ルカと頼れる仲間たち?
「なるほど、なるほど。この騒ぎはそういう事だったのかい」
時間は正午少し前。最近の習慣通りにランチタイムを共にしようと集合したレンリ達、正確にはレンリ、ルグ、ウル、ゴゴは、ルカから有名人探しの案を聞きました。
彼女は彼女で今朝の新聞記事に目を通していたのだけれど、そもそも特定のスターに対するファンというわけでもないので、わざわざ探し出してどうこうしようという発想には至らなかったようです。
ルカのアイデア自体は決して特別なものではなく、むしろありきたりなモノ。
同様の思い付きをした不特定多数も同じように探し回っていました。何も全員が熱心なファンというのではなく、単に口実を得て騒ぎたいだけだったり、内容は何であれイベント事にはとりあえず乗っかっておきたいという、浅い動機の者も少なからずいるのでしょうが。
街の雰囲気も、剣呑という風でもなく、どちらかといえば平和的ではあるのですが、全体的な雰囲気というか漠然とした空気感のようなものがいつもと違うのはレンリ達も察していました。
しいて例えるならば祭りの前のような陽性の盛り上がりが近いでしょうか。だから、ルカの話を聞いたことで、心当たりが無かった原因に合点がいったと納得するような感はありました。
とはいえ、当て所ない捜索活動に参加しようと思うかは、また別の問題です。
今日は昼食を摂った後の決まった予定は元々ありません。
昨日は公演に着ていくためのフォーマルな服装を、かなり奮発して買いに行きましたが、予定に対する準備はそれでほぼ終わり。あとは当日に備えて体調を崩さない程度に整えておくくらいでしょうか。
だから、昼食後の空いた時間を使って、ルカの人探しに付き合うこと自体に障害はないのですが。
「うん……ダメ、かな?」
「いや、普通に考えて街のどこにいるかも分からないのを見つけるのは難しいんじゃないかい? 砂漠に落とした針を探す、とまでは言わないけれど、何の手がかりも無しじゃあ、疲れるだけ疲れて無駄骨に終わるってのが一番ありそうに思うよ?」
現実的には、レンリの言うような結果に終わるのが最も高い可能性です。
この辺りの判断にはファンとそうではない者の温度差も絡んでくるのですが、一日歩き回って全くの徒労に終わる。何の成果も挙がらなかったとして、そのような事態を快く許容できるかと言えばノーと言わざるを得ないでしょう。
もちろん、可能性の話をするならば、ほとんど苦労せずあっさりと目的の人物を発見し、サインなりお喋りなどしてもらって楽しい時間を過ごすという未来も全くあり得ないとまではいきませんが、よほどの幸運に恵まれなければ難しいでしょう。
そして、ルカは自分の運の悪さにはかなり強固な自信を持っています。そんな後ろ向きな個性を自信と言うべきかはさておいて。
魔法や神学の分野でも、運勢みたいな目に見えない曖昧な要素に関しては解釈が分かれており、有ると信じて理論の基幹に据える者もいれば、単なる迷信と切り捨てる者もいます。
まあ、それでも仮に有ると仮定した場合、一緒に行動することでルカの不運がレンリ達の幸運に打ち消されて全体としてはプラスに転じるといった考え方も一応全く無いでは無い、かもしれません。仮定に仮定を重ねた、なんとも頼りない理論ではありますが。
しかし、運勢云々はともかくとしても、純粋な人探しの腕前や知恵を頼るなら、ルカがこうしているように仲間を募るというのは悪くない選択肢ではあるのでしょう。
運勢ほどではないにしても、ルカは自身がそれほど知恵の回るほうだとは思っていません。我こそは天下一の大馬鹿であるとまで卑屈になることはありませんが、それでも精々人並み程度。
はっきり人並み以上だと言えるのは持て余している怪力くらいのものです。それについても人に誇れるようなものだとは全く思っていませんが。
最近は色々な心境の変化があってか大分マシにはなりましたが、それでも彼女がコンプレックスとネガティブ思考の塊であることには変わりないのです。
あまりに心の痛みに慣れすぎて、それがニュートラルな状態となり、逆にちょっとやそっとの心痛はもう気にしないし気にならないという、一周回ってたくましさを感じるような意味の分からないメンタル構造に移行しつつあるのですが、まあ今の話には関係のないことです。
