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新聞記事


「これは……どう見るべきだろうねぇ」


 新聞記事に目を通したラックは、苦笑いを浮かべながら呟きました。

 フレイヤもその隣で難しい顔をしています。


 新聞の一面にフレイヤの顔写真が載っていると気付いた二人は、新聞売りから一部購入し、人気のない裏路地で読み始めました。夕暮れから深夜にかけてが本番の歓楽街は、早朝のこの時間はあまり人通りがありません。昨夜のような宿の部屋ほどではありませんが、新聞に目を通すくらいの時間は、人目に付くことを心配せずに済むでしょう。


 しかし、肝心の記事の内容については大いに心配をする必要がありました。

 いえ、二人の心境をより正確に言い表すならば、心配というよりも困惑。混乱の色が強いかもしれません。


 『歌姫フレイヤ、昨日からお忍びで学都アカデミアを観光』


 記事の主題はそのように書かれていました。大衆に人気のある有名人なら、そのように休日オフの動向が記事にされることもあり得ない話ではないでしょう。お忍びというのも、彼女の人気を考えれば不思議ではありません。昨日からというのも、劇場艇を離れたタイミングと合致します。

 問題となるのは、実際のフレイヤ本人は休日を楽しむどころか、記憶を失って、見えない敵から逃げ続けている事。実情と記事の内容が全く合っていません。

 新聞を売るために大衆受けしそうなデタラメが書かれているという可能性も全くないではありませんが、それにしては内容がなんとも微妙です。デタラメのゴシップ記事なら、もっとスキャンダラスな内容にするでしょう。それに、問題は他にもありました。


 

「しかも、情報元が劇団関係者と……この街の領主? え、なんで?」


「さぁ? 見間違いなら良かったんだけど、僕にもそう書いてあるように見えるねぇ」



 該当記事の内容を要約すると……昨夜、本紙記者が劇場オーナーの公演に対する意気込みを取材しようと伯爵閣下に謁見した際、偶然にも劇団の関係者が先に領主館を訪れていた。

 予定していた取材内容を鑑みてダメ元で同席を申し込んだところ、両氏に快く認められた。早速、劇場オーナーや劇団側からの意気込みを伺い――――(本題に関係ないので中略)――――取材も佳境に入った頃の事である。

 ふと思い出したような唐突さで、伯爵閣下がかの歌姫の近況について劇団関係者氏に問いかけた。てっきり、演技の仕上がり具合や体調に関しての答えが返ってくると思いきや、まさかお忍びで休日オフを楽しんでいるというのである。

 そして、お忍びであるなら記事にするのは不味いかと思いきや、意外にも許可を得ることができた。なんでも、かの歌姫はファンとの身近な交流を好んでおり、休暇中であっても喜びこそすれ嫌がることはない。無用の騒ぎを起こさないようにお忍びのていは取っているが、彼女の正体に気付いた人から握手やサインを求められれば喜んで応じるだろう。もしかしたら、読者諸氏も憧れの彼女と身近に触れ合えるかもしれない……記事にはそんな風に書かれていました。


 

「とりあえず、サインの練習でもしておくかい?」


「冗談はいいから。でも、これってどういうことなのかな?」



 逃げ足に関しては百戦錬磨のラックとしても、咄嗟の判断が難しい状況です。新聞に彼女のことが載るとしても、本来は昨日の転落事故か、落ちた後で行方をくらませた件であるべきでしょう。



「そうだねぇ……」



 仮に、フレイヤの危惧している通りに一座が恐るべき悪の組織で、劇場艇内でなんらかの犯罪行為が進行していたとすれば、艇が“事件現場”となってしまうのは避けたいはず。騎士団の捜査対象となり、部外者に立ち入られる可能性が少なくありません。

 後ろめたい部分を隠蔽しつつ、新聞というメディアの力を利用してフレイヤを探す。熱烈なファンが好きな有名人を見つければ放っておけるはずがありません。ご丁寧に、ファン交流に積極的であるとも記事には書かれています。

 人通りの多い大通りや広場などで誰か一人に見つかれば、たちまち騒ぎになってしまい、追跡者からはさぞ見つけやすくなるでしょう。その為に、「お忍び休暇」なんていう当たり障りの無い口実を設けた……と考えられなくもありません。



「だとしたら、その伯爵もグルなのかな?」


「うーん、僕も直接会ったことないから判断しかねるねぇ」



 その仮説が正しいとすれば、記事の情報源である劇団関係者は当然として、伯爵も限りなくクロに近いことになってしまいます。ほとんど口から出任せだったはずの『密貿易の顧客イコール上流階級のファン説』に嫌な信憑性が出てきてしまいました。

 ラックにとって伯爵は、家主のシモンや居候仲間のタイムが親しくしている相手ではありますが、だからといって直接の知り合いでもない他人を無条件で信じられるかというと難しいものがあります。



「ごめんね、ラック。変な事に巻き込んじゃって」


「気にしないでいいさ。まぁ、最悪の場合でも街の外までは逃がしてあげるから安心してよ」


「……うん、ありがと」



 新聞記事という物証のせいで、全くの妄想だったはずの仮説に不気味なリアリティが出てきてしまいました。記憶という寄る辺を失いながらも、これまで気丈に努めていたフレイヤですが、自分の事情に無関係の部外者を巻き込んでしまったことに意気を落としていました。

 ラックも、まだ完全に『悪の組織説』を信じてはいませんが、それでもこんな大掛かりな手段を使ってまでフレイヤを探そうとする相手に不穏な気配を覚え始めていました。

 まあ、最悪の場合でも夜中まで身を隠してから密かに屋敷に戻り、ロノの助けを借りて市壁の外へ出ることは出来るはず。そんな保険の存在が僅かながら余裕を生み、彼の冷静さを保たせていました。



「まぁ、やることは何も変わらないさ。人目を避けて鼠みたいにコソコソ動く。そうそう、新聞で思いついたけど、フレイヤちゃんのことが載ってる本とか探せば記憶の手がかりになるんじゃないかなぁ」



 新聞の件が無かったとしても、人目を避けつつ記憶の手がかりを探すという基本方針には変化なし。思ったよりも慎重に動く必要がありそうだけれど、それは裏を返せば慎重に気を配ってさえいれば安全は保障されると言えなくもありません。


 ですが、彼はここにきて初めて大きく読み違えていました。

 熱心なファンの熱意。熱量。情熱。愛情。

 時には狂気すら孕むそういった感情を、知らず知らずに甘く考えていたのです。慎重に動く。周囲に気を配る。その度合いを現在の想定よりも遥かに厳しく設定すべきでした。それは実際に自分が体験しないと理解し難い感覚ゆえ、仕方のないことだったのかもしれません。


 彼が自分の読みの甘さを自覚するのは、もう少しだけ後のことになります。



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