく、試練を課す側のゴゴもできればやりたくありません。
なにしろ、ゴゴの試練というのは簡単に言うと、挑戦者をその総力以上の力で一旦ボコボコに叩きのめして、その窮地における反応を見るという、ほとんど悪質なイジメ紛いの内容なのです。一応、そんな酷い内容にもそれなりの意味はあるのですが、率直に言って気分は良くありません。そういう直接的で暴力的な嗜虐行為はゴゴの趣味ではないのです。
採点基準やら迷宮側の内実に関してレンリ達はほとんど知りませんが、彼女達だってあの試練を今からもう一度受けたいとは思いません。
幼女に痛めつけられるのが好きな被虐趣味の持ち主でもなければ、誰だって同じように思うことでしょう。世間を探せば案外そういう趣味の変態も見つかりそうですが、少なくともレンリとルグとルカの三人にそういう趣味はありませんでした。
わざわざ迷宮に来るくらいですし、リターンを得るためにある程度までのリスクは飲み込めますが、なるべくなら痛い思いはしたくありません。あらかじめそうされると分かっていて、自ら望んでコテンパンにされに行くというのは、その「ある程度」を少なからず逸脱しています。
合否に関わらず、数日はまともに動けないほどに疲弊するでしょうし、恐らくは怪我もすることでしょう。前回を鑑みれば死なない程度に加減されていたことは分かりますが、死の危険がないぎりぎり寸前までは殴られ、蹴られ、叩かれることになるのです。
しばらくの間、とても気まずい沈黙が流れていましたが、
「いや……それはつまり、現在は評価保留の状態であって、私達が不合格になったわけじゃないんだよね?」
『ええ、まあ、それはそうですが』
レンリが前提となる事実の確認をしました。
確かに、三人はまだ不合格になったわけではありません。今からでも合格に値する根拠を示せれば、それで問題解決に至る可能性は残されています。
「よし、ゴゴ君。今からちょっと街にお茶でもしに行こうか? ああ、別に深い意味はないんだけど財布は置いていってもらえるかな」
以前、ウルを無銭飲食で脅迫した際の手を使い回す気のようです。
フレンドリーな雰囲気で守護者が力を発揮できなくなる迷宮外へと連れ出し、いかにも奢ってあげるかのように振る舞いながら明言はせず、完全に油断したところで無一文の幼女に散々飲み食いした請求書を突きつけるという極めて悪辣な手法。
その詐欺行為に引っかかり、不正行為を強要されたウルは、それはそれは大泣きしたものです。考えてみれば、今の状況はその時と似ているかもしれません。
『あ、その手でしたら聞いてますので、残念ですが引っかかってあげられないです』
「ちっ、ウル君め、余計な真似を!」
残念ながら既に対策済みでしたが。
「わかった、わかった。じゃあ、単刀直入に聞こうか……で、いくら欲しいんだい?」
『いくらなんでも直接的過ぎませんか? いえ、お金には困っていませんし、そもそも買収に応じる気はありませんが。申し訳ありません』
いよいよ手段を選ばなくなってきたレンリが、今度はもっと直接的に賄賂で解決を図ろうとしましたが、そんな不正が通じる相手なら、そもそもこんな面倒臭い事態に陥っていないでしょう。むしろ、これで不合格とされないだけ有情ですらあります。
「くっ、万策尽きたか……っ!」
『えぇ……もっとこう、我には思いもよらない秘策とか閃いてくださいよ』
「いやいや、そんなアイデアが都合よく出てくるわけないだろう?」
『いや、それはそうなんでしょうけど……そこをなんとか!』
「なんとかって言われてもな……二人はどう? 何か良いアイデアないかな、痛くないやつで」
「わたしは、何も……ごめん、なさい」
「俺はもう一度戦ってもいいんだけど、護衛が一人だけ合格してもあんまり意味ないしな……」
ゴゴとしては、彼女達に諦められてしまっても困るのです。
理想的には、第三以降の迷宮で死なない程度に散々苦労して、すごく苦労して、とっても苦労することで様々な経験を積み、人間として大きく成長して欲しいのです。そのためには、ここで諦められてしまっては困るのです。
しかし、理由があって詳しい事情を説明することはできません。
いっそ、主義を曲げて不正な合格を認めるくらいのことができればいいのですが、この場にいる化身のゴゴはともかく、本体の迷宮システムがそれを認めないでしょう。
あくまで最終的な決定権を持つのは迷宮本体。
レンリ達が話している目の前の人物は、迷宮が人間とのコミュニケーションを取るべく生み出した仮の存在であり擬似的な人格でしかないのです。
ウルの時に脅迫という手段でどうにかなったのは、あくまでその前段階で実力を示しており、今とは逆に迷宮本体はほぼ認めていたのに化身のウルだけが難癖を付けているような状態だったからに過ぎません。迷宮本体と化身の間で意見が分かれた場合に、化身の側が対抗できるはずがないのです。珍しい事例ではありますが。
その後も、ああだこうだと三人の少年少女と一人の迷宮はその場で話し合いを続けましたが、現状を打破する名案が都合よく湧いてくるはずもなく……。
「……仕方ない、諦めるか……」
こうして、レンリ達の冒険は道半ばで終わってしま――――。




