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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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コスモスと冒険者ギルドの人々


 怪我の治ったルグと、トレーニングをサボっていたレンリとルカが訓練を再開してから十日が経過しました。



「ふう……もう、だいぶ調子が戻ってきたんじゃないかい?」


「ああ、おかげさんでな。むしろ、怪我する前よりも調子いいくらいだよ」



 初日こそ、ちょっとしたトラブルに見舞われ中断の憂き目に遭いましたが、なおかつそれから二日は整備のために訓練場に入れませんでしたが、その後は順調に本来の目的を果たすことが出来ていました。

 てっきり出入り禁止にでもされやしないかと不安に思っていましたが、幸いなことに、そうなったのはコスモス一人だけで済みました。実に適切な処置と言えるでしょう。おかげでトレーニングに邪魔が入るようなこともなく、非常に順調に心身の調整を進めることができていました。

 もっとも、あの奇奇怪怪なる人格の持ち主が、たかが口頭での禁止通告だけで引き下がるとは思えません。あれ以降訓練場にやって来ないのは、単にトレーニングに飽きたか、あるいは他に面白そうな何かを見つけたからに過ぎないのだろう……と、そういうことが分かってしまう程度には、レンリ達もコスモスのことを理解していました。


 この十日だけで、街中で騒動が起こったことは数知れず。

 やれ劇場が巨大人型ゴーレムに作り変えられただの、道端に変な魔法陣を描いて巨大なサメの怪物を召喚しただの、それらが郊外での決戦の後に街の東を流れる河に沈んだだの……それ以外にも実際に見ていなければ信じられないような……否、直に見ても目撃者が自身の正気を疑うであろう事件が数多く発生していました。

 それだけ聞くと無差別テロも同然ですが、人的被害や金銭的損害は毎回ゼロ。

 沈んだはずの劇場が翌朝には新築同然の綺麗な状態で元の位置に建っていたり、土地建物も気付いたら元通りになっていたりで、騎士団としてもすっかり扱いかねていました。

 なにしろ、誰がどう見ても異常なことが起きているのに被害者はどこにもいないのです。

 ありのままの事実を報告書に記載しても、書いた本人すら信じられない内容になることもしばしば。この街の団関係者はそれらが真実だと知っていますが、まかり間違って首都の上層部の目に報告書が触れるようなことがあれば、学都方面騎士団には精神異常者しかいないのかと思われかねません。いっそ、全てが夢だったことにして忘れてしまいたいと思うのも無理はないでしょう。


 学都には迷宮都市からの移住者や旅行者もおり、そういった人々だけはそういう異常な現象を目の当たりにしても「ああ、ここもか」「なんだ、またか」「よくある、よくある」などと慣れた素振りで目の前の現実を受け入れていました。

 人間というのは、どんなに信じがたい出来事であってもそれが繰り返されると適応して受け入れてしまうもの。このままコスモスが学都への滞在を続けていたら、いずれはこの街の人々も慣れてくれるでしょう。それは慣れではなく諦めなのかもしれませんが。



 なお、無数にあったトンチキな出来事の中では比較的地味なものでしたが、コスモスがカジノで大勝していたら、何故か店側が頼み込んで連れてきた代打ち、元列車強盗で現在は観光業者のようなことをしている凄腕ギャンブラーと勝負をすることになり、それはそれは白熱したゲームが展開されたりしたのですが……詳細に描写すると長くなりすぎるので割愛します。






「私は今日はもう帰るけど、二人はこの後どうするんだい?」


「俺は金を下ろしたいから組合ギルドに寄ってく」


「あ、それなら……わたし、も」


 ともあれ、無事に今日のトレーニングを終えた三人は訓練場を後にしました。

 この後の行動は日によって様々ですが、本日はレンリはそのまま帰宅。残りの二人は財布の中身が乏しくなってきたのか、預金を下ろすべく冒険者ギルドに寄っていくつもりのようです。


 冒険者といっても、登録してからずっとレンリの専属護衛だけで他の仕事は受けていませんが、それでもキチンと活動内容の報告はしていますし、報酬の受け取りもギルドの窓口を通しています。

 取次ぎ手数料が引かれるために、ギルドを通さずに直接雇われたほうが所得は増えますし、実際そのような非冒険者、直接契約タイプの護衛もいないわけではないのですが、そうすると医療費や家賃などの割引が受けられなくなってしまいます。ルグが入院した時も、その割引制度のおかげで幾らか安くなっていました。

