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追う者、追われる者



「そうと決まればこうしてはおられぬ! 今すぐ騎士団までひとっ走りして……!」


 フレイヤ行方不明の報を受けたエスメラルダ伯爵は、いても立ってもいられぬとばかりに走り出そうとしました。彼の立場なら遣いを出すか相手を呼びつけるのが普通なのでしょうが、現場主義というか肉体派というか、自分の手足を動かしていないと不安になる性質なのかもしれません。



「ちょ、待っ……いえ、お待ちください閣下! 僭越ながら事を公にするのは尚早かと存じます」



 しかし、そんな伯爵をオルテシア女史は慌てて止めました。



「む? しかし一刻も早く歌姫殿を見つけねばなるまい。我輩に会いにきたのも捜索の助力を求めてのことであろう?」


「ええ、ですが全てを公表するのは最後の手段です。行方不明ということはギリギリまで伏せねばなりません」



 伯爵の権力をフル活用して騎士団や冒険者、場合によっては一般市民にまで協力を求めれば、たしかに迅速な解決は可能でしょう。いくら行方不明とはいえ、この街のどこかには確実にいるのですから、人海戦術で虱潰しにするのが効率的なのは間違いありません。


 しかし、それは事件の解決だけを目的とした場合。

 解決した後のことを考えるなら、軽率に事件の内容を公にすべきではありません。


 信用は得るまでに長い時間がかかりますが、それを失うのは一瞬で事足ります。

 もし公演開始までにフレイヤが見つからず、これだけ話題になったイベントが土壇場でお流れになったとしたら、フレイヤ個人や一座の評判が地に落ちるのは想像に難くありません。チケットの返金や各方面への賠償金もとてつもない金額になってしまうでしょう。「そうなるかもしれない」という噂だけでも危険です。

 鉄道や新聞メディアが急速に発達した昨今では、スキャンダルの噂は数日もすれば大陸中に広まってしまいます。そうなったが最後、その後で無事見つかったとしても歌姫としてのフレイヤは死んだも同然です。その影響は一座の他の出演者や裏方にまで及ぶかもしれません。


 無論、フレイヤの生命が最優先ではありますが、探し方や協力の呼びかけ方には十分な配慮をする必要がありました。不特定多数の騎士団員や冒険者に捜索を頼んだら、そこから外部に情報が漏れる可能性は少なくありません。黙秘を徹底しようにも、街中での人探しという依頼内容では聞き込みはほぼ必須。隠し通すのは難しいでしょう。



「ですので、伯爵閣下。こういう手は如何でしょうか?」


「ふむ?」



 だから、女史はそういった事情も踏まえた上で、伯爵に捜索方法の提案をしたのです。







 ◆◆◆








 そんな探す側の苦労など露知らず、ラックと記憶喪失のフレイヤは歓楽街にある食堂で呑気に夕食を摂っていました。


 以前、学都に来たばかりの頃に一家四人で隠れ住んでいて、今はもう壊れて更地になってしまった共同住宅(アパートメント)のすぐ近くの店です。

 当時は手配犯として人目を忍びながら暮らしていましたが、それでも生活の為には部屋にこもりっぱなしというワケにもいきません。日用品や食料などを購入しなくてはなりませんし、定期的に公衆浴場に行かねば汚れが酷いことになってしまいます。頻度は高くありませんし高級な店は懐事情の関係で無理でしたが、時には外食に出かけることもありました。


 今回ラックが選んだのは、当時何回か訪れたことのある大衆食堂です。

 とにかく安くて量が多くて、味は値段相応(そこそこ)。主な客層は職人や冒険者や娼婦などで、とても上品とは言えない雰囲気ですが、こういう雑然とした空気のほうが落ち着くという人種はそれなりにいるのです。ラックも高級な店でお行儀良く飲むより、こういう大衆店を好んでいました。


 決して自信を持って人に勧められるような店ではないはずなのですが、



「美味しい! コレ、美味しいよ!」


「そりゃ良かった。よっぽどお腹が空いてたんだねぇ」



 フレイヤは次から次へと注文した皿を空にしていきます。

 彼女の前の食事は、昼にサンドイッチを水で流し込んだだけ。それ以前の食事も、ここしばらくは味より早さ優先の簡素な物ばかりでした。いくら世界的な大スターとはいえ、むしろだからこそ、スケジュールが遅れている時はいつもそんな食生活になりがちなのです。

 現在の彼女にその記憶はないはずなのですが、きちんと椅子に座って温かい食事を食べられるだけでご馳走に感じられるあたり、蓄積された飢えや不満が無自覚ながらも心のどこかに残っているのかもしれません。



