そして彼らも巻き込まれる
学都の街中で魔物の姿を目にすることは、実のところそう珍しいものではありません。より正確に言うならば、死んだ魔物の身体の一部、または全部。食料や武具などの素材としての魔物であれば頻繁に見る機会があるでしょう。
魔物の死骸は一種の資源として買取業者へと販売、市場や加工業者へと運搬され、無駄なく利用する仕組みが出来ているのです。
迷宮の出入り口である聖杖前広場では、探索帰りの冒険者が業者相手に値段交渉をしている光景がよく見られます。ここで買い取った素材は街の西側にある職人街まで馬車で運ばれ、加工されるのです。
本来、人口密集地の真ん中でそういった産業が盛んに行なわれるのは防疫の観点からすると好ましくないのでしょうが、どうやら迷宮の魔物は人に害となるような病原菌をあまり持っていないようなのです。腐敗という現象自体は起こるので菌類が迷宮内に存在しないワケではないようなのですが、詳しい仕組みは未だ不明。
仮説としては、魔物の発生プロセスや生態に理由があるか、迷宮を維持する聖杖に浄化の機能があるのでは、などと言われています。
これが生きた魔物ならまた違うのでしょうが、周囲の民間人も死んで動かない魔物を目にしたくらいでは驚かないほど見慣れている……はずでした。
「ううむ、やはり目立つな」
広場に出てきたシモンは、周囲からの視線を一身に浴びていました。
無理もありません。いくら魔物由来の素材を見慣れているとはいえ、物置サイズの巨大マグロの頭部だけを、長いロープで固定しながら無理矢理担ぎ上げているのです。よくいる獣や大型爬虫類くらいならともかく、それは当然目立つでしょう。
気力に乏しい様を指して「死んだ魚の目をしている」などという言い回しがありますが、比喩でもなんでもない死んだ魚の目、それも眼球部分だけで一抱えもありそうなサイズの目には異様な迫力がありました。見ているだけで何だか不安になってくるようで、気の弱い子供なら目が合っただけで泣き出してしまうかもしれません。
「おいおい、そんな所で立ち止まったら通行の邪魔だよ」
「おっと、すまぬ」
「どんまい」
多数の視線を受けて思わず立ち止まってしまったシモンですが、タイムに指摘されるとすぐ我に返りました。ライムも同じくマグロの切り身を持っていますが、こちらは布で周りからは中身が分からないよう覆われているので、特に注目を浴びるということはありません。
それに、こんな風にうっかり悪目立ちしてしまいましたが、それでも精々周囲の人々がちょっと驚いた程度のこと。このマグロのように巨大だったりグロテスクだったりする獲物を持ち帰った冒険者が、同様の注目を浴びることも全く無いわけではないので、すぐに周囲の人々も落ち着きを取り戻していました。
「馬車には……これでは流石に乗れぬか」
「まあ、そう急ぐわけでもないし歩いていこう」
「ん、歩くのは健康にいい」
目的地は街の東にある領主館。流石に荷物が大きすぎるので馬車で運ぶのは無理そうですが、徒歩でも三十分もしないで到着するでしょう。その程度の時間なら土産の肉が傷むこともないはずです。
しかし、その予定通りに事態は運びませんでした。
聖杖前の大階段を下り、広場から伸びる大通りに足を踏み入れようとした矢先、シモンが再び足を止めました。
「む?」
「おや、どうかしたのかい?」
「いや、ラックの奴がそこにいたのだが、あれは……彼奴、誰かに追われておるのか?」
シモンの視線の先には、顔が隠れるローブを着た女性の手を引いて、細い路地へと逃げ込むラックの姿が。更に、その二人を何やら武装した集団が追いかけていました。
巨大なマグロを担いだ怪しげな三人組は、どうやら自分達の姿以上に怪しげな事態へと巻き込まれつつあるようです。




