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混沌、混沌、また混沌


 元々の知人であり、記憶を取り戻す為の大きな手がかりとなるであろう相手、シモンやライムと偶然にも巡り会えたフレイヤ。

 しかし、ああ、なんということでしょう!

 本来の人格を失った彼女は、人として当たり前の礼儀礼節を弁えて振る舞い、あろうことかそのせいで他人の空似扱いを受ける羽目になってしまったのです。

 ですが、せっかくの手がかりを「はい、そうですか」と取り逃すワケにはいきません。



「「記憶喪失?」」


「はい。自分では覚えていないんですけど、なんでも頭を強く打ったらしくて」


「そうそう、昨日あの飛空艇から地面まで真っ逆さまに落ちる所に僕も居合わせてさぁ」



 落下に至る経緯は本人も知りませんが、それでも覚えている限りにおいての情報を、現場に居合わせたラックの補足も交えながら必死に説明をしました。

 シモン達としても、単なるそっくりさんとして片付けるのには抵抗があったのでしょう。それよりはまだ、頭を打って記憶を失くしたというほうが受け入れやすくはあります。二人とも、その説明でキチンと納得してくれました。



「……なるほど?」


「うむ、他人の空似にしても似すぎているとは思ったが、それならばこれだけマトモになっているのにも説明が付く。付くよな? 一応、別人という可能性も頭の片隅には置いておくか」



 二人とも、その説明でキチンと納得してくれました。

 あまりにも元の人格とのギャップが大きいので、理屈は分かっても引っかかる部分はあるようですが、それでもその部分に拘っていても話が進まないので違和感をグッと飲み込んで、少なくとも納得したという(てい)で話を合わせようと思うくらいにはなりました。


 しかし、そんな反応をされると逆にフレイヤのほうも色々と気になってしまいます。特に、記憶を失って自分自身をも十全に信じられないような現状を指して「マトモ」などと言われてしまうと気にせざるを得ません。



「え、マトモになってるって……元のアタシってどういう性格だったの?」


「ああ、いや、別に悪人というワケではないのだ。ただ、なんというか少しばかりアレな……」


「自由?」


「そう! 自由奔放で既存の価値観に捉われない性格をしているだけだ!」


「なんだか、物凄く気を遣われている気がする!?」



 シモンも相手に失礼にならないよう言葉を選ぶのに苦心していましたが、ライムが合いの手を入れたように「自由」というのが元のフレイヤを表すのにピッタリな表現でしょう。

 まあ、そんな気遣いのせいで、フレイヤはより一層自分自身に対する不信感を増してしまったようですが。正直に全部伝えれば話が早いのですが、下手にそうしてしまうと悪口にもなりかねないのが悩ましいところです。



「しかし、それなら早く医者に見せたほうがいいのではないか?」



 元の人格についての話を続けるのは得策ではないと見たのか、シモンが半ば強引に話題を逸らしました。まあ、それほど不自然な話題転換というワケでもありません。



「頭は危ない」


「うむ。俺も詳しくはないが脳のダメージというのは後々から影響が出てくることもあるらしいからな。なるべく早いうちに専門家の診察を受けるべきだと思うが」


「そうしたいのは山々なんだけどねぇ。見たでしょ、あの記事?」



 その質問にはラックが答えました。

 今日の昼過ぎまで迷宮内にいたライムは新聞記事については知りませんでしたが、シモンは屋敷でルカが話していたのを聞いていますし、自身もその記事に目を通しています。そして、新聞の話題が出たことで記事内容と現状との矛盾についてもすぐに思い至りました。



「これは、どういうことだ?」



 記事の内容を信じるならば、歌姫フレイヤは本日学都(アカデミア)の街中をお忍びで観光しているはず。しかし、実際の彼女は記憶を失い、しかも怪しげな男達に追われていた。

 共通点といえば街中を動き回っているという点くらいで、二つの情報には大きな乖離が見受けられます。



「多分、新聞の読者を利用して彼女を探そうとしたんだろうねぇ」


「街中の目が捜査網として機能するというワケか。いや、そんな状況でよく今まで逃げ延びたものだが……確かに合理的ではあるが、これほど大掛かりな仕掛けを打つのは簡単ではあるまい。誰が何のためにそこまでして?」



 神業的なラックの逃走技術によって不発に終わったと見ることもできますが、あの記事の存在と不特定多数の視線に注意せざるを得ない状況が、フレイヤ達の行動に大きな制限をかけていたのは事実です。警戒の為に体力も精神力も大きく削られ、あのまま追っ手に見つからずにやり過ごせていたとしても、遠からず決定的なミスを犯して見つかっていた可能性は決して低くありません。


 

「判断材料が足りないから推測になるけどねぇ……僕達は彼女の一座と伯爵さんが怪しいんじゃないかって睨んでるよ」


「領主殿が? いや、それはあり得ん」



 その推測についてはラックも伝えるべきか迷いましたが、今は少しでも情報が欲しい状況です。案の定と言うべきか、伯爵を直接知るシモンはその疑いを一蹴しましたが、



「嘘は吐いてない」


「ああ、そのようだが……しかし、そうなると一体?」



 しかし、ラック達に嘘を言っている様子はありません。

 偽りを見抜く勘に関してはライムやシモンも決して鈍いほうではないのですが、むしろ(特定分野を除いて)相当に勘が鋭いほうではあるのですが、そんな二人からしてもラック達が嘘を吐いているようには見えません。実際、本当だと思い込んでいるのが始末に負えません。

