深そうで深くない少し深いウルの事情
『あれは、まだ我が生まれたばかりの頃……』
正直、聞く側のほとんどは大した関心は持っていなかったのですが、それでもウルは空気を読まずに重々しい口調でフレイヤとの因縁について語り始めました。
もっともウルの可愛らしい容姿では、どう頑張っても威厳不足。重々しい雰囲気など出しようもなく、幼児が背伸びをして大人ぶっているような微笑ましい感じになってしまうのですが。
それはさておき、問題は昔語りの内容です。
ウルとフレイヤが出会ったのは、まだ迷宮が出来たばかりの四年近く前。
『ふっ、あの頃は我も若かったの……』
ウルは無意味に黄昏ながら、意味有り気に(もちろん深い意味はなく)虚空を見つめています。多分、これも彼女なりの雰囲気作りの一環なのでしょう。成功しているかどうかはともかくとして。
年齢に関して言うなら、今でもウル達迷宮の実年齢は現在四歳。化身の人格はその時々の形状に影響を受けて引っ張られるので精神年齢はもう少し上になるとして、まあ、それでも精々十歳前後がいいところでしょう。ウルの場合、それもかなりオマケしてですが。
『でね、主様達が迷宮の“も、もにたー?”とかで、あの子を連れてきたの』
『ああ、それについては我から補足を』
しかも、肝心な部分の記憶がイマイチ曖昧でした。頼りになる妹迷宮のゴゴがすかさず補足したところによると、大体以下のような事情があったようです。
迷宮が出現した当初は不明点が多く、周辺社会や探索者などには、少なからず混乱や失敗がありました。今でも全くないとは言えませんが、それでも迷宮を中心とした都市運営や経済活動がスムーズに機能しているのは、当初にあった無数の失敗や試行錯誤を下敷きにしているからでもあります。
ですが、試行錯誤していたのは迷宮を利用する側だけではありません。
何しろ、前例などないので基本的に手探りばかり。
当の迷宮達も、まだ創り出されたばかりで実地の経験が圧倒的に不足していました。運営側であるウル達や、彼女達の言う「主様」達も、色々な工夫や実験を繰り返し、そして迷宮としてのベストな在り方を追求すべく努力をしていたのです。
その試行錯誤の一つが迷宮の体験モニター。
易し過ぎず難し過ぎない適度な難度を追求すべく、外部から招いた実力者に迷宮を試してもらい意見を募ることでした。並大抵のことでは死んだり怪我をしたりしない者を対象にしたその実験は、フレイヤや彼女の昔の同僚等を招いて行なわれ、それなりに有意義な結果を出したのだとか。
そういったデータはウル達の本体である迷宮に蓄積、分析、検討された上で、現在の迷宮運営にも役立てられています。
『……問題は、その後なの』
一般探索者の目に触れないよう迷宮深部で行なわれていたモニター活動は、数日で十分な成果が得られました。その後で、ちょっとしたお疲れ様会のような宴会が催され、ウルも化身を作り出して参加していたのです。
場所はウルの司る第一迷宮で、森の中でのバーベキューパーティーのような和やかな催しを想像すれば、それで大体合っています。神造迷宮というからには、運営側となるのは神やそれに近しい超越存在となるはずで、それなのに発想が庶民的というか地に足が着いた感があるのは、あまり気にしないほうがいいのでしょう。敬虔な信者が知ったら信仰心が根本から揺らいでしまうかもしれません。
『そこで、我はあの子と仲良くなったの』
同じ席で楽しく飲み食いしているのだから、そういう事もあるでしょう。よって、それ自体に不思議はありません。当時のウルはまだ生まれたばかりでしたが、人間の赤子と違って化身を造った時点で外見相応の仮想人格が発生しますし、交流に不都合はなかったはずです。
ウルとフレイヤの場合、精神的なノリというか波長というか、そういう相性が良かったのかもしれません。二人は出会って間もなく親友のような間柄になりました。そうなれば、必然やることは一つしかありません。
よし、一丁どっちが強いか確かめてみようぜ!
そんな流れになるのは自然の摂理でした。
少なくとも彼女達の身内の間では割と自然な流れです。
ライムあたりに聞いたらきっと頷いてくれるでしょう。
全員が全員、戦いに飢えた戦闘民族というわけではないにしろ、その場に集まった面子の大半は対等に戦える相手を探すのにも苦労する実力者ばかり。たまには思い切り身体を動かしたいと思っても仕方がないでしょう。ないのです。ないのだ。ない。
加えて、本来なら諌めるべき立場の保護者達もアルコールが入っていたせいか、むしろ二人の応援を始める始末。
まあ、互いを憎んでの決闘というのではなく、あくまでどっちが強いかを確かめる試合なので、あえて止めるまでもないという判断だったのでしょう。
そうして、宴会の余興扱いでウル対フレイヤの対戦カードが組まれたのですが。
『危うく、生まれたばかりで滅びかけたの』
結果はウルの惨敗。
実力差というよりは相性の問題でしょう。
迷宮内の樹木を操作したり、獣に変じた無数の自分自身を主戦力として物理攻撃で戦うウルにとって、燃え広がるほどに戦力を増すフレイヤは最悪の相手でした。
自然の炎ではありえない勢いで燃え広がり、一昼夜に及ぶ戦いで大陸サイズの迷宮の半分近くが灰になるほどのワンサイドゲームで試合は終了。限りなく不死身に近いとはいえ本当に不死身ではないウルは、本体の損傷が激しすぎて危うく崩壊、消滅してしまう瀬戸際まで行きました。
『我はあの時誓ったのよ。次に会う時は、あの子よりも強くなって必ず借りを返すって。だから、今はまだ会えないの……っ!』
直接対面するのはダメでも観客席から見物するのはセーフというあたり、結構ガバガバな基準ですが、ウル本人は一応真剣なようです。まあ、そう言いながらも普段は修行もせずに遊び歩いていますし、そもそも人ならぬ身の彼女がどうすれば強くなれるのか、まずはそこから考える必要がありそうですが。
本文中に入れると冗長になるので細部は省略しましたが、ウルも迷宮の運営サイドについて伏せるべき情報までは喋っていません。フレイヤが強かったり魔王軍幹部だった経歴は、調べようと思えば普通に出てくる情報なので隠すまでもないという判断です。