それに今回はそんなシリアス案件では全くありません。単に憧れのスターとお近付きになりたいという、お気楽でミーハーな動機でしかないのです。
問題となっているのは、友人一同を捜索隊の一員として勧誘できるかという一点。
今の様子だとレンリに関しては望み薄な感触ですが、誰か一人でも手伝ってもらえれば大きな戦力アップに繋がります。
むしろ、性格からして知らない相手からの聞き込みが難しいルカが、一番頼りにならなさそうです。いざ、「やる」となっても一番足を引っ張ってしまう可能性が低くありません。
まあ、それに目当ての歌姫が見つからなかったとしても、ルグが付き合ってくれれば、恋愛的な交際という意味でなくとも人探しに付き合ってくれれば、それはそれでルカにとっては嬉しい展開です。
彼と二人きりのツーマンセルとなると、変な風に意識してしまって人探しどころではなくなってしまうので(悲しいことに確信できてしまいました。嬉しすぎて死んでしまうかもしれません。嬉し死という斬新な死因が医学史に刻まれてしまいます)、出来れば最低でももう一人。ルカ自身を含めて三人以上でのチームが組めるのが理想でした。
「ええと……」
で、ルカが改めて聞いてみたところの結果なのですが、
レンリ、条件付きで可。
当て所なく歩き回るのはイヤ。どうせ当てずっぽうなら、食べ歩きかショッピングでもしながらのついでであれば。
ルグ、条件付きで可。
人探しに付き合うのは問題なし。
ただし、怪我が治りきっていない都合上、走り回ったりするのは無理。
ゴゴ、無条件で可。
ウル、絶対に否。
意外というべきか、ルカとしては上々の反応が返ってきました。
提案に否定的だったレンリも、捜索を主目的に据えるのではなく、他の何かのついでとしてならば付き合おうという気があるようです。
ルグは同じく条件付きですが、彼の場合は怪我が完治していないので仕方がありません。もう松葉杖は不要ですが、手足を骨折したばかりなのですから医者の許しが出るまでは運動らしい運動は控える必要があります。ルカとしても無計画に走り回って探すほどの気概はないので、彼に関しては問題なし。
何らかの思惑あっての事らしいのですが、ゴゴは全面協力を申し出ています。
ここしばらくのゴゴのルカに対する姿勢は、親切を通り越して甘やかしに近くすらあるのですが……まあ、今は良しとしましょう。最終的に利用しようという打算はあっても、少なくとも悪意の類ではありません。
ルカは基本的にワガママというか自分の希望をはっきり言うことは少ないので(だから、今回は非常に珍しい例外です)、ゴゴもなかなか思うように貸しを作れていないのが実情です。恩を売れそうなチャンスは逃がしたくないというところなのでしょう。
まあ、それぞれの事情はあれど、ここまでの三人については全員オーケー。
さほど特筆すべき点はありません。想定の範囲内です。
『わ、我は絶対行かないの! 絶対なのよ!』
「ど、どうした……の?」
だから、意外と言える反応はウルだけ。珍しく会話の最初から静かにしていた彼女は、断固たる意思を以て捜索隊への加入を拒否していました。ご丁寧に両腕を胸前でクロスしてバツ印まで作っています。
『あまり教えたくはないのだけど、でも、どうしてもと言うなら特別に聞かせてあげるの』
「え、いや……別にそこまでは……」
全く気にならないといったら嘘になりますが、ルカとしてはどうしてもウルを誘わないといけないわけではありません。人手が減るのは残念ですが、イヤだと言っているのを無理に連れ出す気は毛頭ないのです。もちろん、話しにくい事情があるのなら無理に聞くつもりはありません。
『ふっ……ついに語る時が来たようね。我とあの子の因縁を』
「あ、押し通した……え、知り合い……なの?」
しかし、ウルは実は話したかったのか、ルカの反応に構わず語り出しました。
さっきのは一種のフリだったのでしょう。
主演を張る芝居に行こうというのだから単純に嫌っているのとは違うようですが、どうやらウルには「あの子」、フレイヤに対する並々ならぬ縁があるようです。




