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エピローグ⑨


 ――――そして、公演最終日の翌日。

 学都(アカデミア)郊外の平原に着陸した劇場艇を中心に、多様な出店や出し物が開かれるファンとの交流会が開かれてしました。


 大勢のファンや、ファンではないけれどタダ飯目当てのちゃっかり者達が、楽しい時を過ごしています。甲板上に置かれたテーブルには料理や飲み物が並べられ、立食パーティーのように自由に食べたい分だけ取っていく形式です。

 艇内の厨房だけでは調理が追いつかないので、事前に話を通しておいた市内の料理店から完成済みか、あるいは軽く温め直すだけで提供できる状態の料理が次から次へと運び込まれています。


 しっとりとした食感と肉の旨味が堪らないジューシーなローストビーフ。

 涼しくなってきた時期に嬉しい、腸詰も野菜もたっぷりの具沢山なポトフ。

 甘い物が欲しければ、季節の木の実や果物で飾られたフルーツケーキ。

 平原の一角では豪快極まる牛の丸焼きが調理され、集まった人々の好奇心と食欲を大いに掻き立てていました。


 他にも色々な料理が何十種類も提供され、訪れた人々は皿やグラスを手に手に、一座の芸人が披露するダンスや曲芸、動物使いなどの技を楽しんでいました。

 催しの性質上、どうしても立ち食い立ち飲み立ち話になってしまうのでお行儀が良いとは言えないかもしれませんが、しかし肩肘張らない気楽なイベントだからこそ、ここまで盛り上がっているのでしょう。



「オルテちゃん、みんな喜んでくれてよかったね」


「ええ、フレイヤ。これなら、貴女個人や我々の印象も安泰でしょうね」



 今回の交流会は、一座と伯爵家の共催という形になっています。

 予算についても負担は半々で、非営利の催しなので金銭的には完全に赤字です。いくら公演の評判が良かったとはいえ、これでは大盤振る舞いが過ぎるというもの。此度の学都公演での収益の半分以上が吹き飛んでしまいました。


 しかし、それでもあえて開催したのは、この街のファンに与える印象を慮ったが故。件の事件の際に、事情はどうあれ新聞を見た多くのファンに無駄足を踏ませてしまったことに対する罪滅ぼしの意味合いもありました。その徒労感がフレイヤ個人や一座全体への悪印象に繋がる……という考えは穿ち過ぎかもしれませんが、悪印象ならぬ好印象を多くの人々に与えることには成功したと見ていいでしょう。


 ここから興味を持った人が新たなファンになることも見込めます。長期的な視点で見れば、この大盤振る舞いはそう割の悪い投資でもありません。それでも伯爵が予算の半分を持ってくれなければ、開催自体を見送っていたでしょうが、



「アタシは一回挨拶しただけだけど伯爵さんってイイ人だね。……あれ、オルテちゃん、その手紙どうしたの? 伯爵さんから?」


「え、あのですね……その、伯爵閣下から、私に個人的に……なんと言いますか、まずは文通で、お友達から始めませんか、と」


「え、マジで?」


「……マジです」



 まあ、そこは伯爵の彼にも色々と個人的な事情があるのでしょう。気になる女性に良い格好を見せたいとか、そういった複雑極まる事情が。苦労を共にしたからかオルテシア女史に惹かれるものを感じ、彼女もまた満更ではなさそうな様子です。

 既に伯爵には妻も子供もいるので、第二夫人候補ということにはなりますが、このG国では複数の配偶者を持つことは法的にも問題ありません。

 フレイヤが聞いたところ、女史は既に第一夫人とも挨拶を交わし、交際の了承も得ているのだとか。紳士淑女たる二人は、互いの仕事の都合もあって当面は文通で気長に仲を深めていくつもりのようですが、この調子なら破談ということはないでしょう。



「おめでと。いや、ビックリした……」



 身近な人間の意外な報告に、フレイヤはとても驚きました。ここ半月ほどは劇の準備と本番にかかりきりになっていましたが、そのせいで周りが見えていなかったことを痛感します。


