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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』

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楽しそうだから


 太陽が天辺に上がる少し前。

 お昼ご飯には少し早めですが、仕事によってはキリのいいところで手を止めて休憩を入れようかという時間帯になり、通りを歩く人の数が徐々に増えてきました。学都の飲食店は数多くありますが、人気のあるお店だと正午を待たずに席が埋まることもしばしばです。

 味の良し悪しだけでなく、お値段や店内の雰囲気、客層、人によっては従業員の容姿が判断基準になることもあるでしょう。意中の看板娘を目当てに健気な若者達が足繁く通うような光景は、どこの街でもさして珍しいものではありません。


 さて、学都の商業区沿いの通りに一軒の食堂がありました。

 店の立地だけでなく味も上々で値段はお手頃。舌の肥えた食通が通うような有名店ではありませんが、近所の勤め人や買い物客を相手にして、そこそこ繁盛しているようなお店です。


 ですが、今日だけは「そこそこ」ではなく物凄く繁盛していました。

 間違いなく開店以来一番の客入りで、料理はもちろん、まだ日も高い時間だというのにお酒の注文もひっきりなし。多額のチップを貰っている女給は上機嫌ですが、それがなかったら忙しさのあまりとっくに逃げ出していたかもしれません。お客が店内に入りきらないので、近所の家具店から一時的に借りたテーブルを外の通りに並べて料理を提供しているほどです。


 まあ、しかし、それほどの大入りになるのも無理はありません。



「あれ、やけに人が多いな。ここの飯屋、こんなに混むような店だったか?」



 ……と呟いたのは、たまたま通りかかった通行人氏。

 その言葉が耳に入ったのか、店先でお酒のグラスを傾けていた客の一人が答えます。


 

「ああ、なんか気前の良い姉ちゃんが、店の客全部の勘定を持ってくれるんだとよ。ってなわけで、料理は食い放題、酒も飲み放題。アンタもどうだ?」


「全部タダ!? そりゃあいい!」



 こうしたやり取りが何度も何度も繰り返され、お客の数はどんどん膨れ上がっていくのでした。







 ◆◆◆







「あはははは! いやぁ、コスモスさんって良い人だね」


「ははは、そんな風に本当のことを言われると照れますな。ささ、レンリさま、こちらの骨付き肉もイケますよ。ルカさまもお一つどうぞ」


「あ、ありがとう……おいしい、です」


 つい一時間ほど前、訓練場を追い出されて途方に暮れていたはずのレンリ達は、食堂の奥の席で大いに盛り上がっていました。

 大テーブルの上には骨付きの豚肉のオーブン焼きや、水晶河で獲れた大亀のスープ、新鮮な野菜に特製ドレッシングを和えたサラダ、芋や河海老の揚げ物などが所狭しと並び、食べ終わった先から新しい皿が運ばれてくるような状況です。

 他のテーブルも似たような具合で、一時は店の食材が尽きるのも時間の問題かと思われましたが、そこは仕入れ金とチップをコスモスが出して女給の一人が買出しに行くことで解決しました。



「ルグくん……おいしい、ね」


「ああ。……変わった人だけど、悪い奴ってわけじゃなさそうだな」


「うん……そう、みたい」



 タダ飯の威力は絶大で、ついさっきまでコスモスを警戒していたルカやルグも、だいぶ警戒を緩めていました。

 二人とも、今はもう食べるに困らないくらいのお金はありますが、それはそれとして人の奢りで食べるご飯というのは無条件で美味しく感じるものです。世の中には、人から施しを受けるようで面白くないと感じるような捻くれ者もいるようですが、その点彼らは厚意を素直に受け入れられるシンプルな精神構造をしていました。


 とはいえ、こうして気を許しているのは何もタダ飯のおかげだけではありません。

 ルカ自身も意外なのですが、先程あんなことをされたというのに、すでにコスモスに対しての隔意は薄れかけており、会話をするのにも抵抗がありません。己の人見知りぶりを誰よりも知るルカですらこうなっているのですから、コスモスが他人の懐に入り込む手腕、人心掌握の術は恐るべきものがあると言えるでしょう。



