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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
五章『奇々怪々怪奇紀行』
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一緒にトレーニング


 美しい女性が露出の多い格好をしていたら、目撃した人はどのような感想を持つでしょうか。

 平均的な感性の男性であればシンプルに「嬉しい」とか「お近づきになりたい」など。

 女性であれば羨望や、スタイルに対しての嫉妬など。

 否、今回の場合はその女性が人間離れしているという表現が適切に思えるほどに優れた容姿を持っていた為に、それを妬むという感情すら湧き上がってこないかもしれません。いかに美しくとも、美術館に飾られた彫像に本気で恋慕したり嫉妬したりする人はいないのと同じようなものでしょうか。


 しかし、人間社会にはドレスコード……というと少々ニュアンスが異なりますが、場所や状況によって相応しい格好をすることが自然と求められるものです。

 今回、コスモスが身に着けていたようなビキニ水着は、南国の熱帯地域であれば似たような服装で暮らす民族もいますが、この学都が属するG国や、その周辺の文化圏においては相当に破廉恥な格好だと見なされる類のもの。はっきり言ってしまえば下着で表通りを歩いているのと何ら変わりません。常識的な人間であれば不道徳に眉をひそめるか、見ただけで羞恥の念に囚われて顔を赤くしてしまうでしょう。

 魔界との交流が始まって以来、文化の流出入によってこの世界のファッションの流行も目まぐるしく変わり、一昔前に比べたら開明的・進歩的な価値観もだいぶ広がってきましたが、それでも限度というものがあります。というか、魔界でも普通に変態扱いです。


 いえ、その格好だけならば懐の深い、言い換えれば大雑把な感性の人間であれば、まだ好意的に見ることができたかもしれませんが、



「なんですか、寒いじゃないですか! まったく、こちらにもこちらの事情があるのですから、もうちょっと寒くなるのを遅らせてもらわないと困ります。あとでクレームを入れておかなくては!」


 ですが、自分からそんな格好をしたくせに、外が寒いことに一人で勝手にぷんぷんと怒っている、あまつさえ自然環境に文句を言って、自分の都合しか考えない悪質クレーマー(クレームの宛先は神様でしょうか?)のような振る舞いを見せている狂った人物に、果たしてお近づきになりたいものでしょうか。

 

 少しばかり前置きが長くなりましたが、だからして、訓練場にウケ狙いの水着で現れたコスモスに対するその場にいた人々の評価は、



「「「頭のおかしい痴女がいる……っ!?」」」



 ……という、極めて妥当なところに落ち着きました。








 ◆◆◆








「ふむ、これなら寒くありません。ありがとうございます」


 まあ、流石にビキニ水着のままでは色々な理由で訓練への参加は認められないという教官氏の常識的な判断と説得により、コスモスは女性兵士の一人から予備の運動着を借りて着替えてきました。

 ちなみにこの場合の色々な理由というのは、他の参加者の目の毒だとか、肌の露出が多すぎて怪我をしやすいとかもありますが、最大の理由はあのままだと騎士団おまわりさんの立場としては不審者として検挙、連行しなければならなくなるというものです。被害者がいるならともかく、彼らとしても無闇に逮捕者を出したくはありません。



「ほほう、なかなか動きやすそうですね。胸のあたりが窮屈ですが。胸が! 窮屈ですが!」



 女性としてはかなりの長身(170cm超)で身体の凹凸がはっきりしているコスモスにとって、借り物の運動着は小さめのようですが、それでも動くのに支障があるほどではありません。より具体的には胸部のあたりのサイズが合わず、内側からの圧力で布地が強く押し上げられていますが、服装の用途が用途なだけに丈夫な素材で出来ているので張り裂けたりすることもないでしょう。



「ちょっ、離して! 一発殴らせてっ!」


「気持ちは分かるけど、立場上マズイから!」



 親切にも運動着を貸してくれた長身の女性兵士が、コスモスの忌憚ない感想に激昂して殴りかかろうとした微笑ましい一幕もありましたが、周囲の同僚が必死に宥めて事なきを得ました。恐らくは、なんらかの身体的コンプレックスを刺激されたのでしょう。





 ……と、ちょっとしたハプニングもありましたが、ようやく訓練の開始となりました。

 まずは全体での柔軟体操やウォームアップをかけての軽いランニング。その後は体力や目的に合わせて幾つかの組に別れて、それぞれ違ったトレーニングに移るというのが大まかな流れです。



「やあやあ、レンリさま、さっきぶりですね。ルグさまとルカさまもおはようございます」



 仲間同士で固まって柔軟体操をしていたレンリ達のところに、同じく柔軟体操中のコスモスが近付いてきました。その字面だけなら特におかしな点はなさそうですが、



「うわ、気持ち悪っ」


「ふふふ、そんな風に褒められると照れますな」



 コスモスは身体の柔軟性を活かして綺麗なブリッジを作り、そのままの姿勢で手足をやたらとスムーズに動かして近寄ってきたのです。常人が小走りするのと同じかそれ以上の速さでブリッジ歩きをした無表情の女が寄ってくるのは、下手な怪談などよりも恐怖感をかき立てられる光景でした。この場合、顔立ちが異様に整っているのが余計にホラー感を増しています。

