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びっくり! びっくり!? びっくり?


『あっはっは、お久しぶりね! ここで会ったが百年目。覚悟するがいいの!』


 そんな声がどこからか聞こえてきた直後、目に見える形で異変が起こりました。劇場のホール内、分厚い扉と壁によって広い密室となっていたはずの空間に、色鮮やかな蝶々が現れたのです。いえ、一匹や二匹ならそういうこともあるでしょう。どこかに閉じ込められていたものが、たまたま声に合わせて飛び立ったということもあり得ます。

 しかし、ホール内の蝶の数は数百、いえ数千に達するかもしれません。

 一匹一匹を見れば美しいと言えるのかもしれませんが、それだけの数の蝶をいっぺんに目の当たりにしても、美しさよりも気味の悪さが先にたちます。明らかに異様な光景でした。


 大量の蝶々は舞台上にいた三人、ラックとフレイヤとライムを見下ろすかのように、幕を吊るすレールの上に集まりました。そして、ほんの数秒の間に柔らかい粘土のように形を変えて人型へと変化。堂々と腕を組んで仁王立ちを決めています。そうして姿を現したウルは、しかし――――。



「あれー!? 今、もうちょっとで思い出せそうな感じだったんだけど……」


「惜しかったねぇ。でも、一歩前進したんじゃないの。ほら、もう一度集中して」


「……ん。がんばって」



 これでもかというほど派手な演出付きで登場を決めたウルは、もちろん、別に気付かれていないわけではなかったのですが、



「ああ、ウルちゃん久しぶりだねぇ。それ何かの遊びかい? 悪いんだけど、僕ら今ちょっと忙しいから後にしてもらえないかなぁ」


『え? ……え?』



 残念ながら、それ以上に優先度の高い事情に気を取られていた三人からは、ほとんど注目されていませんでした。







 ◆◆◆







『むむー……』


 ホール内に出現した「ウル」とは別に、小人サイズでレンリの肩に座っているほうのウルも、いまいちリアクションが薄かったことを同時に察知し、面白くなさそうに唸っていました。



「ん? どうかしたのかい、ウル君?」


「ど、どう……したの?」


『な、なななんでもないのよ?』



 ですが、こちらのウルはそれを正直に言うわけにはいきません。同行者たちには、フレイヤやラックをホール内で見つけたことは、まだ秘密にしているのです。レンリやゴゴはともかく、比較的良識派のルカやルグにウルがやろうと思っていることがバレてしまうと、実行前に止められてしまうかもしれません。

 ケンカではなく名誉を賭けた決闘だと言い張ったところで、恐らくは同じこと。

 ここまでの道中で彼女なりにフレイヤに勝つための作戦は考えたのですが、それは何度も使えるような性質のアイデアではないので、極力邪魔を排除したかったのです。



『そ、それより、右の道の奥に人がいるの。足音を立てないように気をつけるのよ』


「う、うん……?」



 まあ、予定通りにいけば、決着までに長くはかかりません。

 一瞬で決着をつけて因縁を綺麗に清算し、その後にホールへ皆を案内して引き合わせれば、何も問題はない……はず。

 現在、ホールに集まっている「ウル」は元々の七割程度の質量で、それ以外の「ウル」はこうして一行のナビゲートや劇場内の監視を担当しています。多少遠回りをさせて時間を調節しても、不自然な道順から嘘がバレることはまずないでしょう。嘘を吐くのが下手すぎて、そこから何らかの違和感を持たれることはあるかもしれませんが。


 ともあれ、こちらの一行はウルに導かれながら、関係者に見つかることもなく劇場内をウロウロ移動していました。







 ◆◆◆








 そして、再びホール内。



「…………」



 見た目はいつも通りに平静でしたが、それでもウルの出現に一番困惑していたのは、意外と言うべきかライムでした。

 鋭い感覚によって離れた場所にいる人物の動向すらも察知できる彼女ですが、今回に関してはその感覚が災いしたとも取れます。気配を読み取れるとはいっても、当然ながら把握できる距離や精度には限度があり、そして、あまりに小さすぎる気配もライムの警戒網を通り抜けてしまうのです。


 これについては、探査能力の欠点というよりは盲点と言うべきでしょうか。

 今回のような劇場や街中にも小さな生命、昆虫やネズミなどの小動物は少なからず存在しますし、それら全てを意識に入れていてはキリがありません。むしろ、そこまで精密に感じ取っていたら本来注意を払うべき対象から気が逸れてしまいます。普通なら一定以上の大きさの動物や人間サイズの存在だけを把握できれば、それだけで十分事足りるはずなのです。

 ライムのみならず、ある程度以上の使い手であれば同じように思うでしょう。自覚的にせよ無自覚にせよ、昆虫や小動物程度の微弱な気配は察知の精度を妨げるノイズとして、むしろ意識から積極的に排除すべき。それが正しい判断です。



『ほらほら、我がいきなり出て来たのよ? もっと驚いてくれてもいいんじゃないかしら?』


「…………」



 だから、それが決して意図したものではなく、単なる偶然の産物だったとしても、ライムの盲点を突いていきなり接近することに成功したウルが一枚上手だったと言えます。疲労によって本調子ではなかった点を差し引いても、この接近を防ぐことはできなかったでしょう。



『え、えっと、もしもーし? あの、聞こえてるわよね? あんまり無視とかされると我も寂しいんだけど……』


「…………」



 周囲の気配だけに注目していたライムにとっては、ウルがいきなり空間転移して出てきたにも等しい状況です。実際、今そうしているように幕のレールの上で人型に変化する前は、全く気配を感知できませんでした。

 今回に関しては気配を悟られないくらいのサイズに身体を分割し、目標地点で再結集したという形なので転移術とイコールでは結べませんが、驚嘆に値する技には違いません。


 だから、ライムは普段と同じような無表情かつ淡々とした声音ではありましたが、



「びっくり」


『あ、ありがとう……どうして、我がお礼を言ってるのかしら?』



 ウルのリクエスト通りに、幾らかの敬意を込めて驚いてあげました。

 残念ながら、その微妙なニュアンスを読み取れる者はこの場にいませんでしたが。



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