お手軽、簡単! 今日からできる、レンリ先生の万能必勝法講座
てくてく、てくてく。
匂いを頼りに道を進むロノの後を付いて歩くレンリとウル。
ロノの嗅覚はかなりの鋭敏さと精度があるのですが、どうやら追いかける対象のラックも移動しているらしく、必然、一直線に目的地に向かうという風にはいきません。
匂いの濃い方向を辿って、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
ロノと、その意を翻訳するレイル曰く、次第に目標との距離は縮まりつつあるようなのですが、この調子だと追いつくまでにはもう少しかかりそうです。
そんな道中での事。
レンリはちょっとした気紛れから、ウルにアドバイスをしていました。
ウルの悩み……過去の彼女がフレイヤに負けて、勝手にライバル視して、勝てるようになるまでは会わないと自身に誓ってしまったが為に顔を会わせ辛いと、大まかに要約すればそんなところです。まあ、実のところ大して深刻な悩みではありません。
親しい友人相手に五分の関係でいたいというのは、一応レンリにも理解できなくはありません。ウル自身の未熟さに起因する原因なら、気長に研鑽を積む正攻法で解決に当たるのも、一つの道ではあるのでしょう。
勝てるまで会わないと勝手に決めるのは、いくらなんでも極端すぎる、なおかつ浅慮の誹りを免れないような子供っぽい思い詰め方ですが。
「要するに、だ。ウル君がその人に勝てばいいだけの話だろう」
『そうだけど、それができれば苦労はしないのよ?』
普通に正攻法で勝とうと思ったら、確かに困難ではあるのでしょう。
ウルの寿命がどれだけあるのかは正直本人にも分かっていませんが、『木』と『火』という相性の悪さを考慮すると、十年や二十年で克服できるような戦力差ではないはずです。もしかしたら、更に一桁か二桁違ってくるほどの年数がかかるかもしれません。
相手も相手でかなり長命な種族ではあるようですが、流石にそれだけの時間がかかってしまっては、その時生きているかも定かではありません。寿命が尽きるギリギリの弱っているところを襲撃するというのも、戦術的にはアリかもしれませんが、倫理的にはナシでしょう。牛歩戦術にしたって気長すぎます。
とはいえ、それはあくまで正攻法に拘った場合。
今件に関しては、ウルの矜持というか頑固さというか、そういう心の部分をどうにかして、妥協なり納得なりさせるのが一番手っ取り早い手段でしょう。
そして何を隠そう、ウルを口八丁で騙くらかして都合よく操ることに関しては、レンリ以上の適性を持つ人類は恐らく存在しません。まさに幼女を口車に乗せることに関しての第一人者。プロフェッショナル。積み重ねた信頼と実績は伊達ではありません。一歩間違えれば、一歩間違えなくとも限りなく犯罪的な響きですが、残念なことに大体事実です。
「私はその人のことを直接知ってるわけじゃないから100%確実とまではいかないけど、八……いや九割くらいは勝ち目があるんじゃないかと思ってるよ」
そして、そんなレンリとしては、ウルがフレイヤに勝利するのは決して不可能ではない。その気になれば、今すぐにでも出来るだろうという見解を持っているようです。
いくらウルが単純なお子様とはいえ、彼我の実力差や相性差が一朝一夕で埋まるとは考えていません。もちろん、だからといって白旗を揚げるつもりはなく、いつかは勝利するつもりでいるとはいえ、一朝も一夕も経ず今すぐ勝ち得るというのは、いくらなんでも大言が過ぎるように感じてしまっても仕方がありません。
「まあ、言ってしまえばだね、誰かに勝つことと、その相手より強いということは必ずしもイコールで結ばれないんだよ」
『どういうことなの?』
相手に勝つことと、その相手より強いことは必ずしも一致しない。
レンリの話の要諦はこの部分にあります。それだけ聞いてもウルはよく分からずに首を傾げ、傾けすぎて微妙に歩きにくそうにしていますが、
「そうだね、例えば――――」
レンリとしても、それだけで理解を得られないのは始めから承知の上です。
「例えば、ここに力自慢の鍛冶屋さんと美味しい料理ができるコックさんがいるとしよう」
『ふむふむ?』
「この二人が突然血みどろの殴りあいを始めたとして……」
『いきなり例えが物騒になったの!?』
「まあ、この例えだとコックさんが包丁でも持ち出すとか、実は格闘術の達人だったとかの裏設定がなければ十中八九鍛冶屋さんが勝つんだろうけど」
『コックさんが可哀想なの……』
「さあ、ここで問題だ」
架空のコックに感情移入しているウルを尻目に、レンリは一つの問いを投げました。
「この二人、もう一度勝負したら勝つのはどっちだと思う?」
『んにゅ? それはもちろん鍛冶屋さんなのよ』
「本当にそう思うかい? 絶対に? 間違ったら私の言うことを何でも聞く?」
