鹿狩り
日が落ちてしばらく経った頃。
夜の森の中を武装した一団が歩いていました。
野営地から狩りに出た受講者が五名と教官役の冒険者が二名。
総勢七名で慎重に歩を進めます。
「剣角鹿はそれほど鼻は利かないが耳がいい。足音を立てないように」
冒険者の指示で酔いが醒めていなかったドワーフ達も気を引き締めました。
防具を身に付けている者は、物音を抑える為に金属部品の隙間に布を噛ませて、音が出にくいように工夫をしています。
「全員止まれ、剣角鹿の足跡と糞だ……まだ新しい。近くにいるみたいだな」
獲物の足跡や排泄物の具合を見て、距離や群れの規模を推測するのは狩りにおける基本的な技術。排泄物の表面がまだ乾いていないことから、それを出した生物がまだ近くにいると考えられます。
「いたぞ。木の陰に隠れて細かい数は分からんが……十五頭以上、二十頭未満。半分は子供だな」
「運がいいな、こっちが風下だ」
幸い、剣角鹿よりも先に相手を発見することができました。木の後ろに分かれて隠れながら、慎重に様子を窺います。
群れまでの距離は最も近い個体までで約80m。
野苺や木の実を食べたり、角研ぎをしたりと完全に安心しきっているようです。不意打ちを仕掛ければ、問題なく先手を取ることができるでしょう。
「子供は狙わないように。親鹿を怒らせると面倒だからな」
他の動物でもそうですが、子育て期の親というのは気が立っていて凶暴になる傾向があります。普段は臆病な剣角鹿でも、子供に危害が向けられたら怒り狂って襲い掛かってくるでしょう。臆病だからといって決して弱いわけではないのです。
「近接武器だと近寄るより先に気付かれる。誰か遠距離攻撃のできる者は?」
「はい。俺、弓使えます」
「自分は投石紐を使う」
教官の問いにルグと狼頭の獣人男性が手を挙げました。
教官達も弓は持っていましたが、この狩りも講習の一環なので、あえて受講者にやらせようというのでしょう。
ちなみに、投石紐という武器は文字通りに石を投げる為だけの単純な道具ですが、その最大射程は400m以上にも達し、時には金属の兜を貫通するほどの威力があります。獣人氏の丸太のように鍛え上げられた腕力ならば、更に威力は増すかもしれません。
「よし、この距離から狙えるか?」
「大丈夫、いけます」
「こちらも問題ない」
ルグは背負っていた矢筒から矢を引き抜いて番え、獣人の男性もポケットから石を取り出して投げる準備をしました。
「おあつらえ向きに成獣が二頭、群れの端にいるな。少年、どっちを狙う?」
「じゃあ、俺は右を」
「分かった。では、自分は左を貰おう」
獣人氏と一言二言で意思の疎通を済ませたルグは、風向きや障害物も計算しながら矢の軌道をイメージし……その想像通りにパッと矢を放ちました。
迷宮での狩りは初めてですが、日々の暮らしの中で何百何千と繰り返した動作です。一切の淀みも躊躇いもありません。
そして一瞬の間を空けて、
「お見事!」
ルグの矢が一頭の剣角鹿の頸部を貫通するのと、獣人氏の放った石が隣の鹿の頭蓋を砕いたのは全くの同時でした。
その二頭が倒れる音で他の剣角鹿は一目散に逃げてしまいましたが、成獣が二頭ならば戦果としては申し分ありません。
「二人ともよくやった!」
「ああ、でかした!」
教官や他の受講者からも喝采が上がりました。
そのまま全員で獲物のところにまで急いで駆け寄り、まだかろうじて息があった二頭の首元をナイフで切って楽にしてやります。
放っておいても致命傷でしたが、まだ心臓が動いている間になるべく血を出させないと、肉が鉄臭くなってしまうのです。
逆に、肉の味が薄い兎類や血まで美味しい鴨などの場合は、首をへし折ったり絞めて窒息させたりして、わざと全身に血が巡るようにしたりもするので、そのあたりの処理は獲物の種類によりけりですが。
「解体は他の連中にも見せたいからな、皆で担いで持って帰ろう」
「よしきた!」
「ついでに野苺も少し摘んでいこうぜ。待ってる連中の土産になる」
血抜きを済ませるまでの間に野苺や山菜などを摘んだ後、七人は分担して二頭の鹿を担ぎ上げて野営地へと戻りました。
次回は解体&実食です