歌姫探し
新聞記事を目にしたルカが好奇心を刺激されて歌姫探しを思い付いた頃、学都のそこかしこでも無数のファン達が同じようなことを考えていました。人によって熱意の違いはあれど、老若男女を問わず、大勢がフレイヤを探そうと考えたのです。
「握手をしてもらいたい」
「お喋りをしたい」
「サインが欲しい」
「一緒にお茶でも」
「有名人と友達になりたい」
「歌を聴いてみたい」
主な動機としてはこんなところでしょうか。
一部には「ボ、ボクのお嫁さんになってもらいたいんだな、フヒヒ」なんてファンとしての情熱が溢れ過ぎて色々危うい感じになっている者も全くいないではありませんが、世界的な人気者ともなれば行き過ぎたファンというのはどうしても生まれてしまうものです。
まあ、盲目的になるあまり迷惑行為にでも及んだらサクッと排除するまで。それまでは金払いの良い上客ですし、程々の距離感を保ち、双方にとってwin-winの関係を維持するのがベストでしょう。
記事を読んだ全員が全員フレイヤの大ファンというワケではないにしろ、世の中には有名人であれば誰とでもお近付きになりたいというミーハー気質の人間も一定数いるものです。
それに彼女が見目麗しい少女であることは……実年齢はさておき、少なくとも外見に関しては万人が認める美少女であることは間違いありません。
中身に関しては思慮分別に欠ける部分はあるものの、性格の悪さが魅力を損なうようなタイプでもありません。むしろ、多少抜けているところが親しみ易さに繋がっているという見方もできます。大抵の人間は、特に恋人のいない独身男性などであれば、是非とも仲良くなってみたいタイプでしょう。
記事の効果は覿面で、今日は大勢の人が朝っぱらから仕事もせずに街中をウロウロとしていました。どうしても仕事を休めない者も、職務の合間合間にチラチラと物陰や道行く人々を観察しています。
特に熱心なのは、公演のチケット抽選に漏れてしまった者達でしょうか。
別に見つけたとしてもチケットを融通してもらえるはずはないのですが、舞台上でなくともせめて主演女優を一目くらい見てみたい。連日の苦労が無駄になった徒労感を少しでも埋め合わせたい。そんな意識が働いているようです。
ちょっと考えればそんな所に隠れているはずがないと分かるのですが、大きめのゴミ箱や公園の茂みの中まで舐めるようにチェックする者も少なくありません。
変装の可能性に気付いた者も少なからずいるようで、フード付きのローブや大きな帽子などで顔が見えにくくなっている通行人は不特定多数からジロジロと観察される羽目になりました。
職務質問の対象とすべき不審者が大量に出現したも同然の状況ですが、街を守る騎士や兵士達も同じようなことをしているのですから始末に負えません。むしろ一部は率先して探しているフシすらあります。若い軍人には異性との触れ合いに飢えた独身男性が少なからずいるのです。
綺麗な女性とちょっとお喋りしてみたいと思ってしまうのも、仕方の無いことではあるのでしょう。パッと見は普段以上に気合を入れて巡回業務を行なっているように見えなくもないのですが、よくよく見れば鼻の下が微妙に伸びているのが見て取れます。
仕事の性質上、人探しや失せ物探しはお手の物。
あまり大々的にやると流石に不味いので、上官にバレないように巡回業務を装いながらではありますが。志を共にする同志達と密に連携を取りながら捜索する様は、素人のソレとは明らかに一線を画しています。厳しい訓練で鍛え上げられた能力が、ここぞとばかりに(無駄に)発揮されていました。
◆◆◆
「うぅむ、これで良かったのであろうか?」
「ええ、閣下のご協力に感謝いたします」
こうして、オルテシア女史や伯爵の思惑通りに、かなりの大人数が無自覚の捜索隊として機能するようになりました。わざわざ伯爵の知る新聞社に無理を言って、一面の内容を差し替えてもらった甲斐もあるというものです。
不特定多数の彼ら彼女らとは別に、キチンと事情を把握している一座の身内や伯爵直属の部下もフレイヤを探しており、万が一にも街の外に出ないよう駅や港、西南北の門前等は特に油断無く押さえています。
