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秋の日は脳天逆落とし(裏)


 劇場艇から真っ逆さまに落ちたフレイヤ。

 しかし、本来ならばその程度のアクシデントは何一つ問題ないはずでした。


 かつて、一騎当千の兵が集う魔族の軍勢において、彼女はバリバリの武闘派幹部として名を馳せていたのです。太平の世となった今では彼女のそういった能力が注目されることは少なくなりましたが、依然世界有数の実力者であることに変わりはありません。





 ◆◆◆





 以下、余談。


 魔族というのは魔界に済む数多の種族の総称です。

 人間やエルフなどは地域や血統によって肌の色や体格などに多少の差はあっても、同種同士であればそう大きな身体的差異はありません。ですが、それら人間世界の種族とは対照的に、魔族という括りの中には驚くほど大きな違いがあるのです。


 代表的な種族を挙げると、様々な動物の特徴を持つ獣人種、一見すると人間とほとんど変わらないが魔力の扱いに長ける魔人種、巨大化能力がある巨人種、昼間はほとんど無力になる代わりに夜間には絶大な能力を発揮する吸血鬼種……細かく分類すれば優に千種類を超えるでしょう。更に種族間の混血まで考慮すれば、正確な数は誰にも把握できません。日々新たな種族が誕生し続けているといっても過言ではないのです。


 それら無数の種族全部を「魔族」の一言でまとめてしまうのは、ともすれば乱暴にも思えるかもしれません。人語を解し、ある程度以上の価値観を共有できるなどの共通点はあれど、それはあくまで偶々近い性質を持っただけの別の生物と考えるのが普通でしょう。


 ですが、幅が広すぎる身体的特徴がありながら、奇妙なことに魔族の多くは異種間での交配が可能です。僅かな例外も体格に差がありすぎて物理的に不可能というだけ。種族ごとの特徴がこれほどに違いながら、全ての魔族は近縁種と言えるほど似通ってもいるのです。


 進化の過程で偶然にもそうなったと考えることもできます。しかし、まるで誰かが魔族の「元となった生物」に手を加えて、意図的に種類を増やそうとしたかのような……などと考えることもできますが、今となっては真相は誰にも分かりません。

 資料や伝承を調べようにも、かつて数え切れないほどの戦乱があった魔界では情報の断絶が幾度と無くありましたし、千年以上を生きる長寿の魔族も自分達の祖については何も知らないのです。

 その謎が明らかになるとすれば、現代の誰も知らない遥か古代の痕跡を探し当てるか、もしくは詳細な遺伝子情報を読み解けるまで文明が発達するのを待たねばならないでしょう。



 以上、余談終わり。







 ◆◆◆







 フレイヤは魔族の中でも極めて特殊な性質を有する精霊種という種類に属します。

 その中でも特に炎の扱いに優れる火精(イフリータ)である彼女は、その気になれば炎を噴射した勢いを利用しての短時間飛行すら可能。また、炎を手足のように操る……ではなく、手足や身体の部位を炎と化して自在に動かす能力も有しています。


 飛空艇の手すりを跳び越えて落下したフレイヤも、当然ながら最初はすぐ戻ろうとしたのです。ですが、彼女は気付いてしまいました。



「……はっ!?」



 真下には学都(アカデミア)の街があります。

 このまま落ちれば拷問染みた稽古から一時的に逃げられるのでは、と。


 それに、別にそう長く逃げるつもりはありません。

 ほんの二時間か三時間くらい、美味しい物でも食べて、久しぶりにのんびり遊んで、疲れきった気分をリフレッシュしたら夕方くらいに何食わぬ顔で戻ればいいだろうと、そんな観光計画が瞬時に頭を過ぎったのです。普段からこれくらい脳ミソが働いてくれたら、きっと台本だってすぐに覚えられるのでしょうが、それについては言わぬが花。それが出来たら最初から苦労しません。

 

 スケジュール管理をするオルテシア女史や他のスタッフには悪いと思いながら、しかしロクに休みもない状況がこれ以上続いては、頭がおかしくなってしまいます。いわば、これは健康な心身を維持するための止むを得ない緊急避難なのです。

 元々頭のおかしい者がこの論法を使ってもまるで説得力がありませんが、別に他の誰かを説き伏せるのではなくフレイヤが彼女自身を納得させる為だけなので何も問題ありません。問題しかありませんが。



「ん?」



 落ちながらそこまで考えたところで、猛スピードで鷲獅子(グリフォン)が向かってくるのに気が付きました。一瞬、魔物が襲ってきたのかと思って反射的に焼き払ってしまいそうになりましたが、よく見ると背中に人間の青年が乗っています。危ないところで出しかけた炎を引っ込めました。