「やあやあ、皆様。楽しんでいますかな?」


「おう、姉さん、ありがとな!」


「ゴチになりやす!」



 時折、コスモスは席を立って店内をぐるりと見回っては、見ず知らずの人々から賞賛を浴びています。中には下戸であったり(体質的な下戸とは別物ですが、実は騒動の中心にいるコスモスもお酒は一切飲んでいません)、午後の仕事がある人もいるのでお酒を飲んでいるのは全体の半数ほどですが、この盛り上がりにあてられたのか、全員が楽しく酔っ払っているかのような雰囲気です。



「でもさ、コスモスさん。なんで私達だけじゃなくて他の人にまで?」



 レンリ達には、当初そんな疑問がありました。

 先程、訓練場から追い出された件の詫びとして三人に奢るのならまだ理解もできますが、見ず知らずの他人にまで奢る理由はありません。考えても、そこが分かりませんでした。

 庶民向けの食堂とはいえ、これだけの人数に思う存分飲み食いさせようとすれば出費も馬鹿にならないでしょう。現に、コスモスはチップと料金を前払いする形で、すでに結構な枚数の金貨を店に支払っていました。その気になればレンリにも同じような真似はできるでしょうが、決して同じことをしようとは思いません。


 で、いくら考えても分からなかったので直接尋ねたところ、コスモスはこんな風に答えました。



「なんで……はて、そういえば、なんででしょうね? まあ、その場のノリというか何となくというか……ふむ、しいて言うならそうするのが楽しそうだと思ったからでしょうか?」


「楽しそう……だから?」


「え、それだけ?」


「はい。他に理由が必要ですか?」



 楽しそうだから。

 コスモスにとっての理由はそれだけで十分なのでしょう。およそありとあらゆる奇天烈な行動は、そのたった一つの動機だけでほとんど全部を説明できてしまいます。


 無論、無制限に奢れるのは莫大な経済力があってこそですが。

 コスモス個人の資産は、レンリやその実家どころか、国家予算くらい持ってこなければ比較対象にもなりません。そのお金を一切惜しまない金払いの良さは、コスモスの数多くある美点の一つです。

 価値のあるモノを見極める審美眼も優れていますし、売り手の足元を見て買い叩くようなことがありません。安すぎると思ったら、提示された価格に上乗せして支払うことすらしばしば。分野を問わず、実力や才能はあるけれど評価が伴っていないような埋もれた人材を見つけたら、金銭面の援助や活躍の場の提供などもしており、一部の人々から大いに尊敬と感謝を集めていたりもします。もっとも、それらの良い点を全部相殺しかねないほどの欠点があるのが困りものなのですが。



「なるほど、なるほど……」



 ともあれ、万事において楽しさを最優先にするという方針は、レンリにとっては理解しやすい、もっとはっきり言えば好ましくすら思えるものでした。コスモスほど徹底してはいないものの、その姿勢には共感すら覚えます。

 良い意味で真面目なルグやルカは、そこまでコスモスのスタンスに肯定的にはなれないかもしれませんが、今の様子を見るにレンリが心配するほど否定的という風でもありません。コスモスの悪ふざけも、本気で嫌われない一線、あるいはリカバリーが効く範囲はしっかり見極めているようですし、外から案ずるまでもなさそうです。

 付き合いの距離感を見誤ると悪ふざけの被害を受けたり、この場にいないシモンのように、色々と理解した上で責任感やら何やらで近い距離を保っていると、それはもう散々に苦労する羽目になりそうですが。



「まあ、なんだ。いつまで学都こっちにいるつもりか知らないけど、せっかく知り合ったんだ。仲良くしようじゃないか。ほら、ルー君とルカ君も」


「はい、喜んで。それでは、皆様。改めてよろしくお願い致します」


「「「「乾杯っ」」」」



 昨日に知り合った時にも挨拶はしましたが、この場で改めてもう一度。

 飲み物のグラスを軽く打ち合わせての乾杯を経て、これまで「友達の友達」に過ぎなかったレンリ達とコスモスは直接の友人になりました。



◆設定補足

コスモスがお酒を飲んでいなかったのは年齢的にまだ未成年だから。普段は法的にグレーゾーンだったり完全にブラックなことも平気でするくせに、変なところだけ律儀に守っています。基本的に成長も老化もしないホムンクルスなので、成人を待つことに意味はないのですが。

ちなみに彼女の年齢は本作の時点で十二歳。

外見年齢は人間の二十歳相当ですが、実は十五歳のレンリ達よりも年下だったりします。

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