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火の用心、パンチ一発火事のもと!


 ウルが悪い保護者からの示唆を受け、手段を選ばなければ圧倒的強者と思っていた相手にも勝てるのではという気付きを得て闘志を燃やし始めてしまった、ちょうどその頃。

 厳密に時系列を整理しようとするならば、ウルが唆されたより少し前ということになりますが、まあ、その程度の違いにさしたる意味はありません。誤差と言い切ってしまっても問題はないでしょう。


 ともあれ、ライムという頼もしい用心棒を味方につけた二人、ラックとフレイヤは、先程までと同じように人目を避けながら、記憶の手がかりを求めて劇場を目指していました。


 正直、旧知の仲であるらしいライムと会えた時点で劇場を目指し続ける意味はだいぶ薄くなっていて、なんなら、どこかの安全な屋内にでも身を潜めてお喋りに興じるという手も全くないではありません。

 もちろん、積もる話をしようにも今のフレイヤからはその積もっていたはずの部分が抜け落ちてしまっているのですが、記憶というのは文字通りに物理的にどこかに落として無くなるような性質のものでもありません。

 記憶喪失の身の上にありながらも、言葉を話したり、生活する上で最低限の基礎知識に類する情報はあったわけで、だから厳密には「喪失」ではなく、頭の中にあるはずのものを、部分的に思い出せなくなっているというのが正確なのでしょう。


 お喋りというと、なんだか不真面目な、物事を真剣に捉えていないような印象になってしまいますが、元の彼女が知っていたはずの情報を話し聞かせて、その刺激が誘引材料となってくれる可能性は一概に否定できません。確証はなくとも試して損はないでしょう。


 ですが、それが分かった上で、あえて三人は劇場を目指していました。

 他の解決策候補が降って湧いたとはいえ、それが確実に回復に繋がるという保障はありませんし、こちらも試して損はないというわけです。


 それに、ライムという頼もしすぎる味方が増えた現在、行動に伴う安全度は大幅に増しています。予想されるリターンは不確定ですが、リスクは軽微と見てもいいでしょう。最悪空振りに終わっても、それは致命的な失敗とはなりません。まだ取り返しのつく失敗で済むはずです。


 失敗と一口に言っても種類があり、大別するならそれは取り返しがつくか否かという一点で線引きができます。もちろん、一生涯に渡って一度も失敗をせずに済むならそれに越したことはないのでしょうが、神ならぬ人間には、もしかしたら全知全能の神であろうが、そんなことは不可能。

 むしろ、失敗を恐れるばかりに過度の完璧主義に陥ってしまう、そもそも達成不可能な目標に囚われること自体が、取り返しのつかない失敗であると言えましょう。


 それくらいならば、失敗するのは当然と最初から割り切り、許容するようにしたほうが遥かに建設的で現実的。トライ&エラーを繰り返して、試行回数の母数が増えれば成功に至る可能性も必然高まりますし、失敗の仕方そのものにも改善が見込めます。

 たとえば、失敗した際のダメージコントロールや、リカバリーの速さ。そういったテクニック面だけでなく、失敗を冷静に受け止めて対処するメンタル面においてもそうです。

 順風満帆な出世街道を歩んでいたエリートが、傍から見れば大したことのないような失敗で挫折し、そのまま挽回できずに転落してしまうなどというのは、世間一般を見渡してもそう珍しい話ではありません。全部が全部ではなくとも、そうした問題の内のある程度の割合については、失敗に慣れていなかったことが一つの要因ではあるのでしょう。


 失敗というと言葉面から悪いイメージを持ってしまいがちですが、成長するための対価と割り切って失敗慣れしておくのは決して悪いことばかりではないのです。

 失敗は成功の母。

 「敗」北して「失」ったとしても、最終的にそのマイナス以上のリターンが得られるならば問題はない。失敗して初めて見えてくるものもある。真に非難されるべきは、失敗を過度に恐れるばかりに挑戦を諦めてしまうことである。


 それらは正しいことなのでしょう。

 先人の格言や歴史を紐解くまでもなく、きっと正しい。

 正しすぎて、眩しすぎて、時に直視できないほどに。


 ですが、あえてこの考えについて問題を挙げるとするなら、無粋にもケチをつけようとするならば、実際に行動する前には取り返しがつくか否かが確実には予想できない点。そして、判別が付いた時には多くの場合すでに手遅れとなっているという点でしょうか。

 どれほど安全そうに見えたとしても、一見すると軽微なマイナスで済むように見えたとしても、致命的な危険とは見えない部分に潜むのが常というもの。人生に100%の安全は決してありえないのですから。






 ◆◆◆








「こっちは安全」


「この調子なら、あと一時間くらいかねぇ」


 不特定多数の視線を掻い潜りながら、回り道に回り道を重ねながらなので、必然時間はかかってしまいます。いざとなれば、ライムが二人を抱えて、先日ルグにやったように建物上を一直線に跳び越えて進めば何分もかからないのですが、いくらなんでもそれでは目立ちすぎてしまいます。これから情報収集をしなければならない状況で、無用の障害を増やすのは避けたいところです。


 先程ライムが倒したような、倒してしまったような追っ手だけならまだしも、事情を知らない目撃者が無数に生まれてしまったら、流石に実力行使で口を封じるわけにもいきません。

 いえ、可能か不可能かで言ったらライムには恐らく可能なのでしょうけれど、少なくとも気は進みませんし、完全に自衛の範囲を逸脱してしまいます。


 あくまで成り行き上の流れで「お願い」しているだけのラックとフレイヤには、そこまでの献身を彼女に求めるつもりもありません。それを言ったら成り行きで助けただけのラックも根本的には無関係だったのですが、そこはもう本人にもはっきり割り切れない部分です。