 ここは、かつての血で血を洗う魔界ではないのです。

 人を傷付けたり殺したりしてはいけません。

 法に反するとか心が痛むとかの理由もありますが、万が一そんな真似をしようものなら、フレイヤの昔の上司がやってきて比喩ではなく殺されてしまうかもしれません。運良く半殺しで済んでも、今の仕事は続けられなくなってしまうでしょう。それは困ります。厳しすぎる稽古には閉口しますが、舞台仕事そのものはこれ以上なく気に入っているのです。


 鷲獅子の青年はどうやら落下するフレイヤを助けようとしているようで、目一杯手を伸ばしてきました。しかし、既に結構な勢いがついているのを片手だけで受け止めるのは、現実的に考えて難しいでしょう。軽く接触しただけでも指が折れてしまいそうですし、下手をすれば鷲獅子がバランスを崩して彼らまで墜落に巻き込んでしまうかもしれません。


 だから、ギリギリまで近付いたところで、ほんの少しだけ身をよじって受け止めようとする手を避けることにしました。フレイヤも自分のサボリ心が原因で見知らぬ他人が怪我をするのは気分が良くありません。



「ふぅ、危なかった」



 未だに落下し続けている状態ながら、フレイヤは安堵の息を吐きました。

 無駄に心配をかけてしまったのは心苦しいですが、あとは火炎放射の反動を利用して落下の勢いを弱めれば無事に着地が……、



「あれ、これ火事になる?」



 もう地面のすぐ近くまで迫ったところで、ようやくその事実に気が付きました。

 落下の勢いを弱めるためには下方向に炎を放つ必要がありますが、下には倉庫らしき建物が並んでいます。

 そんな所へ落下の勢いを相殺するほどの勢いで炎を放ったら、辺り一面焼け野原になるのは間違いありません。せめて、もう数秒早く減速行動に移っていれば一帯に温かい空気が吹き付けるくらいの影響で済んだのですが、先程の回避に気を取られたことで判断が遅れてしまいました。



 しかし、こういう時こそ焦ってはいけません。

 人生、どんな苦境にあっても冷静に考えることが大切なのです。

 それが例え遥か上空の飛空艇から落下して、今まさに地面に激突しそうな状況であろうとも、落ち着いて考えればきっと助かる道が――――、



「うぎゃ――――っ!?」



 当然、そんな道があるはずもなく、頭からガツンといきました。








 それにも関わらずフレイヤが無事だったのは、彼女の火精(イフリータ)としての特性によるものでしょう。普段の彼女は普通の人間と同じような肉体で活動していますが、体内魔力を賦活させたり、一定以上の衝撃を受けたりすると、実体のある肉の身体がエネルギー体である炎の身体へと変化するのです。


 完全に炎化した状態であれば、もはや物理的な手段では彼女を傷付けることはできません。基本は任意で発動するのですが、意識外からの不意打ちを食らったとしても自動的に炎に転化します。その状態で燃え広がればほぼ無尽蔵に力を増すことも出来ますし、ほとんど無敵と言ってもいいような反則級の能力です。


 世界広しと言えど、本気を出したフレイヤと同等以上に戦える存在など精々六、七人くらいしかいないでしょう。「無敵」にしては対抗できる人数が多めですが、あくまで「ほとんど無敵」なので間違えてはいけません。



 そんな彼女がもしも物理的な衝撃でダメージを負うとしたら、自動的に炎化する身体をフレイヤ自身が意識的に実体に留めようとした場合でしょうか(魔力による妨害(ジャミング)で強制的に変化を抑えられた際も同様ですが、ほとんどあり得ない机上の空論レベルの高等技術なのでこの場での説明は割愛します)。


 そして、今回がまさにそのような状況でした。

 勢いよく放出せずとも、炎化した状態で落下すれば周囲には少なからず被害が出てしまいます。だから火事になるのを防ごうとして転化を抑え込み、結果的に実体とエネルギー体の中間くらいの半端な状態で落下してしまったのです。


 そのおかげで、本人の思惑通り火事になることはありませんでしたが、



「ぅ、うーん……あ、あれ? ここは誰? アタシはどこ?」



 頭を強く打った衝撃で、記憶が綺麗サッパリどこかへ飛んでいってしまったのです。










◆◆◆◆◆◆


《おまけ》


挿絵(By みてみん)



◆今回の余談部分みたいな設定は結構作り込んでいるつもりですが、あまり語る機会がないんですよね。需要の程は不明ですが、今後も隙あらば色々な設定を解説していきたいです。ちなみに前作のヒロイン一号さんは魔族の中の「魔人種」という種族に該当します。

◆おまけ漫画もこれで七本目です。後から見返すのが面倒かもしれないので、十本くらい溜まったら活動報告にでもまとめますね。

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