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エピローグ⑧


 此度の公演の内容を簡単にまとめるならば、嘘吐き達の冒険譚とでも申しましょうか。


 基本的なストーリーラインは王道を往く勧善懲悪。

 フレイヤ演じるヒロイン、小国のお転婆な姫君が、民を困らせる魔女をやっつけるべく城を飛び出し、道中で頼りになる仲間を集めながら討伐に向かうという……まあ、古今東西で割とよく見る感じのお話です。表向きは。


 話の肝となるのは、作中の誰も彼もが嘘吐きばかりだという点です。


 たとえば、劇の序盤でヒロインの仲間になる放浪の騎士。

 立派な鎧と剣を身に付けて、いかにも歴戦の英雄のように振る舞う彼は、実は隣の国のお城から高そうな武具を拝借して逃げてきたコソ泥でした。観客にはその正体が早くから明かされますが、姫君をはじめ、仲間たちはなかなか正体に気付きません。

 目先の報酬に釣られて同行しただけの偽騎士に戦いの術などあるはずもなし。

 道中、魔物や盗賊に襲われる度に仲間からは活躍を期待されるも、あらゆる局面を口八丁のハッタリで乗り切って、それで益々仲間の信頼を獲得してしまい、逃げるタイミングを完全に逸してしまいます。


 他にはたとえば、小さな人形を生きているかのように操る無口な人形師。

 しかし、本当の人形は人間に見える大きなほうで、人形に扮する妖精が人形師役の人形を魔法で操っていたのです。なんとも世知辛いもので、可憐な妖精とはいえ生きていくためには先立つものが必要なわけでして、手っ取り早く手頃な人間を騙して稼ごうと考えたのが運の尽き。

 お金の匂いに釣られて姫君一行に近付くも、インチキ芸で王族を騙していたことがバレたら、きっと詐欺の罪で牢屋に入れられてしまいます。逃げようにも大事な商売道具の『人形使い人形』を置いては逃げられず、もうこうなれば最後まで騙しきるしかない……と、後ろ向きな決意をするのでした。


 そして、たとえば、ヒロインのお姫様。

 彼女もまた大嘘吐きの一人で、なんと、倒しに向かったはずの魔女の正体というのが実はそのヒロインだった……という真実が、劇の前半最後で明かされます。正確には魔女の正体だったというより、架空の魔女の仕掛け人だったというほうが、より事実に近いでしょうか。

 姫君はもうすぐ隣国の王子との結婚を控えておりました。

 しかし彼女は会ったこともない相手と結ばれるのがイヤで、こんな狂言を仕組んでいたのです。道中で語られた冷酷非道なる魔女の所業は、実際にはほとんどが姫が忠実なる召使いを通じて市井に流した噂に過ぎず、あるいは未解決の何かしらの事件の犯人がその架空の魔女であるとして無関係の罪を被せたものでした。

 何年も前から周到に準備をして架空の魔女が実在するかのように誰しもに思わせ、入念に脱走計画の下準備をしていたのです。


 無鉄砲なお転婆娘が勝手に城を飛び出して、もしもそのまま帰ってこなければ、国の者は彼女が返り討ちにあったと思うでしょう。そうして元の自分を死んだことにしてしまい、どこか遠くの地で別人として第二の人生を悠々送ろう……と、全てはそんな人騒がせな企みによるものだったのです。


 そんな嘘吐きたちの虚言妄言は、劇の後半で次々と暴かれていきました。

 それぞれに真の思惑があったとはいえ、一時は絆で結ばれていた仲間は互いに不信を抱いてバラバラになり、観客の不安を煽る展開が続きます。

 嘘は、しょせん嘘。

 いかに慎重に偽りを重ねたところで、ちょっとしたほつれから、布が解けるように積み重ねたものは失われてしまうものです。


 しかし、前半の冒険で培ったものは全て偽物でしかなかったのだろうか?