 登録してあれば銀行のように窓口で預貯金もできますし、同じ仕事内容でも実績として評価の対象になります。もし、将来的にルグ達がレンリの護衛を止めて他の仕事を請けようとすることがあれば、その際にそれまでの活動実績があれば、より報酬の多い高度な仕事を請けられるかもしれません。

 かように様々なメリットを考慮すると、多少手取り額が減ってもギルドを通したほうがお得だという結論になるのです。



「じゃあ、また明日」


「ああ、またな」



 そうしてレンリと別れたルグとルカは、街の中心部近くにある冒険者ギルドの建物へと向かいました。








 ◆◆◆







「ん、なんか騒がしいな?」


「うん……なにか、あったのかな?」


 ルグ達がギルドの窓口で貯金を下ろす手続きをしていると、少し離れた場所にある別の係の窓口周辺が騒がしくなってきました。

 視線を向けると、以前二人が最初にギルドを訪れた時にも利用した、新規の冒険者として登録するための受付のあたりに数人の屈強な冒険者が集まっています。彼らはいずれも身長180cmは優に超える大男。顔に大きな刃物傷があったり腕に刺青を入れていたりという強面揃いで、気の弱い人間なら目が合っただけで逃げ出してしまうでしょう。



「ええと……へっへっへ、ここはガキの来るような場所じゃねぇぜ!」


「どれどれ……帰ってママのミルクでも飲んでるんだな!」



 パッと見た限り、軽く聞いた限りでは、新しく冒険者の登録をしにきた人物にガラの悪い連中が絡んでいるようにも思えますが、どうにも隠し切れない違和感がありました。



「なになに……生意気なルーキーに俺様がここのルールってやつを教えてやるぜ! ……あの、これで良かったですか?」


「はい、とてもグッドです。皆様、実に素晴らしい。お芝居の才能がお有りなのでは?」


「そ、そうですか? へへ、なんか照れちゃうなぁ」



 そもそも冒険者として活動している彼らが、よりにもよってギルド内の人目に付く場所で騒動を起こすはずがないのです。そんなことをすれば一瞬で身元が割れて、悪質と判断されれば活動の停止処分や資格取り消しもあり得ますし、最悪、現行犯で取り押さえられて牢屋送りなんてことにもなりかねません。


 その疑問の答えは、彼らが取り囲んでいる人物にありました。

 何故かそんな場所にいたコスモスは、今度は何やら窓口の受付嬢に頼みごとをしているようです。



「あのぅ、これを読めばいいんですか?」


「はい、なるべく大きな声で、個人情報の漏洩を全然気にしないどころか全世界に向けて公表するくらいの勢いでお願いします」



 受付嬢は戸惑った様子で、手渡された紙に書いてある台詞を大声で読み上げました。



「は、はぁ、よく分かりませんけど。こほん……な、なんてすさまじい魔力量!? こ、これは当ギルド始まって以来のSSランク、いえ国に誰一人としていなかったSSSランクかもっ!? ……えっと、こんな感じで良かったですか?」


「はい、ありがとうございました。大変満足です。こう、『S』をどんどん増やしていくだけの安易な感じとか、該当する人がいないのに何故か存在するランクみたいなツッコミどころの多い設定とか……様式美とはかくあるべし。いやはや、色々たまりませんな。なお、この発言に特定ジャンルのコンテンツを誹謗する意図はありませんというかむしろ大好物です。どうも、ごちそうさまでした」



 協力を頼まれた人々は、今の行為になんの意味があったのか全く分かっていない様子でしたが、ただ一人コスモスだけはとても満足そうにしています。今の受付嬢や周囲の冒険者が読み上げた台詞の何かが彼女の琴線に触れたのでしょう。


 そもそも、冒険者ギルドにランク分け制度などありません。

 罠の解除が得意だとか、腕っ節が強いとか、細かな分野の得手不得手自体はあって然るべきですが、その評価をするとなると色々難しい部分があるのです。

 ギルドでも仕事の斡旋をする都合上そういった個々の能力はある程度把握していますが、明確な点数の出る筆記考査が可能な分野でもなければ、能力の優劣などそう簡単には測れません。

