鹿、実食!
「鹿の解体は、まず喉から肛門にかけてナイフで切り込みを入れて肋骨を外してから内臓を掻き出します。膀胱を破らないように注意してくださいね」
「肛門の周りは臭みが強いから大きく抉り取ったほうがいいな。そうそう、そんな感じで」
「胃とか肺はどうします? 処理が面倒なんですよね、コレ」
野営地に持ち帰った剣角鹿は、教材兼食材としてたちまち解体されていきました。
狩りに出向いたのは受講者の中でも元々知識や経験に優れる者が多かったので、ここは居残り組が主に担当しました。いえ、担当させられました。
「ルカ、皮を剥ぐにはまず首周りにぐるっと切れ目を入れて……いや、ちゃんと手元見ないと怪我するよ」
「だ、だって……怖い……」
鹿は食肉として以外にも、毛皮や角など利用価値のある部位がたくさんあります。熟練者であれば五分もかからずに皮を剥ぐこともできるのですが、初めて解体を経験するルカは危なっかしい手付きで、見ているルグや教官もヒヤヒヤしています。
「ナイフは危ないな……えっと、じゃあ角を根元から折るのを手伝ってもらえる?」
「う、うん、それなら……だ、大丈夫そう」
今回仕留めた二頭の肉は全員で分け合うことになっていますが、仕留めた殊勲者ということで剣角鹿の角と毛皮はルグと獣人氏がそれぞれ貰えることになっているのです。
触れれば切れる名刀とまではいかずとも、ちょっと研ぎを入れれば刃物として使用できる強度と鋭さのある剣角鹿の角。
通常であればハンマーやノコギリで頭蓋骨から取り外す物ですが、ルカはまるで小枝でも折るようにポキポキと頭部の左右から引っこ抜きました。勢い余って割れた頭蓋骨の隙間から脳ミソが見えてしまい、自分でやったにも関わらずルカが卒倒しそうになっていました。
剥いだ皮は野営地のすぐ横を流れている小川で血を洗い流してから干してあります。出発時間までには乾いているでしょう。その皮で折り取った角を巻き、ロープで縛れば担いで運びやすくなります。
剣角鹿の毛皮は、仲間同士のじゃれ合いで傷付かないよう丈夫になっているので、防具や防寒具の素材として安定した需要があるのです。先程は一矢で貫通していましたが、なめしてから何重にも貼り合わせれば強度は大きく跳ね上がります。
「へ、え……そう、なんだ」
「うん。あ、でも毛皮はお金に替えるけど、この角は職人街の工房に持ち込んで剣にしてもらおうかなって。ギルドと提携してるところなら安くなるらしいし」
剣というのは良い物を買おうとすれば、それなりに高くつきます。
ナマクラや中古品であれば安くもなりますが、品質も耐久性も値段相応。長く使うことを考えれば、魔物の素材を持ち込んで割引を狙うのは悪くない考えでしょう。
と、そこでルグとルカの話に割り込んで来る者がいました。
「ふむ、剣角鹿の角剣か。私も興味があるから、出来たら一度見せてくれないかな?」
「あ、レン、起きたんだ。出発まで寝てると思ったけど」
「いや、私もそのつもりだったんだけど痛み止めが切れたみたいで、足が痛くて寝れなくてね。食欲は戻ってきたし、折角だから鹿肉のお相伴に預かろうかと」
剣角鹿の成獣を二頭も捌いたので、三十人近い全員が満腹になるくらいの量がありました。
既に酒飲み組は焚き火の周りで焼いた肉を肴に、晩酌の続きをしているようですし、他の留守番組も各々自分が食べる分を自分で切って煮たり焼いたりしています。
「もう大雑把には捌いてるから、レンも自分で食べる分切ってきなよ」
「うん、分かった」
レンリはルカと違って生き物の屍骸にも忌避感はなさそうです。
腰のナイフを抜いて、意気揚々と肉をバラしにかかりました。
◆◆◆
「うん、心臓はコリコリしてて美味しい。肝臓も味が濃くていい」
多少の睡眠と水分を摂って、レンリの食欲は完全に復活したようです。疲労そのものは未だ重苦しく残っていますが、回復の為にも身体が栄養を欲しているのでしょう。
最初は背肉や腿肉などを焚き火で炙りながら食べていたのですが、そういう人気のある箇所は早々に無くなってしまったので、他の者がほとんど手を付けようとしない内臓にまで手を出しています。
「ねえ、ルー君、鹿の胃って食べられるかな? 食べられるよね?」
「食べられるけど、何度も茹でこぼして臭みを抜かないと」
「レンリさん、よく食べますねえ……」
レンリのあまりの食欲には、ルグやイマ隊長も気圧されるほどです。既に一人で二kg以上は食べているのに、まるで手を止める気配がありません。
剣角鹿の群れがいた辺りに生えていた野苺や山菜も、前者はそのまま、後者は隊長の鍋を借りて煮た端からどんどん口に運んでいます。単に塩味で煮ただけの山菜は思わず顔を顰めるほど苦くて、お世辞にも美味しいとは言えないのですが、今はとにかく栄養補給を優先しているようです。
「ルー君、さっきから君が食べてるのはなんだい?」
「ああ、脳ミソを炙って塩振ったやつだよ。食べる?」
「食べる! うん、変わった味だがイケる。珍味、珍味」
脳ミソというのは傷みやすいので産地以外では流通しにくい食材ですが、新鮮なモノは河豚や鱈の白子のように淡白でありながら奥深い味わいがあるとされます。
肝臓などと同様に、獣の種類や状態によっては病気の原因になる可能性があるので、目利きの出来る者がいない場合は手を出さないのが無難ですが。
「ルカも脳ミソ焼き要る?」
「い、いらない……いらない、から……見せ、ないで」
レンリとは反対に、解体風景やゲテモノ食いなどを散々に見せられたルカはあまり食欲がなさそうです。
焼いた背肉を少し食べただけで、あとは野苺を何粒か摘んだだけ。
折角補給した水もほとんど飲んでいないようです。
体調不良というわけではなさそうですが、何やらモジモジとしている素振りも見受けられます。まるで、何かを我慢しているかのようで……、
「そういえばルカさん、レンリさんも、出発してからお花摘みに行ってないみたいですけど、まだ大丈夫ですか? うふふ、我慢は身体に悪いですよ」
「……っ!?」
まあ、つまりはトイレに行きたかったワケなのです。
解体手順はあまりグロくならないようにしたつもりですが、苦手な人はごめんなさい(遅い)。
寄生虫等の危険があるので他の人にはオススメできませんが、新鮮の鹿のレバ刺しはすごく美味しいらしいですね。ちょっと興味があります。食べるなら自己責任で。
次回は野外でのトイレ事情についてです。