 それぞれが後ろめたさを覚えてはいましたが、途中までは確かに仲間を思いやる心がありました。関係のほとんどは紛い物だったけれど、そこにほんの僅かにでも真実はなかったのか?


 苦難の中でそのことに気付いた彼らは、この偽物の冒険を本物にするために再び力を合わせ、一世一代の大芝居を打つことにしました。『人形使い使い』の妖精が操る人形に魔女の扮装をさせ、多くの人々が見守る中で、それを苦戦の末に打倒した……ように見せかけたのです。偽物の英雄達が架空の存在だった魔女を目に見える形で倒しただけですが、これにより人心に平穏が戻るのでした。


 最後のオチは、実は最初に仲間になった偽騎士は姫の結婚相手の隣国の王子で、彼も望まぬ結婚がイヤで自分の住む城から金目の物を持ち出して逃げていたのだ、というもの。

 後からよく思い返してみれば……という伏線も話のあちこちに巧みに散りばめられていて、観客は最後の最後であっと驚かされたものです。


 冒険と、その後の大芝居で心が通じ合っていた姫と王子はめでたく結ばれ、末永く幸せに暮らしたのでした。めでたし、めでたし。









 ◆◆◆







 公演最終日。

 ラックは、一人の観客として客席から劇を観ていました。

 シモンに無理を言って、コネで貴賓席に入れてもらったのです。


 初日以降、既に観た観客が絶賛したことで評判はますます高まり、この最終日近くにもなると貴賓席においてすら「合席」が当たり前になっていました。貴族や資産家などが、一度に何組も入っているので、広いはずの部屋がやや手狭に感じるほど。

 元々備え付けのソファやテーブルだけでは足りないので、不自然ではない程度に家具を増やし、配置も調整されています。それに考えることは皆同じようで、使用人という名目で友人知人を入れたりもしているみたいです。


 そんな貴賓席で、一人客のラックは少しばかり目立っていましたが、それも開演までの間だけ。劇が始まると、これまで毎日そうだったように、誰もが舞台に引き込まれていました。



「…………」



 練習中から何度も見学していますから、ラックは当然ストーリーを全部知っています。その気になれば大半の台詞を諳んじることもできるでしょう。



「まぁ、しょせん作り話……と言っちゃえたら楽なんだけどねぇ」



 嘘吐きを自認する彼としては、教訓めいた示唆を感じるお話ではあります。

 嘘と真実。

 ラックにとって、劇中で語られるような「真実」といってまず思い浮かぶのは、家族の顔です。彼らを大事に想う気持ちに嘘はありません。親を亡くし、一家が経済的に困窮した際も、ラック一人だけならば、きっと如何様にでも生きていけたでしょう。しかし、その時には弟妹たちを見捨てようという考えは、全く思い浮かびすらしませんでした。


 ですが、それはフレイヤについても言えるのではないでしょうか。

 この時点で、もう事件から半月近くが経っていますが、彼女を連れて逃げた時の記憶は鮮明に覚えています。あの時も、家族ですらない、たまたま出会っただけの相手を見捨てようという気にはなりませんでした。

 その点について深く考えると、まるで自分が良い奴になってしまったかのようなイヤな気持ちになるので、ラック自身あまり真面目に考えてはいなかったのですが、それが何かしらの、家族に抱くのとは違う種類の「真実」ゆえの行動であり思考であったとすると、そんな「らしくない」行動に説明がついてしまう……かもしれません。


 しかし、その正体は彼自身にも未だ不明。面と向かって聞いてこそいませんが、恐らくはフレイヤにとっても同じだろうと感じていました。


 友情?

 共犯意識?

 それとも男女の愛情?