「ねぇ、ラック。お代わり頼んでもいい?」


「ああ、好きなだけ食べるといいよ。お酒は止めといたほうがいいだろうけどねぇ」


「うん、ありがと! すいませーん!」



 ちなみに現在のフレイヤは古着屋で購入した枯草色のワンピースの上に、濃藍のローブを羽織った格好をしています。薬師や錬金術師によくいるような格好ですし、ローブのフードを被れば外見から彼女だと気付くことはかなり難しいでしょう。

 元の服装は一緒に購入したショルダーバッグに入れてあります。そして、そんな服装一式やこの夕食代などは全額ラックの財布から出ていました。


 フレイヤもできれば自分で払いたかったのですが、そもそも財布を持っていなかったのです。稽古中はポケットに財布を入れていても動きの邪魔になるだけですし、それ以前に空の上ではお金など使えません。

 練習着に財布を入れていなかったのはだから当然として、記憶を失う前の彼女があのまま無事にサボり計画を成功させていたとしても、結局は何も買えず何も食べられず、悲しい結果に終わっていたことでしょう。もっとも、今の状況がそれよりマシかというと判断が難しいところですが。



「ふぅ、お腹いっぱい。ご馳走さま、お金は必ず……かどうかまでは約束できないんだけど、落ち着いたらなるべく返すからさ」


「ああ、別に気にしなくていいよ。ここ安いしさ」



 別にラックが見栄を張っているのではありません。

 この店の飲食代くらいは、ラックの小遣いだけでも余裕で支払えます。

 服装一式と鞄のほうはもう幾分高かったのですが、それでも躍起になって取り立てなければならないほどではありません。



「それにここだけの話、ちょっとした儲け話に手を出しててねぇ」


「儲け話? なんか胡散臭いけど、それって大丈夫なの?」


「大丈夫、大丈夫! もう少ししたら僕ぁ大金持ちってわけさ!」


「はいはい、すごいすごい」



 それに予定通りに遊覧飛行事業を始められたら、その程度の出費など全く気にならないほどの利益が出る予定です。ラックのような遊び人風の若い男が「儲け話」など口にすると胡散臭い感じがしますが、その実体はお上公認のキチンとした仕事なのですから危険などありません。

 まあ、フレイヤは彼の冗談か何かだと思ったようですし、ラックとしても儲け話の詳細を全部説明する気もないので、それ以上この話題を続けることはありませんでしたが。


 それに、今は他に優先して考えねばならないことがありました。



「今日、どこで寝よう?」



 フレイヤにとっては大変切実な問題です。

 酔い潰れて無一文になっても一切焦らず悩まず、公園でサバイバルしようとする変人も世の中にはいますが、そういった極めて特殊な例でもなければ若い女性(少なくとも外見上は)が街中で野宿などすべきではないでしょう。本当に彼女の想像する追跡者などいるのかはさておき、無用の危険を招くことにもなりかねません。


 この場合の第一候補となるのはラックの自宅でしょうか。

 しかし、それはラックの側があまり気乗りしません。部屋そのものは沢山余っていますが、家族やシモンに彼女のことをどう説明するかを考えると非常に面倒です。

 それに万が一、良からぬ事を企む追跡者の存在が真実だったなら、家族を危険に巻き込むことにもなりかねません。シモンやルカがいれば滅多なことにはならないでしょうが、幼いレイルが人質に取られたりしたら大変です。


 かといって、きちんと設備の整った宿屋に泊まるとなると流石に出費が馬鹿になりません。現状の彼らにしてみれば、いつまで逃げ続ければいいのかがサッパリ分からないのです。

 未来の大金持ち様も今はまだ一介の貧乏人。ちょっと食事をおごったり安売りの古着を買う程度ならまだしも、ちゃんとした宿に何泊もできるほどのお金は持っていません。




 だから最終的な結論として、“ちゃんとしていない”比較的安価で泊まれるような宿を当面の寝床とすることに決まりました。「宿」といっても宿泊を主目的とした施設ではないので、普通の宿屋なら備え付けてある家具やアメニティはほとんどありませんが、その分多少なりとも節約ができるはずです。



「な、何もしないでよ! 変なことしたら、えっと……すごく怒るからねっ!」


「はいはい、何もしませんよ。寝て起きたら記憶が戻ってるといいんだけどねぇ」



 そんなワケで二人は歓楽街にある連れ込み宿、要するに仲の良い男女(もしくは男同士、あるいは女同士)がある種のコミュニケーション活動に勤しむための施設に部屋を取り、一夜を明かすこととなったのです。



このあと滅茶苦茶グッスリ寝た

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