見当違いな四人組
さて、ラック達が間一髪で窮地を脱して、必要以上に頼もしすぎる仲間を得た頃、ルカ達は彼らがいる位置とは全く違う見当違いの場所を延々と探し回っていました。
「な、なかなか……見つからない、ね」
ルカ、レンリ、ルグ、ゴゴと頭数だけなら四人もいますが、今回の歌姫探しにおいては誰も目立った成果を挙げられていません。聖杖前広場を離れてからも何度か炎天一座所属の芸人を見つけては話を聞いてみたのですが、目新しい情報は特に無し。最初に話を聞いた双子の踊り子姉妹と大差ない情報しか得ることができませんでした。
本気で探すつもりなら連絡方法を決めた上で、四人バラバラに手分けをしたほうが効率は良いのでしょうけれど、彼女達はそういう事もしていません。結果、骨折した足が治ったばかりで本調子ではないルグに合わせてゆっくり歩いての移動になり、探し始めて二時間弱が経過しようとしているのに、捜索範囲はほとんど広がっていませんでした。まあ、進みが遅いことに関しては彼の責任だけではなく、ある意味四人全員に原因があるのですが。
結局のところ、四人の中で本気で歌姫を探し出して会ってみたいと思っているのはルカだけで、他三人についてはお世辞にもモチベーションが高いとは言えません。仮に手分けしたとして、何かとルカに甘いゴゴと義理堅い性格のルグはともかく、レンリは真面目に探そうとはしないでしょう。
何しろ本人が探し始めて間もないうちにレンリ本人がそう宣言しているので確実です。黙ってサボればいいものを、わざわざ一人になってまで協力する気はないとキチンと伝えるあたりは、一周回って誠実だとも言えるかもしれません。
街中をキョロキョロ眺めながら歩いていると、ルカ達と同じように新聞を見てフレイヤを探している風の個人や集団の姿が散見されます。当然、まだ誰もかの人物を発見してはいませんけれど。
レンリが思い付いたのと同じように一座の芸人に尋ねたり、過去のインタビュー記事を集めて心理学者さながらの行き先のプロファイリングを試みたり、例の記事が載った新聞社に突撃して情報を得ようとしたり……色々と考えて試してはいるようなのですが、成果はほとんど挙がっていません。
「ほとんど」の例外として、昨日の時点で河港付近の倉庫街や古着屋でそれらしき人物の目撃情報もありましたが、多くのファンにとって重要なのは、今現在彼女がどこにいるかという情報。
結果、昨日時点での目撃証言はほとんど重要視されず、また購入した古着による変装の可能性についても一部の人間は辿り着いていましたが、決して組織立って行動しているワケではないファン達の間ではほとんどの情報は共有されていませんでした。むしろ、情報を得た者が入手したヒントを独占しようとしてか隠そうとするケースもあったほどです。
数の力というのは強力な武器に違いありませんが、統一された意思の下で組織として行動するのと、不特定多数の個がバラバラに行動するのとでは、効率が違ってきてしまうのも止む無しでしょう。
そんな状況が続けば、次第に徒労感や疲労から足を止める者が出てきても仕方がありません。なんとなく「よく知らないけど有名人がいるなら会ってみたい」という軽い気持ちだったり「皆が探しているから自分も」というような、ある種のブームに流されただけの集団心理で参加した者達は既に少なからず歩みを止めていました。
それとは逆に、時間が経つほどに引っ込みがつかなくなって熱意が増していくような熱心なファンもいますが、それにしたってどうしても疲れは溜まってきます。気合や根性で疲れを忘れるのにも限界がありますし、肉体が疲れれば精神にも影響してくるのは避けられません。
もう昼を回ってだいぶ経つのに、これまで全く成果なしとなれば尚更です。
人間というのは行動に対する成果や結果が伴っていれば、やり甲斐や達成感を励みに結構無理も利くものですが、何か行動しても全くの成果なしではすぐに心が参ってしまいます。そうして一度心が折れてしまったが最後、体力が多少残っていようともロクに動けなくなってしまうでしょう。
実際に探し始めたのは昼過ぎからの後発組とはいえ、ルカ達もそろそろ疲れが見え始めた頃合かと思いきや、
「ふふ、なかなか……見つからない、ね」
「ん? それにしては、なんか嬉しそうだな?」
「そ、そんなこと……ない、よ?」
意外と言うべきか、それとも当然と言うべきか、ルカはむしろ時間が経つほどに気力が充実していくかのようでした。自分のワガママに皆を付き合わせている申し訳なさや、全く手がかりすらも見つからないことに対する徒労感も勿論感じてはいます。ですが、それらと同じくらいに、いえ遥かに大きく、好きな男の子と一緒にいられる嬉しさが上回っているのです。
これで目的の歌姫に会えれば万々歳ですが、それが叶わずともルカとしては十分以上に費やした労力の元は取ったと思えます。彼女らしからぬ前向きな考え方ですが、これも初恋による内面の変化、その一端なのかもしれません。恋する乙女とは、案外に逞しいものなのです。
そうして、少し前を並んで歩くルカとルグを見ながら、
『いやぁ、青春してますねぇ』
「ああ、若いってのはいいねぇ」
ゴゴとレンリは妙に年寄り臭い台詞を(前の二人には聞こえないように)吐いていました。二人の手には先程屋台で購入したチュロスの包み紙が握られており、会話の合間合間に齧って少しずつ短くなっています。
砂糖とシナモンの粉をまぶしたチュロスは、運良く揚げたてを買えたおかげもあってなかなかイケるのですが、前方の二人を眺めながらだと少しばかり甘すぎるようにも感じるようです。味付けそのものではなく気分的な問題で。
『レンリさん、意外と付き合い良いですよね?』
「そんなに意外かな? まあ、結局は食べ歩きになっちゃったけど」
なにしろ探す相手がどこにいるのかさっぱり分からないので、捜索といってもほとんど当てずっぽうです。街中を西に東に、勘に任せてウロウロと。
レンリが学都に住み始めてからもう半年くらいにはなりますが、未だに街の全部を知り尽くしているとまではいきません。発展著しいこの都市はその半年間でも新しい建物がチラホラ増えていますし、外壁を拡張して街を広げようという計画もあるようです。
ルグの足に合わせる都合上、トータルの移動距離はそれほどでもありませんが、普段は通らないような道や知らない店や屋台もいくつか見つけました。それが食べ物屋だったら試しに食べてみようという流れになっても不思議は無い、いいえ、むしろそうならないほうがおかしいとすら断言できるでしょう。
現在食べているチュロスの前にも、芋のフライやドーナツやサンドイッチにジェラートに蒸し饅頭にと、ここまでだけでも色々と買い食いをしています。それなりにボリュームのある昼食をしっかり食べた後なので購入したのは軽食が主ですが、それ以外にも良さそうな店はしっかりチェックしてあります。後で忘れずに味を確かめねばなりません。
近所であっても普段の生活パターンから外れる道というのは、キッカケでもなければ中々通る機会もありません。そういう意味では、今回は知らない場所を知る良い機会です。
まあ、だから付き合いで参加しているようなレンリにとっては幸いなことに、徒労感のような感覚はほとんどありませんでした。彼女にしてみれば食べ歩きや新しい店の開拓がメインで、人探しのほうがオマケになっていますが、その程度の意識の違いは別に問題というワケでもありません。
「さて、次は何を食べよう……おや?」
外見からは思いもよらない許容量を誇るレンリの胃袋は、まだまだ満足していないようです。次は何を食べようかと通りをぐるりと見渡して……そしてその視線が意外な人物の意外な姿を捉えました。




