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エピローグ④


『我は学んだのよ……争いは何も生まないのね……』


 事件から数日後。

 ウルは、レンリの部屋の窓際で遠い目をしながら悟ったようなことを言っていました。言葉だけなら戦いに飽いた古強者のようです。もっとも、頑張ってシリアスな雰囲気を出そうとしても、可愛らしい容姿のせいでイマイチ格好がついていませんが。


 ちなみに、今この場にいるウルは、数日前とは別のウルです。

 あの火災のあった日、その炎のまさに発生場所にいたウルは、激しい炎によって一瞬で原型を残さず燃え尽きてしまったのです。範囲が最小限に抑えられたとはいえ、その熱量は残骸も残さないほどの圧倒的なエネルギーでした。


 そうして猛火によって化身が一瞬で焼き滅ぼされたことは……まあ、ウルにとっては正直どうでもいいのですが。

 なにしろ、その気になれば何千でも何万でも同じ身体を作ることができるのです。同じ姿の化身を何体も作っても混乱を招く原因になったり、自分同士でケンカになる恐れがあるので、出来るというだけで基本的にはやりませんが。

 見た目は人型をしていても、彼女達迷宮の根本的な死生観は人類のそれとは乖離しているのでしょう。ひとつの身体が壊れてダメになっても、記憶の連続性を保ったまま他の身体が違和感なく活動していけるというのは、尋常の生命には理解しがたい感覚ではあります。


 だから、ウルが落ち込んでいるのは別の理由によるものです。

 自らの軽率な行動によって大勢に迷惑をかけてしまったのは、ウルとしても少なからず堪えるものがあったのでしょう。

 それに、レンリの薫陶を受けて一時は戦意を燃やしたものですが、そもそもウルには卑怯な手段は向いていません。いくらルール無用の勝負であっても自身の倫理観が邪魔をして、たとえ勝ったとしても素直に喜ぶことは難しいでしょう。それはつまり、ウルがなんだかんだ良識を弁えた良い子だということであり、なんら恥じるようなことではないのですが。


 卑怯卑劣によって相手を陥れても、それを負い目に思うのではなく、むしろ「してやったり」と喜べるような人格も、それはそれで一種の才能なのかもしれません。具体的に誰が「そう」だとはこの場で明言することは控えておきますが。



「おいおい、まだ落ち込んでるのかい? 済んだことを気にしてもしょうがないだろうに」



 そんなウルに、こちらは全く何も気に病んでいないレンリが声をかけました。

 火災のあった日、あった時間にまさにその劇場に不法侵入していたレンリ達は、しかし異変の兆候を察知した直後、一切の迷いなく逃走しました。

 燃えたのはホールの舞台周辺だけとはいえ、煙の匂いや音は劇場内にいれば察知できます。火災自体には(直接的には)無関係とはいえ、その状況で見つかって捕らえられたら事件との関連を疑われて大変面倒くさいことになったはずです。逃げ遅れてしまったら厳重注意では済まず、最悪騎士団に連行されて取り調べを受けることにもなりかねません。

 その時、館内のナビ役として活躍していた小人バージョンのウルは酷く動揺しており(別の自分の心境を共有していたのでしょう)、逃走ルートの選択に多少の苦労はありましたが、幸い誰かに目撃されることもなく脱出に成功しました。

 グループの常識人サイドであるルカやルグは、純粋に身内や施設内の人々を心配していたり、ここまでの苦労を投げ打って逃げ出すことに幾分の葛藤を覚えている様子でしたが……まあ、これについては仕方がありません。レンリとゴゴが強引に二人の手を引っ張って、元々入ってきた通用口まで連れていきました。

 実のところ、この時ホール内にいたライムやシモンは気配でレンリ達の接近に気付いていましたが、しかし気配を感じたというだけでは不法侵入の証拠にはなり得ません。その二人も火災発生以降はそれどころではなかったので実際には杞憂でしたが、こうしてウルを除くレンリ達一行は不法侵入を咎められることもなく完全犯罪、完全なる逃走に成功したのです。




「ところで、そろそろ予約した辻馬車が来る頃だから、すぐ出かけられるように準備しておきたまえよ。ウルくんの場合、着替えに時間はかからないだろうけど」


『うん、わかってるのよ』



 まあ、済んだ話は置いておきましょう。

 それに関係者の悉くが酷い目に遭った、今もなお遭い続けている今回の事件ですが、逆に関係者以外にとっては被害らしい被害はまったくありませんでした。火災当日の現場近くにまで近付いていたレンリやルカ達は、危ういところで関係者にならずに済んだ、深入りせずに済んだと見ることも出来るでしょう。

 そんな無関係者の一人であるレンリは、珍しいことに普段のジャケット姿ではなく、いかにも淑女らしい装いをしていました。まるで……いえ、比喩ではなくそのものなのですが、良家の令嬢のような格好です。わざわざ美容師を呼んだのか、服装だけでなく髪も丁寧に整えられ、化粧までしています。流石と言うべきか、年季の入ったお嬢様だけあってそういった格好も堂に入っていました。



『こんな感じでどうかしら?』


「うん、いいんじゃないかな? 可愛い可愛い」



 そしてウルも、こちらは服に見える身体の表面を操作して作り替えるだけなので一瞬ですが、普段より明らかに気合の入った格好に変身しました。

 あくまで子供用ではありますが、フォーマルなドレス姿。本体の迷宮に蓄えられた膨大な記録から、服飾に関するデータを引き出して再現したのです。ウィンドウショッピングだけで全てが事足りてしまう服屋泣かせの能力でもありますが。

 美しいというより微笑ましいとか可愛らしいという印象が先に立ちますが、小さいながらに立派な淑女。顔立ちが結構違うので普段はそんな風には見えないのですが、この格好のウルがレンリと並ぶと年の離れたお嬢様姉妹に見えないこともありません。



「おっと、馬車が来たみたいだ。いいタイミングだね」



 そうして外出の準備が整ったところで、予約していた馬車がマールス邸の門前に停車しました。最大で十人近くは乗れそうな大型の車両です。



「ええと、まずは……」



 客席に乗り込んだレンリは友人宅の住所を御者に告げました。

 ですが、最終的な目的地はそこではありません。

 今日は、話題の一座の公演初日。彼女達はこれから一旦シモンの屋敷に寄ってルカ達と合流し、その後で一緒に劇場に向かうつもりなのです。



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