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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
四章『響楽紅蓮劇場』

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ウルのおひるごはん


『ふんふんふふーん』


 レンリ達が惜しいところで重要な手がかりを逃した頃、一身上の都合により彼女らと別れたウルは一人で南街の駅前の辺りを歩いていました。先程は頑張ってシリアスな雰囲気を出そうと難しい顔をしていましたが、今はすっかりゴキゲンです。



『今日は何を食べようかしら?』



 現在この場にいるウルの肉体は、本体からワイヤレスで送られる魔力を動力源に稼動しているので、特に生きる為の食事は必要ありません。

 物を食べれば体内で成分を分解して魔力に変換できるので、全くの無意味ではありませんが、金銭や時間を費やすコストを考慮すれば非合理的、非効率と言っても過言ではないでしょう。


 それでもウルやゴゴ、それに他の『迷宮』達がヒトと同じような食事をするのは、味や香りを楽しむ娯楽として好んでいるから。人間の富裕層にも娯楽としての食事を楽しむ美食家はいますが、完全に生存と切り離されたそれは、まともな人間には真似できないほど美食家として徹底された純粋な姿勢である……と、あるいは言えなくもないのかもしれません。


 無論、本人達にそこまで深い意図や主義などはありませんが。

 しいて言うなら、口腔を通しての快感を目的とした快楽主義でしょうか。



『うぅむ、迷うの……』



 ウルが所持している昼食代は先程の別れ際にレンリから貰ったお小遣いで、そこまで大金というワケではありません。あまり高級な料理は自然、選択肢から外れます。まあ、そもそも子供のナリでは一人での入店を断られてしまう可能性が少なくないのですが。


 ちなみに、どうしてウルが当たり前の権利のようにレンリからお小遣いを貰っているかというと、レンリの叔父であるマールス氏の事情が関わってきます。

 ここしばらくは市外に出ていて不在ですが、植物魔法の研究者である氏にとって、森そのものがヒトの形を取ったようなウルは絶好の研究材料(なお、氏の名誉の為に明言しておくと、彼に幼女に何らかの欲求を覚えるような性癖は一切なく、ウルのことは純粋に貴重な研究対象としてしか見ていません。それはそれで別方向のヤバさがありますが)。


 幼女という姿ゆえにそのままで研究するのは倫理的、社会的に不味いのですが、ウルが自発的に切り離した身体の一部を提供し、解剖やら何やらの実験に使ったという名目であれば問題はありません。きっと、だいぶ、かなりギリギリかもしれませんが、そのまま全身をどうこうするよりは幾分マシでしょう。


 すぐに再生できて痛みもないとはいえ、肘から先をブチッと千切ってポンと気前よく渡すのは流石に限りなくアウト寄りだったかもしれませんが、限りなく黒に近いグレーでも研究過程を公にしなければ大丈夫。学問の進歩という大儀の前には些細な問題です。


 元々は勝手に居候を始めたも同然のウルですが、そんなわけで現在は立派な食客扱い。むしろ、「お願いだから、このまま居てください」と頼まれるような立場だったりします。

 当然、街に滞在する間にかかる生活費や諸経費もマールス氏の財布から出してもらえるのです……けれど、少しややこしいのですが、実はウル本人はその事実を知りません。


 人間社会に慣れていないウルに大金を持たせるのは、どうしても不安があります。

 浪費の心配もですが、小さな子供が少なくない額のお金を持っていたら、良からぬ輩に目を付けられないとも限りません。その辺りの認識は、いつの間にか彼女の保護者のようになっていたレンリとも一致していました。


 だから、対策としてマールス氏から一旦後見人としてのレンリにお金を預け、ウルにはそこから毎日少しずつお小遣いという名目で渡すことにしたのです。

 見た目十歳くらいの子供が持つにしてはそれでもやや多いかもしれませんが、それでも精々一般的な料理店での二、三食分程度。一度にまとまった大金を預けるよりは安全でしょう。

 いつまでウルが街に滞在するのかは本人の気分次第なので明確な予定はありませんが、ウルに真っ当な金銭感覚が身に付いたと判断できるまでは、その方式で行くつもりでした。

 




『おじさん、一杯くださいな!』


「あいよっ。こぼさないように気をつけな」


 ウルは散々に迷った末、今日の昼食は屋台の汁麺(らーめん)に決めました。決め手は、屋台の隣に食事用のテーブルと椅子があって食べやすそうだった点。ウルの小さな体格では、食器を抱えながら立ち食いをするのはなかなか大変なのです。

 屋台のメニューは一種類のみ。鶏がらと野菜を煮込んで取ったスープに、小麦の細麺、刻みネギ、焼豚の薄切り、煮玉子が入った具沢山の麺料理。大人でも一杯食べれば満腹になってしまいそうな量があります。


 ゴツい男客ばかりの中で子供の一人客というのは目立ちますが、ウルは周囲からの視線を気にすることなく、つるつると麺を啜っていきます。



『つるつる……もぐもぐ……ごくごく……』



 平行してスープやトッピングもどんどん口に運び、大きなドンブリは瞬く間に空っぽになりました。小さな身体のどこに収まったのかと不思議になりそうな食べっぷりでしたが、単に必要に応じて胃に相当する体内のスペースを広げただけに過ぎません。

 今のウルの身体にも一応臓器らしき器官は作ってあって、普通の人間同様に機能させることもできるのですが、根本的には飾りのようなモノなので、こうして融通を利かせることも可能だったりします。あまり身体の中身を弄ると体型に影響が出るので限界はありますが、そこらの大食い自慢と比べても遜色ない程度の量は食べられるのです。



『ごちそうさまでした。とっても美味しかったの!』



 充分に食事を満喫したウルは、キチンと器や食器を返して店主に『ごちそうさま』を言うと、当て所なく歩き始めました。

 ルカへの協力を断ってしまったので、午後の予定はこれといってありません。

 屋敷に帰っても一人だけでは退屈ですし、今日は昼寝という気分でもありませんでした(睡眠も食事同様に必須ではありませんが、柔らかいベッドの感触や眠りの感覚は心地良く感じるようです)。



 まあ、街を適当にブラついていたら何かしら面白いことの一つもあるだろう。

 最終的にはそんな計画とも言えないような方針を立てて、ノープランで行動することにしたようです。

 個人的な事情や頼みを断った手前もあって、万が一にもこの街のどこかにいるらしいフレイヤに遭遇したら困ってしまいますが、意図して探しても難しいのに特定の人物に偶然バッタリ会う可能性など、ほとんど気にしなくても問題ないでしょう。そう、普通に考えたらそのはずです。



『ふんふんふふーん』



 そう楽観して、お気楽に鼻歌など歌いつつ歩くことしばし。

 大劇場が間近に見える通りにて。



『あ』


「あ」



 ウルは偶然にも、道を歩いていた知り合いにバッタリと出くわしました。



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