 そのどれもが合っているようでもあり、間違っているようでもあり。今すぐにでも正体が掴めるかもしれないけれど、このまま不明瞭なままかもしれない。

 フレイヤがラックに一座への誘いをかけたのは、何も単なる労働力のスカウトというだけでなく、彼を近くに置くことで奇妙な気持ちの正体を確かめようという意味合いもあるのでしょう。それで「真実」を見極めることができるのかという確信はないにしても、手がかりとなり得る存在を身近に置いておこうというのは、納得しやすい理由ではあります。


 ラックとしても、強く拒否する理由はありません。

 まだ、ほんの手伝いをした程度ですが、興行の裏方として手伝いをする仕事は、案外に馴染むものでした。労働という行為全般に苦手意識があるラックですが、特に苦もなく、むしろ大勢で何かを作り上げていく過程は正直楽しいとすら感じていました(その間、出演者達は過酷なスケジュールで半死半生でしたが、あくまで外部からの助っ人として参加していたので多少の余裕があったのでしょう)。


 それに、彼が学都を離れても、シモンの庇護下にある弟妹たちは心配せずとも幸せに暮らせるでしょう。散々手間隙かけて、ようやく開業した遊覧飛行の仕事に関しても、家事手伝いを新たに雇えばリンの手が空きますし、将来的にはレイルも成長して戦力として数えられるようになるはずです。

 ルカだけは性格上、御者をするのは難しいかもしれませんが、彼女は冒険者としての護衛仕事の収入があります。危険な仕事なのでいつまで続けられるかは分かりませんが、雇い主のレンリに頼めば、ルカでも無理なくできるような仕事を紹介してもらえるかもしれません。

 

 選択肢は二つ。

 しかも、正解か不正解かを選ぶようなものではなく、恐らくはどちらの道を選んでも、それなりに良い結果が待っているであろうボーナス問題です。


 フレイヤの誘いを受けずとも、別に今生の別れという話ではありません。

 いずれまた、この街に巡業に来る機会もあるでしょうし、ラックの側から巡業先に会いに行くこともできます。手紙のやり取りなども出来るでしょう。


 逆に、この街を離れたとしても、家族に会う機会を作ろうと思えば、いくらでも作れるはずです。なにしろ飛空艇によるフットワークの軽さがウリの一座ですから、世界のどこからでもひとっ飛び。

 ラック一人のために行き先を大きく変えることが叶わずとも、昨今は鉄道網も発達していますし、ちょっと大きな街に寄ればそこから帰ってくるのは難しくありません。


 どちらを選んでも構わない。

 どちらを選んでも間違いはない。




 ぱちぱちぱち。


 考え込むあまりクライマックスを見逃してしまいましたが、いつの間にか劇が終わっていたようです。舞台上には、横一列に並び、観客席に向かって深々とお辞儀をする出演者たちの姿。ラック以外の観客は、誰もが手が千切れんばかりの拍手を送っています。きっと、緞帳が下ろされて舞台が見えなくなるまで拍手の音が止むことはないでしょう。



「……どっちでもいいなら、僕らしいやり方で決めようかねぇ」



 ラックはポケットから一枚の銀貨を取り出すと、それを親指で弾き上げました。

 ぴぃんと鳴った金属音は大きな拍手にかき消され、彼以外の誰にも聞こえることはありません。


 表か、裏か。

 賭博師らしい方法で。

 その気になれば弾いたコインの出目を操るような小技も使えるけれど、今回ばかりは、どっちの目を出すべきか分からない今回に限っては、小細工一切なしの運だけで。

 それは最早、賭博師というよりも占い師のような在り方だったかもしれませんが……まあ、捻くれた見方をすれば、その二つは似たような生き物でしょう。時に運命を弄び、あるいは弄ばれるという意味では、どちらも大差ありません。


 落ちてきたコインを手の甲で受けたラックは、自らの進むべき道を知り、その結果を素直に受け入れました。

 


劇中劇の内容も一応考えてはいたんですが、そこをガッツリやろうとすると流石に話の流れがブレすぎてしまうので、あらすじだけという形にしてみました。

次回で今章は終わりの予定です。

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