 彼が根っからの極悪人であったなら助けを求めてきた少女を見捨てることにも躊躇いはなかったのでしょうが、なんなら確保した上で追っ手に売りつけるくらいの非道はしたかもしれませんが、所詮は極悪人ならぬ小悪党でしかない彼は中途半端な罪悪感も抱いてしまいます。

 自分の身が一番可愛いことに違いはありませんが、手を引くタイミングを見誤って、今更見捨てるには情が湧きすぎてしまった。あえて理屈を付けるなら、おおよそそんなところでしょう。



「危ない」


「あ、ありがとう」



 まあ、過程や事情はともかくとして、途中参加のライムは細心の注意を払ってフレイヤを守っていました。人目に付かぬよう周囲の気配を探るのは勿論のこと、歩いている最中にうっかり石につまずいて転ばないかとか、壁から尖った釘でも飛び出していないかとか、過保護とも言えるほどに気を遣っていました。いささか過剰とも思えるような態度には、守られている側のフレイヤも少々困惑気味です。



「あの、ライム……さん? 流石にそこまでしなくても」



 周囲の屋根から野良猫でも飛び降りてこないかと警戒していたライムに、フレイヤもやんわりと気を緩めるよう言いました。周辺に気を払うのが大切なのは分かりますが、心配も過ぎれば杞憂にしかなりません。そこまでするくらいなら、少しでも進むペースを上げることに注意力を割くべきではと考えても不思議はありませんが、



「ちがう」



 ライムは一言、そう返しました。



「違うって……なんのこと?」


「さぁ、僕もわかんないねぇ?」



 これがシモンやタイムであれば、ライムの言わんとすることを一発で理解したのでしょうが、生憎と彼女との付き合いが浅い二人にはそこまでの読解能力は備わっていません。

 まあ、ライムも二人に自分の言いたいことが伝わっていないことは分かったようで、もう少しだけ言葉数を増やして、そしてフレイヤを指差して補足しました。



「体質? が、危ない」


「……体質? えっと、アタシの?」


「ん。燃える」



 シモンから「二人を頼む」と任された責任感もあるにせよ、それが彼女にとっては強烈なモチベーションに繋がるにせよ、いくらなんでもそれだけでここまでの過保護っぷりを発揮する理由にはなりません。

 ライムが危惧していたのは、フレイヤの体質について。

 火精(イフリータ)である彼女は、ある程度以上の物理的衝撃を受ければ、意識せずとも身体が炎と化して、その威力を受け流します。ある程度以上というのが具体的にどの程度かは曖昧ですが、少なくとも飛空艇から墜落する以上の衝撃が必須というわけではないでしょう。


 そして、それが技能の類ではなく種族特性に起因する体質であるならば、記憶の有無に関わらず、なんらかのダメージを受けたフレイヤは炎と化して傷つくことはないはずです。

 しかし、それは決して喜ばしい情報ではありません。

 もしも彼女が怪我をしそうになって身体が勝手に燃え始めたら、当然周囲の家屋や、場合によっては人間はタダでは済みません。そして現在の彼女からは炎と化した状態からの戻り方や、火勢をコントロールする技能に関する知識が消え失せているのです。

 被害がどこまで広がってしまうかはライムにも分かりませんが、最悪、街中の「可燃物」を残らず灰にして自然に鎮火するまで元に戻れないという可能性すら否定できません。

 言ってしまえば、現在のフレイヤは生きた爆弾。それも一度爆発してしまえば、被害の規模がどこまで広がるかも分からないような危険物なのです。



「ア、アタシってなんなの……?」


「……これは、あんまり知りたくなかったねぇ」



 苦労してライム語を翻訳した二人ですが、その内容を把握したフレイヤ本人とラックは、なんとも苦々しい渋面を浮かべています。まあ、自分が、あるいは丸一日隣にいた人物が爆弾同然の危険物だと知ってしまえば、冷静でいろというのは難しいでしょう。

 ここまでの道程でフレイヤがなんらかのダメージを負いそうになって、それが元で制御不能の大火災が発生していてもおかしくはなかったのです。先程の逃走劇の時も展開次第ではそうなっていたかもしれません。


 まだ彼女達やこの街が無事なのは、たまたま幸運に恵まれていたというだけ。

 危険を自覚してしまった以上、まともな神経をしていたら動揺するのも無理はないでしょう。

 転ぶのを恐れて走ることも、それどころか歩くことも迂闊にできなくなってしまいました。いっそ、ラックの言う通りに知らないままでいたほうが心理的には良かったかもしれません。



「……ん」



 何も知らなかった二人に危険性を伝えたのは、軽率だったかもしれない。

 そうでなくとも、時期尚早だったかもしれない。

 ライムも内心で失敗を反省していましたが、ここで彼女まで動揺して平静を失ってしまえば、それこそ危険な事態を招きかねません。

 今ライムがすべきは、一緒になって慌てるのではなく、二人を落ち着かせて冷静にさせること。そうすれば、少なくとも当面の危険はないはずなのです。



「気にしないで」


「いやぁ、だって、ねぇ……?」


「うん、気にするなって言われても……」


「大丈夫」



 だからライムは、決して自分の失敗を取り繕おうとしたのではなく、あくまで二人を安心させるために極めて適切な助言を与えました。



「大丈夫。気にしなければ気にならない」


「「……はい」」



 どんな物事が起ころうと、それを一切気に留めなければ気にならない。

 確固たる個を確立できていれば、いかなる状況でも常に心穏やかでいられる。

 まあ、一面の真実ではあるのでしょう。どういう精神性を有していればそんな心境に至ることが可能なのか、助言を受けた二人にはさっぱり分かりませんでしたが。



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