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エピローグ⑤


「ねえ、お姉ちゃん……この格好、変じゃない……かな?」


「大丈夫、変じゃないから。っていうか、ルカ。それ聞くのこれで十回目よ?」


 待ち合わせた時間の少し前。

 今日ばかりは普段の野暮ったい格好ではなく、華やかなイブニングドレスを身に着けたルカは、しかし自信なさげに何度も同じ問いを繰り返していました。同じく余所行きの格好をしているリンやレイルに何度も同じ質問をしながら、ちらちらと玄関のほうに視線をやっています。


 本日はシモンのコネで手配してもらった貴賓席を利用できることになっているのですが、場所が場所だけに相応の装いが求められます。ルカも当然それは承知で、そのためにわざわざレンリ達と買い物に出た際に奮発してフォーマルな服装一式を揃えたのですが、やはり着慣れていない服装は落ち着かないのでしょう。


 ですが、ルカが落ち着きをなくしている理由は、何も慣れないドレスだけが原因ではありません。いくら綺麗な服を着ていても、いえ綺麗で華やかな服だからこそ、ただそれだけを着れば良いというものではありません。

 考えるべきは全体的なバランス。

 髪型を整えたり、化粧を施したり、そういった部分にも気を配らねば目にした際の印象がチグハグなものになり、どんなに素晴らしい衣服も台無しになってしまいます。



「な、なんだか……顔が、すーすー、する……」


「いいじゃない、そのほうが可愛いわよ。いっそ髪切っちゃえば?」


「えと……それは、ちょっと……無理」



 そんな理由で、本日のルカは非常に珍しいことに、長すぎる前髪を髪留めを使って頭の後ろ側に流しており、目が隠れていませんでした。ドレスと一緒に購入したらしい、つばの広い婦人用帽子をかなり前傾気味に被ってはいますが、それでも視線に対する防御力は普段より大幅に低下しています。


 また、よく口元を見ると薄ピンクの口紅が引かれていますし、ほんのりと香る程度に香水もつけているようです。いつもは化粧っ気がないルカにしては珍しく……いえ、珍しいどころかルカが化粧をしたのは実は今日が生まれて初めてだったりします。

 つい最近まで自分の容姿に無頓着で、服飾や化粧への関心もかなり薄かったのです。彼女の性格を思えば無理もありませんが、それでも思春期の少女にしてはかなり珍しいと言えるでしょう。


 もちろん初めての化粧が自力で成功するはずもないので、ルカのメイク及び髪型のセットに関してはリンが担当しました。

 彼女も彼女で普段は化粧っ気が薄いほうではあるのですが、母親が存命だった頃に教わっており、またカジノ等に出入りする際に不自然でない格好をすべく工夫した経験があったので、まあ一般的な同年代女子の平均以上の腕前はありました。性格に似合わず調理や針仕事など家事全般を得意としていますし、手先の器用さを要する細かい仕事には自信があるのでしょう。



「姉ちゃん達、馬車来たよー」



 ……と、屋敷の正門を見ていたレイルが待ち人の到着に気付きました。

 約束の時間より少し早めですが、出かける準備はとっくに完了しているので問題ありません。出来ていないのはルカの心の準備だけです。もっとも、そんな準備はいくら時間があっても終わらないでしょうけれど。



「じゃあ、ロノ。留守番お願いね?」


「ご、ごめん……ね。いって……きま、す」


『くるるるる……』



 先日もそうでしたが、劇場の建物はロノには狭すぎるので流石に連れていくことはできません。なので、ロノは番犬ならぬ番グリフォンとしてお留守番です。鳴き声が心なし寂しそうですが、いくら可哀想でもこればかりは仕方がありません。


 正門前に目をやれば、馬車から降りたウルがルカ達に向けてぶんぶん手を振っています。恐らくは『早く来い』という意味合いのジェスチャーのようです。

 ここで急いだところで開演が早まるわけではありませんが、それについては気分的な問題なのでしょう。ルカとリンとレイルは、ロノにもう一度別れを告げてから、足早に馬車に乗り込みました。







 ◆◆◆







「そういえば、最近兄さんとシモンが何かやってるみたいだけど、あれってなんだったのかしら?」


「さ、さあ……?」


 劇場に向かう車中で、リンからそんな話を振られましたが、ルカは答えることができませんでした。別にとぼけて誤魔化しているワケではありません。

 なにしろ火災が起こった時にその建物にいたのですから、何かのトラブルがあったことはもちろん知っていますが、その詳細については本当に知らないままなのです。


 あの日、ルカ達はくたくたになるまで街中を歩き回って、途中で手がかりらしい情報は得たものの、しかし結局は当初の目的を果たせずに終わってしまいました。一緒に行動していた面々も、何か知っているらしいウルを除いて同程度の情報しか持っていません。


 ここ数日はほとんど屋敷に帰ってこない、帰ってくる時も最低限の着替えなどの用事だけ済ませると死んだ目ですぐ外出してしまうシモンや、もう少し消耗の程度はマシですが同じく出かけっぱなしのラックに尋ねれば教えてもらえるかもしれませんが、あまりに声をかけづらい雰囲気を纏っているので興味本位で聞くのも憚られました。

 今日もシモンとは現地で合流する予定ですが、ラックは今どこでどうしているのかも不明です。ロノに乗ってちょくちょく飛空艇にお邪魔しているのは空を見上げれば分かりましたが、具体的な活動内容については家族も一切知りません。


