秘密のお茶会
エルフのライムは心優しい平和主義者である。
……いいえ、何も間違ってはいません。
実は同名同種族の別人がいたとか、そういう話でもありません。
「平和主義者」という言葉には解釈の余地が色々とあるかもしれませんが、少なくとも彼女が平和を望んでいるのは本当です。
自身や周囲の人々の心身の安寧を守るため。鍛錬のため。そして、獲物を食べたり生活に役立てる目的以外では、無闇にその武力を振るうことはありません。まあ、ほとんどの場合は。
力を振るうべきと判断したなら、寸毫の躊躇いも葛藤もなく、瞬時に戦闘モードへと精神を切り替えられるあたりがちょっぴり変わっているかもしれませんが、根っこの部分は心優しい少女です。
そんな彼女は、この日、十数年来の友人の訪問を受けていました。
「お茶」
「おや、わざわざご丁寧にありがとうございます。こちらからも手土産を、ええと、たしかこの辺に……どうぞ、この前衝動買いした夜中に髪が伸びる人形です。デフォルトの髪型がアフロヘアなので、たまに散髪をしてあげないと大きい毛玉みたいになりますが、それはそれで埃がよく取れるので掃除用具として便利です」
「ん、ありがと」
あえて説明するまでもないでしょうが、その友人というのはコスモスのことです。
誰に聞いたのやら、迷宮の中にあるライムの自宅にまで一人でやってきていました。
ライムの家周辺には彼女を恐れて魔物もほとんど近寄りませんが、それも絶対ではありません。普通に考えたら非武装で訪れるなど危険極まりないはずですが、
「大丈夫?」
「ええ、ご心配なさらず」
「そう」
本人が言うならそうなのだろうと、ライムも特に心配していません。
この友人は、付き合いの長いライムにとっても謎が多い存在です。
コスモスが何かと戦っている姿を見たことがないので強いのか弱いのかも分かりませんが、あれこれと器用に魔法を使いこなしたりはしていますし、危険から逃げる要領の良さに関しては信頼できます。正直、ライムが己の師匠に対して思うのとは別の意味で勝てる気がしません。
「それで?」
とはいえ、身の安全が確保されていようと、それだけではわざわざこの家に来る理由にはなりません。単に顔を見るだけなら、姉のタイムかシモンあたりに言付けておいて、ライムが街に出た時に会えるようにすればいいだけ。騒がしいのが苦手で迷宮に住み着いているライムですが、別に厭世的な世捨て人というほどでもありません。
少なくとも週に一、二回くらいは買い物やら他の用事で街に出ますし、そういう時に会えるよう段取りをつけておけば、森の中の道なき道を歩く必要はないのです。
それでもあえて訪ねて来たということは、何か急ぎの用事か、あるいは他者に聞かせたくない内密の用件でもあるのだろう……と、そのように推測することが可能です。もっとも、コスモスの思考は本人以外には(もしかしたら本人にすら)予測が一切できないので、「空が青かったから」くらいの理由で迷宮に突撃してきた可能性もなくはありませんが。
「話が早くて大変結構ですな。ええ、実は少々確認しておきたいことがありまして」
「なに?」
幸い、今回はライムにも理解可能な理由だったようです。
コスモスは、このような質問をしました。
「先日ご紹介いただいたレンリさまやルカさまと私もお近づきになったのですが……ぶっちゃけ、あの方々はどの程度までこちらの事情をご存知なので? うちの家族とか、あとこの迷宮の事とかも」
「……ほとんど何も」
どうやら、余人に聞かせたくない話をするために訪問したという予想で当たっていたようです。
ライムは記憶に思いを巡らせ、慎重に考えてから答えました。
「そうですか、それともう一つ。なんとなくの感触程度でいいのですが、ライムさま個人はあの方々をどのように思われていますか?」
「いい子達、だと思う」
続く問いには迷わず返しました。
その私的な意見にどれほどの意味があったのかはライム自身にも不明ですが、コスモスの様子を見るに、満足のいく返答だったようです。
「ふむふむ、なるほど。参考になりました。では、然るべき時が来るまでは私も適当に口裏を合わせておきますので」
「ん」
◆◆◆
ところで、もう一度繰り返しますが、エルフのライムは平和主義者です。
誰彼かまわず無闇に暴力を振るったりすることはありません。
「で、最近シモンさまとはどうなので? 少しくらい進展はありましたかね?」
「……何も」
「はー、またですか。つまらないですねぇ、そういう部分まで師弟で似なくてもいいでしょうに。やたら根性が据わっているくせに変なところでヘタレなんですから」
「むぅ」
だから、痛いところを正論で突かれても照れ隠しに殴ったりはしません。
これはあくまで女友達同士の恋愛話。
会話を肴にお茶を楽しむ優雅な席で無粋な真似はご法度。
ライムとしても隠し事をせずに相談ができる相手は希少……まあ、面白そうなことに敏感なコスモスに隠しきれなかったというのが実情ですが、秘密というのは共有できる相手がいるだけで随分と楽になるものです。
「いっそ、酔い潰して縛り上げた隙に既成事実をですね」
「そういうのは、駄目」
「では、お酒ではなく睡眠薬で。おっと偶然にもポケットの中に一瓶……」
「駄目」
これは優雅な乙女のお茶会であって、決して犯罪教唆の現場ではありません。“偶然”持ち歩いていた睡眠薬をどう使うつもりだったのか? ……なども考えてはいけません。
「まったく。あれが駄目、これが駄目って、ワガママばかり言ってはいけませんよ?」
「…………」
ライムが手にしていたティーカップの持ち手がピシリと鳴ってヒビが入りました。ちょっぴりイラっと来たせいか、ついつい強めに握ってしまったようです……が、大丈夫。
この程度ならばよくある事。心配は無用です。
大事な友達に暴力を振るうなんて酷い真似をするはずがありません。
なにしろ、ライムは心優しい平和主義者なのですから。




