ルカとルグ
「あ、あの……ルグ、くん」
ルカは顔を赤くしながら、しかし恥ずかしいのをグッと堪えて、凶悪犯から解放されたルグに語り掛けました。その彼はなんだか非常に疲れた顔をしています。
拘束自体は怪我に響かないように加減されていたのですが、精神的なダメージはそれとは別問題だったのでしょう。もし、この状況でルカが逃げてしまえば、そこにトドメとなる追い討ちが入ってしまいます。ルカとしてもそれは本意ではありません。
なにしろ、「一生お婿に行けなくなる」とまで言われているのです。
ほとんど考えなしのノリで出た台詞なのでどこまで本気かは疑わしいものの、ルグが万が一にもそれほどの恥辱を受けるのは色々な意味で困ります。そのせいで女性がトラウマにでもなったら目も当てられません。
かつて狂言の人質事件に加担したルカですが(彼女自身は裏方でしたが)、まさか自分が人質を使って脅される立場になるなど夢にも思っていませんでした。人質事件の加害者と被害者の両方をやったことがある者など、世界広しと言えどそう多くはないでしょう。それとこれとは全くの別問題なのですが、奇妙な運命の悪戯を疑わざるを得ませんでした。
ともあれ、過程については一旦忘れておきましょう。形はどうあれ、ルカが勇気を出すキッカケになったのは確かなのです。形はどうあれ。
「わたし、言わないと……いけない、ことが……」
緊張のあまりルカの心臓は全力疾走でもしたかのようにバクバクと鳴り、手の平は真夏のように汗をかいていました。白い肌は遠目にも分かるくらい赤く染まっています。
伝えたいことは山のようにあったはずなのに、頭の中は綺麗に真っ白。
いつも以上に口が回らず、何度も舌を噛みそうになりながら、ルカはそれでも必死に言葉を絞り出そうとしました。
「あの、ね……あの……っ」
◆◆◆
すわ告白かと、その姿を見守るウルとレンリはゴクリと息を飲みました。
この状況に背を押されたルカはいつになく勇気を奮っています。ムード皆無なのは頂けませんが、それでも場の流れは彼女に味方していると見ていいでしょう。
緊張しすぎて周囲の人目も意識に上っていないようです。
喋るのが苦手なルカですが、だからこそ、混乱した勢いで秘めた想いが口からぽろっと出てしまうということも有り得るかもしれません。
ライムとタイムは、今回の問題を「喧嘩でもしたのか、それとも何かの行き違いでもあったのか、とにかく気まずい関係になっているらしい」と未だに誤解していましたが、それでもルカの真剣さは伝わっているのでしょう。先程までとは打って変わり、空気を読んでおとなしくしていました。
そして、ルグは自分に向かって告げられる言葉を静かに聞いていました。
ルカが何かを必死に伝えようとしているのは、姿を見れば分かります。内容がどうあれ相手が真剣に何かを言おうとしているなら、それを受け止める側も真摯に努めるべき。ぐったりと疲れた気持ちをどうにか切り替えて続く言葉を待ちました。
◆◆◆
「……ご、ごめんなさいっ」
しかし、今回は残念ながら愛の告白とはなりませんでした。
ルカの口から飛び出したのは謝罪の言葉。
深く頭を下げて、なんとも申し訳なさそうに縮こまっています。
「いつも……逃げちゃって、えっと……なんだか、恥ずかしくて……」
ドラマチックな展開を期待していたレンリやウルは後ろでがっかりしていますが、今はこれがルカの精一杯。それに、これからどうするにせよ、こうしてキチンと謝るのは必要なことです。
実際にルグはこの一言だけで、どうやら自分は口も聞きたくないほど嫌われていたのではないらしいと知り、心がスッと軽くなるのを感じていました。ルカに嫌われたかもしれないという誤解は、彼自身が思うよりも大きな負担となっていたようです。
まあ、恥ずかしくて顔を合わせられなかったというルカの発言については、暴れて迷惑をかけた負い目由来のものだと解釈していましたが。相手を異性として意識し始めてしまったからなどという理由は、可能性の欠片すら思い浮かばなかったようです。新たな誤解が生まれてしまいましたが、それについては一旦置いておきましょう。
「いや、俺もごめんな」
「え……?」
「目を合わせるの怖いんだろ?」
そして、お返しをするかのようにルグもペコリと頭を下げました。
彼が謝っているのは第二迷宮でのゴタゴタの件について。
「いや、ホントにごめん。我ながらあの時はどうかしてた」
あの時はそれが最善と信じての行動でしたが、当時は大怪我をした上に焦りが加わり、とても冷静とは言えない状態でした。結果的にルカを助けられたから良かったものの、人と目を合わせるのが苦手な彼女が泣いてしまうほどの負担を強いたのも事実。ルグはそのことに罪悪感を抱いて謝りたいと思っていたのです。
「ううん……そんなこと、ない、よ」
「え?」
ですが、その謝意は当のルカ本人に否定されました。あの時は自分の全部が嫌になり、頭の中がぐちゃぐちゃになっていましたが、その闇の淵から引き戻してくれたのは確かにルグの視線なのです。
「助けて、くれて、ありがとう」
いつも長い前髪で目を隠した上に目線を伏せ、家族や友人相手にすら目を合わせようとしないルカですが、そんな彼女がルグの瞳を真正面から見て言いました。
これが今の彼女にとっては精一杯の勇気を振り絞った誠意なのでしょう。やはり怖さはあるのか目尻に涙が浮かんできましたが、それでも決して目を逸らそうとはしません。ルグもまた、髪の隙間から覗く宝石のような目を真っ直ぐ見つめ返しています。
「また、仲良くしてくれると……嬉しい、です」
「ええと、その、なんだ……改まって言うのも照れ臭いけど、こちらこそよろしく」
互いに言いたいことはまだまだあれど、此度はこれにて一旦落着。
こうして二人は元通り、友達同士の関係に戻ることができたのです。