数千数万もの耳目が熱心に探しているのですから、この街のどこかにいるはずの歌姫が見つかるのは最早時間の問題でしょう。
「どうしたのかしら、あの娘? お財布も持っていないはずなのに」
未だに分からないのは、いなくなったその動機。
フレイヤは稽古やスケジュールに愚痴を零すことはあっても、なんだかんだプロ意識は高いので、ちょっとサボるくらいはしても確実に本番までには準備を終わらせます。少なくとも、これまでの数々の興行では必ずそうしていました。周囲の仲間もその点に疑いを持たない程度には彼女を信頼しています。
ちなみに、行方不明ではあれど、良からぬ企みを持つ者に連れ去られたなどという考えは早々に否定されていました。一座の人間でも座長の経歴を詳しく知る者は多くありませんが、それでも並々ならぬ強さを持っていることは皆知っています。
そこらの犯罪者の一人や二人、千人や二千人であれば、脅威とすら思わないでしょう。それにフレイヤが戦闘行動を取った場合、高確率で火事が発生してしまうのですが、そういった形跡もなし。落下地点に多少の焦げ痕があったくらいでした。
だからこそ、彼女が無事であることを前提に、新聞メディアを利用しての情報操作などという悠長な手段を取れるわけですが。世間体よりも生命が危ぶまれる状況だったら、流石にこんな迂遠な手段は使えません。
「でも、もしかしたら……」
女史の知るフレイヤの迂闊さは並大抵ではありません。
例えば、見知らぬ他人から「お菓子をあげるからついておいで」なんて言われたら、ホイホイ誘いに乗りかねません。腕づくで攫われることはなくとも、そういう高度な頭脳プレイを駆使されたら簡単に引っかかってしまいそうな気もします。
年齢一桁の幼児ですら警戒しそうな甘言であっても、なまじ腕が立つばかりに危険を危険と認識できない可能性も……。
「……いや、流石にそれは考えすぎですね」
オルテシア女史は首を横に振って自分の妄想に失笑しました。フレイヤが飛空艇から落下したのはあくまで事故のはず。万が一にも衝動的、突発的な誘拐事件が発生したとして、そんな無計画さでは何の痕跡も残さず消え失せるような真似は難しいでしょう。
いくらなんでも、誘拐犯なんてアイデアは発想が飛躍しすぎです。
昨夜から一睡もせずに領主館の応接室に詰め、捜索班からの連絡を待っているのですが、ただ待っているというのも案外神経を使います。寝不足と疲労のせいで、想像力がおかしな風に働いてしまったようですが――――、
「旦那様、失礼いたします。昨日の昼過ぎに、河港近くで不審な男が歌姫殿を連れて歩いているのを見たという目撃情報が」
「失礼します。その少し後に、近くの古着屋で歌姫殿らしき女性と不審な男が、服装一式を買って行ったと店員が証言を。購入した品物の内訳は――――」
「失礼。北西街の安酒場でその二人らしき人物が夕食を取っていたと。店の者の話では不審な男のほうが何やら怪しげな儲け話を仄めかしていたとか」
伯爵の優秀な部下達が次々と集めてくる情報は、困ったことに謎の誘拐犯の存在を示唆するような内容ばかり。この日に限っては歌姫探しをする者は少なくなく、街中や店屋で熱心なファンを装って聞き込みをするのは非常に簡単だったようです。闇雲に探すのではなく、墜落地点周辺から徐々に捜査範囲を広げ、着実に情報を集めていきました。
勿論、情報の精査は必要ですが、仮にそれらの話が全部本当ならば、フレイヤを連れている男が怪しく思えてしまったとしても仕方がないでしょう。「儲け話」というのも、フレイヤを言葉巧みに操りつつ、人質の彼女が攫われていると自覚しないまま身代金を取ろうとしていると、無理矢理こじつけられなくもない……ような気がしないでもありません。
「これ見よがしに怪しいですね」
「うむ、とても怪しいのである」
ご丁寧に全ての証言者から「不審」の称号を賜ったという点を差し引いても、この状況で善意の第三者と考えるのはいくらなんでも無理筋です。こうして、この日の昼頃までには一人の青年が重要参考人として捜査線上に浮上する事となりました。
脇役とか名無しのモブが優秀で困る




