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秋の日は脳天逆落とし


「ロノ、全速力!」


『キュウ!』


 飛空艇から落下する人影に向けて、ラック達は全速力で翔けました。下の街から彼らを見上げる者がいたら、まるで一本の矢のように見えたことでしょう。

 新しい鞍のおかげで、それほどまでの速度を出してもロノの背から振り落とされる心配はありません。頑丈な革ベルトで身体を固定していなければ、ラックはたちまちの内に宙に投げ出されていたはずです。


 この時点では事情も、相手が誰かも分かってはいません。

 ですが、ラックにもロノにも一切の迷いはありませんでした。

 後から行動の理由を考えてあれこれと理屈を付けることはできるかもしれませんが、実際にはいちいち何かを考えるような余裕など皆無。自然と身体が動き出したというのが正直なところでしょう。


 運良く無罪放免となったとはいえ、ラックがこれまでの罪を悔い改めて反省したかといえば、否。悪人としての素養がこれっぽっちもないルカを除き、他の家族もそれは同じです。正義の味方どころか、本質的な部分はその正反対にあるまま寸毫も変わっていません。

 むしろ、悪として在ること自体に一種の矜持、誇りのような想いを抱いていたフシすらあります。悪は悪でも、世間の法とは異なる自分達独自の価値観による自制や線引きはあるのですが、事情を知らぬ他者からすれば大した違いではないでしょう。シモンが彼らの身柄を引き受けたのは単なる親切心だけでなく、そういった危うさを心配していたからという意味合いもあるのです。


 必死になって見知らぬ他人を救おうなど、あまり「らしい」とは言えません。

 危地にあるのが大金持ちや好みの美女であれば、冷静にメリットとデメリットを考慮したうえで返礼目当てに動くかもしれませんが、そういった場合にも今のように必死にはならないでしょう。失敗したらしたで仕方がないと、適当なところで手を引いたりすることも十分にあり得ます。ラックは別に冷酷ではありませんが冷徹ではあるのです。



「うおおおぉぉ、届けぇっ!」



 だから、こんな風に必死に手を伸ばして見知らぬ誰かを救おうとしたのは、きっと突発的状況ゆえの気の迷いみたいなものだったのでしょう。








 ◆◆◆







『クゥゥゥ……』


「……うん、べストは尽くした。僕らは何も悪くない」


 まあ、彼らが何をしようとも、結果には全く影響がなかったのですが。

 ラックもベルトで固定された身体を可能な限り傾け、攣りそうになるくらいの勢いで手を伸ばして、落ちてきた人物を掴もうとしたのです。しかし、あとほんのコンマ数ミリのところを服の裾が掠めて、そのまま引力の導きに任せて地面に向けて落ちていってしまいました。


 仕方がありません。

 いくら必死になろうとも、それで物理的に腕が伸びたりはしないのです。

 それに、仮にあと少しの距離を縮めて衣服を掴めたところで、落下の勢いは既に相当なものになっていました。現実的に考えるなら、掴んだ部分の布が一瞬で破れるか、ラックの指が無残に折れるかしただけでしょう。



『クゥルルル……』



 そうこうしている間に、眼下の街から小さな激突音が聞こえてきました。

 ロノの鳴き声も普段より物悲し気です。落ちていった人物がどういうことになってしまったのか、なまじ頭が良いだけに想像がついてしまったのでしょう。順当に考えるなら五体は落下の衝撃でバラバラになり、人体の原型を留めてすらいないはずです。

 この下は河港付近の倉庫街。人通りの多い大通りでなかったのは不幸中の幸いですが、落ちた当人にとっては大した救いにもなりません。



「どうしようかねぇ? このまま逃げ……んん?」



 今回の墜落はあくまでも不幸な事故であり、ラック達には何の責任もありませんが、事件を目撃した一市民としての責任はまた別物です。このまま地上に降りて落下先の確認にでも行ったら、騎士団の事情聴取やらに付き合わされて、最低でも今日いっぱい、下手をしたら数日は時間を費やす羽目になりかねません。新事業の開始を目前に控えているのに、そんな面倒に巻き込まれるのは非常に困ります。

 もしかしたら、地上の誰かに見られていたかもしれませんが、見て見ぬフリをして現場から逃げたのがバレても精々厳重注意くらいで済むでしょう。この数分間に起きたことはさっさと忘れて、何事もなかったかのように日常に戻るのが賢い選択なのでは……という辺りまで考えたところで、ラックは違和感に気付きました。


 先程掴み損ねた人物は石畳で舗装された裏道に墜落したようです。

 上空から俯瞰すると一目瞭然なのですが、周囲一帯は土埃や砕けた石材、古い木箱の破片などが舞い散って視界が若干悪くなっていました……が、そこに違和感がありました。

 本来なら人間サイズの大きさ、質量があれほどの高さから落ちて、「若干」程度の影響で済むはずがありません。それに思い返してみれば、先程の墜落音も勢いから考えると小さすぎました。今日はそれほど風も吹いていませんし、別の音にかき消されたということもないはずです。

 考えられるとすれば、ラック達が気付かなかった何らかの理由によって、落下の衝撃が異常に減じていたということにでもなるでしょうか。



『キュゥ!』


「えぇ、マジで!?」



 ですが、そんな違和感は些細な問題です。

 ラックとロノの見下ろす先では、先程助け損なったはずの少女が五体無事なまま、砕けた道の上でクルクルと目を回していたのです。遠目でも分かるほどフラフラしていますが、自力でむくりと上体を起こしたので生きているのは間違いないでしょう。


 無事だった理由はひとまず置いておくとして、生きていたとなればラック達の取るべき対応も変わってきます。もしかしたら医者の助けが必要かもしれません。

 ロノは大きく翼を翻して、眼下の倉庫街へと舞い降りていきました。








 ◆◆◆







 そして、劇場艇から墜落した張本人。歌姫フレイヤはというと、朦朧とした意識の中で誰に聞かせるでもなくこんな言葉を呟いていました。



「ぅ、うーん……あ、あれ? ここは誰? アタシはどこ?」(※誤字に非ず)




◆主人公補正とか持ってないので無理なものは無理。現実は非情である。

「親方、空から女の子が!」

※2D6で判定。合計値が3以上でキャッチ成功……みたいな。

◆明日の更新はお休みします。

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