 ……だから、というわけではありませんが。



「やぁ、フレイヤちゃん。お疲れさま……いや、おめでとうかな?」



 甲板に上がり、すぐ近くまで歩いてきたラックの存在に、声をかけられるまで全く気付きませんでした。先程までロノの遊覧飛行の御者を務めていたはずですが、いつの間にやら地上に降りていたようです。もう時刻は夕方ですし、飛行中に暗くなると危ないので受付を締め切ったのでしょう。



「実は昨日、劇場まで観に行ってたんだ。どうなることかと思ったけど、無事に全部終わって良かったねぇ」


「え、あ……うん。ありがと」



 普段はお喋り好きで言葉に詰まることなんて少ないのに、フレイヤは上手く話すことができません。直前に聞いた話のせいで必要以上に彼を意識してしまったからかもしれませんし、それ以上にラックがこのタイミングで会いに来た用件に察しが付いてしまうからでもあるのでしょう。


 自分と一緒に来るのか。来ないのか。

 その答えを告げに来たのだと悟り、自然と緊張してしまっているのです。

 舞台上でも緊張なんてほとんどしないのに。

 いえ、舞台には台本があり、あらかじめハッピーエンドかバッドエンドかは分かって演じています。こんな風に一歩進んだ先にどういう結末が分からないなんてことはありません。だとすると緊張するのも当然でしょう。



「えっと、さ……ラック」



 自分から答えを聞こうにも、どうやって言えばいいのか全然わかりません。幸い、赤い夕日に照らされているので周囲に緊張がバレてはいない……はずですが、顔が熱く赤くなって今にも火が出そうです。彼女の場合、比喩表現ではなく本当に発火してしまうかもしれません。


 ラックは、そんなフレイヤの心境を知ってか知らずか、



「っと、立ち話ってのもなんだねぇ。そうだ、よかったら一緒に空の散歩でもどうだい?」







 ◆◆◆







「わぁっ」


 赤い、赤い空。

 夕暮れに染まる街並みは、まるで燃えているかのよう。紅蓮の炎を連想させるような眺めは、しかし暴力的な激しさではなく、優しく穏やかな印象です。

 飛空艇には乗り慣れているし、その気になれば自力でも飛べるけれど、その光景はこの上なく鮮烈なものとしてフレイヤには映りました。


 どうして、これほど綺麗に見えるのだろう?

 鷲獅子(グリフォン)に乗るのは初めてだけど、その乗り心地が良いからだろうか?

 ロノはさっきから散々お客を乗せて飛んだり降りたりを繰り返していましたが、頼もしいことに疲れた様子もありません。どうやら、ロノなりにこの「仕事」を気に入って、楽しんでいるようです。背に乗る前にフレイヤも軽く頭を撫でさせてもらいましたが、幸い嫌われることもありませんでした。賢くて優しい、良い子です。


 しかし、これほど世界が鮮やかに見える理由は、きっと乗り心地が良いせいではないのでしょう。飛び立ってからずっと、ラックは本題と関係のない話ばかりしています。

 やれ、下に見えるあの酒場は料理の盛りが多いだの、どこそこの広場のベンチが昼寝をするのにいいだの。御者を務める彼の顔は鞍に固定されたフレイヤからは見えませんが、まるで緊張している様子はありません。

 まるで、普通のお喋りをしているかのよう。

 そんな彼の背を見ているうちにフレイヤの緊張もほぐれてきて、というか一人でドキドキしているのが馬鹿らしくなって、本当にただの雑談みたいになってきました。

 お気に入りのお店や趣味や、どんな料理が好きかとか……そんな他愛もない、なんでもないようなただのお喋り。それがやけに楽しくて、いつまでも続けていたかったけれど、しかしそういうわけにはいきません。



「僕、この街に残ることにするよ」


「……そっか」



 なんでもないような話の中で、さらりと告げられました。

 一緒には行かない。

 それを聞いたフレイヤは、もちろん寂しく思う気持ちはあったけれど、その言葉がストンと胸に落ちるように受け入れられました。


 まあ、そういうこともあるだろう。

 誘いをかけてから半月も答えを保留したということは、それだけラックも慎重に真剣に悩んでくれたのだろうし、きちんと考えた上での結論ならば、その意思は尊重されるべきだろう、と。意外なほどにすんなりと腹落ちしました。