 関係者の悉くが酷い目に遭った先日の事件。

 特に騒動の核心に近い位置にいた者ほど被害が大きかったような事件でしたが、しかし、反対に関係者にならずに済んだ者には被害らしい被害はほとんどありませんでした。


 関係者になれなかった……ではなく、関係者にならずに済んだ。

 事件の本筋に無関係のままでいられたルカ達は、かなりの幸運に恵まれていたのかもしれません。他の面々はともかく、基本的に運が悪いルカにとってはかなり珍しい事態です。

 普段の彼女であれば、きっとどこかの段階で事件の核心に近い部分に巻き込まれて、そして兄と同じくアンラッキーに見舞われていたことでしょう。ルカ本人に運が良かったという自覚はありませんし、むしろ友人達を付き合わせた挙句、最終的に目的を果たせなかったことを、いつも通りにツイてなかったとすら思っていますが。


 しかし、仮に知らぬ間に幸運に恵まれていたとして、ならば無自覚にツキを使ってしまったルカには、これから先、バランスを取るかのように不幸が待っているのでしょうか?


 ――――否、そんなことはありませんでした。

 


 彼女達を乗せた馬車は順調に走り、そして数日前にも訪れた『エスメラルダ大劇場』に到着しました。先日忍び込んだ時は裏の通用口からでしたが、今回は当然表側の正面入口から。まだ開演までには少なからず時間がありますが、すでに一般席の観客と思しき人々が列を成しています。



「ええと……どこ、かな?」



 レンリが御者に料金を払っている間にルカは先に降車しました。

 着慣れない服装や靴を汚したりしないための馬車移動でしたが、特にそういう点を気にしなかったり、住所の関係でかえって遠回りになってしまう者は劇場前で現地集合ということになっています。

 しかし、劇場前には入場待ちの人々が数多く、またルカ達と同じように馬車で乗りつける客も少なくないようで、知り合いを探すのも簡単ではなさそうです。


 それにルカは普段より防御力の下がっている髪型のせいで、人と目を合わせないように帽子のつばを手で押さえながら目線を下げて探しており、探す難易度は倍増しています。周囲の人々の胸元から下くらいしか見えていませんし、そんな視界を狭めた状態で歩き回っても効率が良いとはお世辞にも言えません。


 だから、当の待ち合わせ相手が前から近付いてきても、直前まで気付けませんでした。



「えっと……もしかして、ルカか?」


「えっ? あ……ルグ、くん。こ、こんにちは」


「ああ、こんにちは」



 ルカが少しだけ帽子の角度を上げて確認すると、すぐ目の前にルグが立っていました。彼も先日購入したばかりの(子供用の)礼服を着ています。


「いや、悪い。ちょっと前から、もしかしてルカなんじゃないかとは思ってたんだけど……ほら、髪とか服とか、いつもと随分違うから」


 どうやら、ルグも先程から待ち合わせたルカ達を探していたようです。

 ですが、ルカが普段の格好とはかなり違ったせいで本人を前にしてもそれが自分の知るルカなのか分からず、少し離れた位置から観察していたのだとか。

 しばらく見ていて、頑なに周囲の誰とも視線を合わせようとしない様子から、ようやく確信が持てたようです。



「あ……その、これは……その」



 しかし、合流できたというのにルカはあまり嬉しそうではありません。

 普段と違う格好をしていることを指摘され、急に恥ずかしくなってきてしまったようです。



「へ、変……だよね……」



 ルカの自信の無さは並大抵ではありません。

 いつもと違う格好をしていたから、すぐに気付かなかった。

 そんな言葉を自然と悪い方向に解釈してしまい、自分はそんなにもヘンテコな姿に見えるのだろうかという疑念が生じ、流されるままに慣れないお洒落などするのではなかったという後悔に至るまで数秒もかかりませんでしたが……、



「変? あ、いや、そうじゃなくて――――」



 ルカの後ろ向きな思考に慣れているルグは、自分の言葉が不足していたせいで彼女を落ち込ませてしまったことに気付きました。友人の容姿について、うっかり思ってしまったことを正直に言うのは少なからず気恥ずかしくもあったのですが、このまま誤解で落ち込ませたままというのも気分が悪い。



「ええと、ほら、あれだ。良い意味で見違えたっていうか……その、綺麗だったから……いや、なんでもない。忘れてくれ。忘れろ」


「……え? え、あの……?」



 彼もこの手の褒め言葉を誰かに伝えるのは不慣れなので照れが出てしまい、「綺麗」のあたりはほとんど周囲の喧騒にかき消されてしまうような小さな声でした。

 ルカも言葉のほとんどを聞き取れませんでしたが、なんとなく話す際の雰囲気から彼が自分を励まそうとしてくれたことは理解したようで、落ち込んでいた気持ちはあっさりと回復しました。

 正しく言葉の内容を認識していたら、許容量を超える嬉しさで体調を崩していたかもしれませんし、少なくとも観劇を楽しむような穏やかな精神状態ではいられなかったでしょうから、これはこれでツイていたと言えるかもしれません。



「ほら、他のみんなはもう揃ってるみたいだ。俺たちも行こうぜ」


「う、うん……?」



 まあ、このようにルカの運命が幸運の側に傾いたままなのは、どうやら間違いなさそうです。相変わらず、本人には一切自覚がありませんが。



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