『な、なんだか言い方がいやらしいのよ!? ……うーん、でも絶対でいいと思うの』
「そうかい、そうかい。じゃあ、ウル君が間違ったら罰ゲームとして、私の忠実なる下僕として永久に仕えてくれるということで」
『罰がめちゃくちゃ重過ぎるの!?』
まあ、罰ゲーム云々のくだりは単にウルをからかっているだけです。
いくらレンリでも、一方的に通告したリスクを負わせるつもりは、あまりありません。
それはともかく本題の、問題の答えですが、
「よし、じゃあ、第二ラウンドの始まりだけど……じゃあ、今度は料理対決ということにしようか」
『え? えっ?』
例え話、あくまでイメージの上での勝負ですが、架空の鍛冶屋とコックの二回目の戦いは料理の腕前で雌雄を決するということにされてしまいました。
「さあ、勝負の結果だけど、ウル君はどっちが勝つと思う?」
『そ、それはコックさんだけど……でも、いくらなんでも、それはズルいの!』
「ズルい? なんで?」
『なんでって……だって、それは』
「別に勝負の種類を殴りあいに限るだなんて言ってないだろう? そもそも、ズルいだなんだって言い出したら、力自慢が有利になる一戦目の時は鍛冶屋さんのほうがズルいってことにならないかい?」
ウルは納得しかねている様子ですが、しかしレンリの横暴とも言える論理に言い返すことが出来ないでいます。
「じゃあ、例えを変えて三回目。今度はまた殴り合いでさっきの二人が戦うとして……でも、まともにやったら勝ち目がないコックさんは、事前に相手の食事に下剤を盛って、更に万全を期すために百人の屈強な荒くれ者を助っ人として呼んでおいたとしよう。さて、勝つのはどっちかな?」
『鍛冶屋さんに何か恨みでもあるの! っていうか、そのコックさんは何者なの!?』
「でも、相手の食事に一服盛るのも、助っ人を呼ぶのもルール違反じゃあない。なにせ、ルールが無いんだから」
レンリが言っているのは極端すぎるほどに極端な例えではありますが、しかし完全に間違いというわけでもありません。人として間違っていたとしても、論理そのものは間違っていません。だからこそ性質が悪いのですが。
「じゃあ、四回目の例えはもっと身近な例で。そうだね、前に私とウル君で計算勝負をしたことがあったろう。まあ、厳密には直接対決というわけじゃなかったし、今考えると体調がイマイチだったような気もするし、私も全然本気を出してなかったけど……一応、うん一応あの時はウル君が勝った、ギリギリのところで奇跡的に辛勝したという見方も出来なくはないわけだ」
『実は結構気にしてたの?』
レンリは無視して言葉を続けます。
「でも、勝負の方式を変えるとか、店主と結託してあらかじめ問題内容を把握しておくとかすれば、私がキミに勝つことも不可能ではない。いや、大抵の勝負では簡単に勝てる。少なくとも、ありとあらゆるジャンルの勝負をして百回中百回、万に一つも負けないというのは無理だろう? 無理だよね? ね?」
『うん、そこまで念を押さなくても大丈夫なの。ちゃんと我も負ける時は負けるのよ……あれ?』
レンリの負けず嫌いのせいで途中から趣旨がブレてきた嫌いもありますが、しかし、ここまで例え話を連発されたせいか、ウルもレンリの言わんとすることに気付いたようです。
勝ちたいのなら、勝てる勝負をする。相手があらゆる分野に才能を発揮する真の万能でもなければ、負かすだけならそう難しくはありません。
『なるほど。我も手段を選べば……手段を選ばなければかしら? あの子にも勝てそうな気はするの』
ウルは別に、厳正なるルールが定められた格闘試合でフレイヤに勝ちたいというワケではありません。漠然と「勝ちたい」という気持ちがあるだけで、ならば最初から勝てる勝負をすれば、そう難しいことではないでしょう。
一服盛ったり助っ人を呼んだりは流石にやり過ぎで、気持ちよく勝ちを喜べないかもしれませんが、ウルの美意識を逸脱しない程度の工夫であれば問題なし。その許容範囲については自問自答しながら探る必要がありますが。第三者がどう思おうが、当人同士が納得すれば、今回の場合は極論ウル一人が納得すればそれだけで解決するのです。
勝負に際して有利となる情報を集めたり、最高のコンディションを作ったりなどは真っ当な競技者でもごく当たり前にしていることですし、その延長線だと思えば何も問題はないでしょう。
今すぐにでも勝てるというのは、ならば決して大口でもなさそうです。やり方次第では、前にやったというバトル形式の勝負であっても勝てるかもしれません。
『ううむ、これなら楽勝な気がしてきたの!』
「おっ、調子が出てきたみたいだね。その意気、その意気」
こうして、レンリの口車にまんまと乗せられたウルは、その悪い影響によって一気に好戦的な気分になり、いつも以上の元気を取り戻しました。取り戻してしまいました。




