初心者講習:冒険中のトイレについて
冒険中の用足しというものは、何気に多くの問題があるものです。
特に女性の場合は身体の構造上、要する時間も手間も多く、しかも用を足している間は無防備になるので魔物に襲撃されても咄嗟に対応することが難しくなったりします。
なので、素早く安全な用の足し方も講習の内容に含まれるのですが、
「ちなみに大きいほうと小さいほう、どっちですか?」
「ああ、ウンコか。あんまり無理しないほうがいいよ?」
「ち、ちが……違う、から……!?」
自覚的なイマ隊長と無自覚なルグのセクハラを受けて、さっきからずっと我慢していたルカは顔を真っ赤にしています。
「そういえば、私も……やれやれ、こういう時女子は不便だね」
「じゃあ、折角ですから他の女性の皆さんも集めてトイレについて説明しましょうか」
受講者の中にはレンリとルカ以外にも何名か女性の参加者がいます。彼女達にも声をかけて野外での用足しについて臨時の講義をすることになりました。どうやら、ルカ以外にも我慢をしていた者が少なくないようです。
「迷宮内でのトイレとか入浴は割と切実な問題でして……同性だけならまだマシですけど、男女混成のパーティだと大抵真っ先に問題になるのがそこなんですよ」
野営地の外に女性だけで集まって隊長がそんな説明をしました。
今回は“実技”講習でもあるので、男性陣は離れたところで明後日の方向を向いています。男性の教官が見張っているので覗きの心配はありません。
「あ、あの……あんまり、説明が長いと……」
「ああ、そうでしたね、すみません。では……このスコップで穴を掘ってしてください」
と、モジモジしているルカに隊長が小さめのスコップを手渡しました。
あたりは土ばかりなので掘る場所には困りませんし、男性陣のいるあたりから見えないような木陰もいくらでもありますが、
「我慢するのは身体に悪いですからね。さあ、どうぞ!」
「む、無理……!? 無理……」
「大丈夫ですよ、私が見張っていますから! さあ!」
「いや、あの……ルカ君はだからこそ困っているのだと思うのだけど。私も流石に恥ずかしいし」
……中々、心理的に難しいものがあるようです。
魔物や毒虫を警戒する必要があるので、誰かが用を足している間は見張りを立てるのは普通のことなのですが、これまで壁で仕切られた手洗いでしかしたことのない者にはかなりの抵抗があるものです。
他の冒険慣れしていない女性陣も、顔を見合わせて恥ずかしそうにしています。
一部の高位貴族や王族などであれば諸々の世話や護衛の関係上、手洗いの中まで従者を伴うことがありますが(それほどのお屋敷やお城の貴人用トイレは、何人も入れるように広くなっています)、そういう風に特殊な環境で慣れてでもいない限りは、例え同性だろうとも排泄を見られるのは抵抗があって当然でしょう。
「うーん、仕方ありませんね。じゃあ、すぐに出来る簡易的な個室トイレの作り方をお教えしましょう」
「……なんで、それを最初に言わないんですかね?」
それはもちろん恥辱に歪む少女の表情を堪能するためなのですが、イマ隊長はニコニコと笑って誤魔化しました。このあたりで受講者たちも隊長の性質というか性癖に勘付きつつありましたが、現在は深く追求する余裕はありません。
「まず地面に穴を掘りまして、それから大きめの布か板で目隠しを作ります。木の種類によっては樹皮なんかも代用できますよ。はい、それから布で穴の四方を囲むように覆っていきます。それで木の幹にナイフか釘で布を留めれば……はい、完成です」
穴掘りから数えてほんの三分足らずで、最低限のものではありますが周囲から見えないような個室トイレが出来上がりました。そして、余裕のない者から順番に早速それを使用し……、
「ふう……」
「危なかったわ……」
「これでも恥ずかしいけど、まだマシね」
彼女達は、無事にヒトとしての尊厳を守ることができました。
出した後の穴には、掘り返した時の土をそっと被せて処理します。放っておくと危険な虫や肉食獣が寄ってきたり、病原菌の温床になったりするのです。
「スコップと釘は盲点だったな……あと大きな布も買っておかないと」
「う、うん……大事、だね……」
「木のない所でも剣や槍みたいな長物を支柱にすれば覆えますし、移動中に手頃な長さの枝があれば確保しておくのも手ですよ」
トイレの重要性について身をもって学んだばかりの女性陣は、イマ隊長の言葉を深く記憶に刻みつけています。
「排泄欲求のコントロールは出来るようにしておいたほうがいいですよ。それと、これは体質とかもあるので一概にどうすればいいっていうのはないんですけど、迷宮に入る数日前から食事量と内容を調整しておけば、出すタイミングや量はある程度調整できますから」
生き物の身体というのは、食べたら必ず出すように出来ています。
その肉体機能それ自体を止めることは出来ませんが、無理なく我慢できる期間を延ばすのは工夫と努力次第では可能なのです。
「まあ、大抵の人はだんだん面倒になって、そのまま穴を掘るだけでしちゃうようになるんですけどね。コツは恥じらいを捨てることですかね。気にしなければ気になりません。こちらが平然としてれば、男性のほうもすぐ気にしなくなりますし」
「結局は慣れの問題か。いや、そこまで至ってしまっては女として色々終わりな気もするけど」
最終的な結論は身も蓋も無いものでしたが、女性陣一同はとりあえずの次善の手段としての用の足し方を習得することに成功したのでした。
女性は生まれ持った恥じらいが完全に磨耗して消滅すると『オバサン』にクラスチェンジするという言い伝えがあってじゃな……(村の古老風に)