 たとえば、水源探査に必要な専門知識を持った冒険者と、弓や罠の扱いに長けた魔物退治を主とする冒険者のどちらが上かなど一概に言えるはずもありません。全く得意分野の違う人々を一つの評価基準に押し込めようなど根本的に無理があるのです。

 仕事を依頼する側の人々に開示されるのも、この冒険者何某なにがしがどういう分野の技能を得意としていて、過去にどういう仕事をこなした実績があるとか、そういう情報になります。あとは、その何某なにがしの希望する報酬額くらいでしょうか。


 登録時にも魔力量の検査なんてありません。

 なにしろ、当時まったくその気がなかったにも関わらず、手配犯だと疑われないようにその場凌ぎで誤魔化していただけのルカでも登録できてしまったほど。貰った用紙にいくつかの必要事項を記入すれば、それで終わりのお手軽仕様です。


 実際、コスモスの登録もその茶番の後すぐに終わりました。

 厳密には、戸籍や罪科の確認が済むまでは仮登録扱いですが、もうこの時点から冒険者と名乗っても問題ありません。これでコスモスは冒険者として登録されてしまったわけです。



「おや、そこにいるのはルグさまとルカさまではありませんか?」


「あ、こっちに来た」



 もう二人の預金の引き出しは終わっていたのですが、なんとなくコスモスの動向が気になって見ていたら、視線に気付いて近づいてきました。



「いや、よくよく考えればお二人は私の先輩ということになるのですね? やり直し、リテイクを要求します……おっ、そこにいるのはルグ先輩パイセンとルカ先輩パイセンじゃないですか。私、後輩としてパンと飲み物でも買ってきましょうか? 肩でもお揉みしますか? それとも私の胸を揉みたいですか? なぁに遠慮することはありません、私と先輩パイセンの仲ではありませんか」


「いや、その呼び方はやめろ。やめてください。何もしなくていいから」


「わたし、も……それは……ちょっと」



 たしかに冒険者の先輩後輩には違いないのですが、非常に鬱陶しい絡み方をしてきました。そのせいで仲間だと判断されたのか、ギルド内の人々からルグ達まで変人を見る目を向けられています。表面的には従順なフリをしていますが、これほど嬉しくない後輩も滅多にいないでしょう。



「えっと……コスモスさん、アンタここで何してるんだ?」


「何と言われても見ての通りですが? やられ役のチンピラに絡まれたり、リアクションの良い受付嬢を驚かせるという新人冒険者プレイを堪能していたのです。あちらの皆様の熱演のおかげで大変満足しました」


「……そっか、よかったな」



 話を逸らそうと質問をしてみたルグですが、返ってきた答えは理解の範疇を超えていました。本気でコスモスが何を言っているのか分かりません。たぶん、この世界の誰にも分からないでしょう。ルグは早くも理解しようとすることを諦めました。



「じゃあ、俺達もう用事が済んだから帰るな……」


「えと……わたし、も……」


「はい、ごきげんよう。またお会いしましょう」



 幸い、ルグ達がギルドに来た用件は済んでいます。

 なんだか身体を動かすトレーニングの百倍くらい疲れた気がした二人は、半ば強引に話を切ると、別れを告げて足早にギルドを後にしました。













「ふむ、コレはどうしましょうかね?」


 一人残されたコスモスは、発行された仮の登録証を手に思案していました。あくまでゴッコ遊びを楽しむのが目的で、登録証自体に興味はなかったのです。なんなら、このままゴミ箱に捨ててしまってもいいくらいですが、



「とはいえ、折角受付の方に作っていただいた物を無駄にするというのも悪い気がしますな。たぶん食べても美味しくないでしょうし……いえ、バターと醤油で炒めればワンチャンあるのでは? ついでに偉大なるカレー粉様の助けを借りればなんとか……おお、大いなるカレーの神よ我を救いたまえ!」



 仮登録証の素材は丈夫な厚紙製です(ちなみに本登録証はサビ止めの加工をした銅製。こちらは革製のケースが付属品として付いてきます)。

 大抵の食材が美味しくなってしまうバター醤油やカレー粉にだって、いくらなんでも厚紙は無茶振りが過ぎるでしょう。



「まあ、何かに使えるかもしれませんし、このまま持っておきますか」



 幸い、どうにか食べることを思いとどまったコスモスは、発行されたばかりの仮登録証を上着のポケットに入れると、スキップをしながらその場を去りました。



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