「あのさぁ、フレイヤちゃん」


「ん、なにー?」


「もしかしたら、僕、キミのこと好きかもしれない」


「えー……自分から断っといて、そういうこと言う?」


「ははっ、失望したかい?」


「ううん、別に。それなら、うん……アタシも、ラックのこと好きかも。よく分かんないけど」



 好き、かもしれない。

 かもしれない。

 別に照れ隠しで言葉を濁したのではなく、それが二人の正直な気持ちでした。

 何かしらの好意はある。

 それ自体は間違いないけれど、それが男女間の恋愛感情なのかと問われたら素直に断言もできないような、そんなモヤモヤした気持ち。


 ですが、そんな曖昧な感情しか抱けないのも無理はないのでしょう。

 ワケが分からないまま出会って、逃げ回って、綺麗に解決もしないまま終わっただけ。

 のんびりと他愛もないお喋りをしたり、一緒に出かけたり、お互いが何が好きで何が嫌いなのかを知ったり……そんな穏やかな時間を持てたのは、正真正銘、今この時が初めてなのですから。


 気持ちの整理をつけるには、あまりに時間が足りません。

 次に二人が出会う時には、この気持ちの見極めもついているのでしょうか。



「ははっ」


「あはっ」



 このよく分からない気持ち、曖昧で説明のできない想いが、不思議と不快ではありません。そもそもがワケの分からない事件の結末なのだから、あえて分からないままにしておくのも、また一興。

 むしろ、その「わからなさ」が心地良い。無理にはっきりさせないからこそ、この想いは純粋なままに在るのだろうから。


 次に会った時は、今みたいにのんびり話したり一緒に遊びに出かけたり、そんな普通のことをいっぱいしよう。そして、今度は「かもしれない」じゃない答えを伝えよう。


 夕日に染まる赤い空で、彼と彼女はそう約束しました。





 ◆◆◆





 そんな、良い雰囲気の空の下。

 まだまだ盛況な郊外の交流会場にて。



「おや、これはこれはシモンさま。こんな所で奇遇ですな」


「げぇっ、コスモス! お前、もう帰ったのではなかったのか!?」


「ええ、一度は帰ったのですが、よく考えたらただ修理をするだけなど、私の仕事にしては面白味に欠けると思い直しまして。ちょっと変形合体機能でも追加しようかと戻って参りました。ほら、劇場が巨大な人型ゴーレムになったりしたら格好いいじゃないですか?」


「戻って参るな! 帰れ!」


「ははは、シモンさまは相変わらずツンデレですねぇ」



 一度は役目を終えて迷宮都市に帰ったはずの旧友を発見し、シモンは随分とテンションを上げていました。あまりに嬉しすぎてか、ちょっぴり涙まで出ています。



「ところで、そちらの皆様はお友達ですか?」


「は……い、いかん!?」



 なんともタイミングの悪いことに、シモンのすぐ近くには、レンリやルカ達姉弟など、シモンの学都での友人達が少なからず揃っていました。

 ライムとタイムの姉妹はともかくとして、それ以外の皆は、突然現れた謎の人物を前に対応を決めかねています。異様なまでに容姿が整い過ぎていて近寄りがたいという理由もありますが、普段は頼れるお兄さん的存在のシモンが一方的に翻弄されるのを見て、何かしらの危険性を感じ取っているのでしょう。


 その勘は、危機感は極めて正しいと言わざるを得ません。

 もっとも、こうして彼女と遭遇した時点で既に手遅れですが。


「はじめまして、皆様。私はシモンさまの“大”親友のコスモスと申します。どうぞ、よしなに」



これにて四章は終了です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

五章はまた迷宮とか冒険中心の話になると思いますが、今回の最後に戻ってきたヤツが何をしでかしてくれるのやら。

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