 レンリの口からも思わず素直な感想が出てしまいましたが、それを気にする様子もありません。むしろ、そういった反応を愉しんでいるかのようです。あまりにもメンタルが強すぎました。



「なるほど……」



 先程はピンと来ませんでしたが、ここまで連続で奇態を見せ付けられると、レンリにもシモンがどうしてコスモスを苦手(「嫌い」ではなく)としている風だったのかが分かってきました。真面目で責任感が強く、ついでにツッコミ気質でリアクションが面白い彼はコスモスにとってはお気に入りのオモチャも同然なのでしょう。それを理解していて友情が成立しているあたり、シモンの器の大きさも大概ですが。





 その後もコスモスは、タコかイカを連想させられるような柔軟性で周囲を驚かせたり、ランニングの際には何故か後ろ向きに走るバック走だったりと注目を集めていましたが、一応は真っ当にウォーミングアップをこなしていました。「真っ当」という言葉の定義が分からなくなりそうですが、訓練の責任者である教官氏も実害がない限りは放置しておくことにしたようです。実に賢明な判断と言えるでしょう。単なる思考放棄かもしれませんが。



「では、ここから先はメニューを分けるので、あとはグループごとに班長の指示に従ってください」



 全体での共通メニューはここまで。以降は予定通りにグループを分けて、それぞれの目的に合わせたトレーニングをする流れになります。


 剣術や槍術といった武器を扱う技術を学ぶグループ。

 同じ武器術でも、技術指導を受けるのではなく試合を主体としたグループ。腕に覚えのある者は大体ここに参加します。

 武器ではなく徒手格闘の習得と組み手を目的としたグループ。

 戦闘技術ではなく筋力強化や体力作りを目的とした基礎鍛錬をするグループ。ここは地味なせいか、あまり人気がありません。


 各グループの中で熟練者や初心者、得手不得手などの要素を考慮して更に細かく分けられますが、大まかにはこのように振り分けられます。

 以前、レンリ達が訓練に参加していた時はこのような班分けはありませんでしたが、騎士団以外の一般参加者が増えたために、こうして効率化を図る工夫をしているのでしょう。運動に限りませんが、他者に物事を指導するという行為には相応に深い理解が求められるため、指導する側の人員にとっても利点は少なくないでしょう。



「俺は試合をしたいな。勘を戻したいし。お前らはどうする?」


「私は剣術かな。痛いのは嫌だから試合はいいや。ルカ君はどうするんだい?」



 戦闘勘を取り戻したいルグは試合重視のグループ。痛いのは嫌だけれど、剣に触れていられればそれだけで幸せなレンリは剣の技術を中心に学ぶグループを選びました。ここまでは彼ららしい選択で、特に意外性はありません。

 ですが、この後のルカの選択は少々予想外なものでした。



「わたしは……えっと、格闘技を……」



 たしかに、ルカの怪力を活かすには格闘技の習得は悪い手段ではありません。なにしろ、並大抵の武器では膂力に耐え切れずに壊れてしまうのですから。

 レンリ特製の頑丈さだけにリソースを注ぎ込んだ投石杖スタッフスリングであれば打撃武器としての使用もできますが、いかに刻印魔法で限界まで強化しようとも、ルグが怪我をした時の大暴れを見るに、ルカが本気で力を込めたら耐えられるかは怪しいものです。

 そういった事情を鑑みるに、鋼鉄以上に頑丈な肉体を武器とする術を覚えるのは合理的な判断と言えます……が、ルカの気性がそれに向いているとはとても思えません。



「え、大丈夫なのか?」


「う、うん……がんばる、ね」



 ルグも心配して声をかけましたが、ルカの決意は固いようです。ファッションの変化といい、彼女も色々と考えて自分を変えようとしているのかもしれません。意気込みを表すかのようにガッツポーズを見せ、徒手格闘の班へと走っていってしまいました。



「大丈夫かな、ルカ君」


「うーん……俺があっちに行って近くで見てようか?」


「でも、それじゃ、かえって気を遣わせないかな」



 友人の意思を尊重したいという気持ちはあれど、レンリとルグは心配する気持ちが拭えないでいました。しかし、すでに行く先を告げた後で、ルカの様子を見守るためだけに格闘技グループに変更しては、思惑が露骨すぎて彼女を無駄に恐縮させてしまうでしょう。










「おやおや、先程から盗み聞いておりましたが、そういう事情でしたら、どうかご安心ください。この私めが、ルカさまを近くでねっとりじっくりと舐めるように見守って差し上げましょう」



 ですがその時、親切にも彼らの代わりに見守ってくれるという善意の第三者……を自称する頭のおかしい痴女が名乗りを上げ、止める間もなくルカを追って走り去ってしまいました。



◆設定補足

騎士団の訓練は、作中の合同訓練以外にも関係者だけの通常訓練もあります。というか、本来はそちらがメインです。戦術や陣形などは軍事機密に属する情報なので、本格的な軍事行動の習熟を目的とした訓練は一般参加者がいない時に行われ、合同訓練時には情報の秘匿をあまり気にしなくていい個人技や体力の練成が主になっています。

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