 人が誰かを騙そうとする時には、意図を見抜かれまいとする緊張や焦りが出てしまい、隠そうとすればするほど嘘の気配が浮かび上がってくるものです。しかし、本人に騙す意図がなく本当だと思って喋る言葉には、たとえそれが間違っていようともそうした嘘の気配がありません。それでも十分に推理の材料が揃っていたなら、論理的に間違いを指摘して真実を明らかにするのも不可能ではありませんが、今はその材料も不足しています。

 こうなってくると、なまじ勘が鋭いばかりに何が真実なのか分からなくなり、明後日の方向に進んでしまいかねません。



「だが、そうだな、領主殿が狡猾な相手に騙されて上手く使われてしまっているというならば……それならば、ギリギリ無くもないか?」



 この場の面々の中では、伯爵と面識があるのはシモンだけ。その彼からすると伯爵が進んで悪事に加担するというのはあり得ない可能性です。それでも強引に理屈を付けようとして、彼が誰かに騙されている……という仮定を捻り出しました。

 シモン自身にもかなり無理矢理な、というか無茶苦茶な考えであるという自覚はあるのですが、それを否定する材料がないのだから仕方ありません。


 伯爵と面識があるタイムがいればもう少し確度の高い推理が出来たかもしれませんが、彼女は未だに合流していません。マイペースな彼女のことですから、慌てて走ったりせずのんびりと歩いて追ってきているのでしょう。というか、ライムもシモンも今の状況に気を取られて正直同行者の存在をすっかり忘れていました。



「ふむ……ならば、俺は領主殿の様子を確かめに行くか。どうせ、コレを渡しにいくつもりだったしな。鮮度が落ちても困るし」



 それが万が一の可能性でも、善良なる伯爵が悪人に誑かされているような疑いは看過できません。杞憂で済めばそれで良し。それに、元々領主館にICBMマグロを運ぶつもりではあったのです。シモンは当初の予定通りに伯爵の下へと向かうことに決めました。



「そなたらは元々劇場を目指すつもりだったのだな? ライム、護衛を頼めるか?」


「ん」



 そして、ライムは彼とは別行動。フレイヤを知る人物と出会えた今となっては目的地とする意味合いは若干薄くなっているのですが、それでも何かの手がかりがあるという可能性は否定できません。

 今日はマグロ漁やら運搬やらで少し疲れているのですが、それでもライムが護衛に付くなら百人力。先程のような追っ手の百や二百は容易く蹴散らせることでしょう。いえ、本当は蹴散らしてしまってはマズイのですが。


 こうして頼もしい味方を得た――あるいは得てしまったと言うべきかもしれませんが――ラックとフレイヤは失われた記憶の手がかりを求めて再度劇場を目指して歩き出しました。







 ◆◆◆






「おいおい、二人とも何処まで行ったんだい?」


 そうして、シモンやラック達が裏路地を立ち去ったのとちょうど入れ替わりになるようなタイミングで、のんびり歩いて後を追ってきていたタイムがようやく到着しました。

 そこに残っていたのは、彼女同様に存在を忘れられ地面に転がされている、意識を失った謎の男達……いえ、幸か不幸かタイムにとっては謎ではありませんでした。



「んん? キミ達はたしか伯爵君のところの!」



 画家という職業柄ゆえか、人の顔に対する注意力や記憶力は人一倍秀でているのでしょう。ここ最近は肖像画の仕事でちょくちょく領主館を訪ねていたタイムは、伯爵の部下である彼らの顔をしっかりと覚えていました。



「おい、しっかりするんだ! くそっ、いったい誰がこんな酷いことを!」



 誰がも何も、不意討ちで彼らを打ち倒したのは彼女の身内なのですが、悪漢に追われる知人を助けに行ったはずのライムが伯爵の部下である彼らに危害を加えるはずなどありません。ありませんったらありません。

 よって、タイムは妹達が助けに向かったのと、眼前に倒れている彼らは全くの別件だと判断しました。



「う……」


「気が付いたかい!」



 その時、男達の一人が呻き声を上げて僅かに目を開きました。

 普段のライムであれば仕留め損なうことなどないはずですが、やはり今日は疲れが残っていたのでしょう。技の精度が僅かに落ちていたようです。



「うぐっ……だ、旦那様にお伝えしなくては……」


「分かった、私がキミに代わって伝えよう。伯爵に何を伝えればいいんだい?」



 しかし、目を覚ました男も辛うじて意識の糸を繋いでいるだけで、かなり朦朧としているようです。再び気絶するのも時間の問題という状態でしたが、それでも最後の力を振り絞って先程気絶する直前に見た光景と現状から推察できる情報を伝えました。伝えてしまいました。



「あの誘拐犯……とても強そうには見えなかったが、我らが誰一人反応も出来ずに倒されるとはかなりの手練れに違いない……どうか、戦力を集中して歌姫殿の奪還を……ぐふ」


「誘拐犯? っと、もう意識がないか。事情はよく分からないけど、キミ達の無念を晴らすためにも必ず伯爵に今の言葉を伝えるからね」



 まあ、彼らの主観的視点からすれば、いきなり第三者から不意討ちを受けたなんて分かるはずがありません。意識もかなり混濁していた様子でしたし、追うべき敵対者、誘拐犯からの攻撃を受けて全滅したと解釈しても不思議はないでしょう。


 こうして、追跡者達としても半信半疑だった誘拐説に信憑性が増してしまい、しかも犯人が武装した複数人を瞬く間に倒してのける強靭にして凶悪な人物であるとの情報まで加わってしまい、事態はより一層の混沌へと向かっていくのでありました。



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