ルカと『知恵の木の実』
知恵の木の実。
『第一迷宮・樹界庭園』においては比較的よく見られる果実型の叡智の結晶。
本来は果樹ではない針葉樹や枯れ木に生ることもあるが、同じ樹に何度もなるとは限らない。入口から離れた迷宮の深層ほど見つかりやすく、効力も高い傾向にあるとされる。
食すことで、これまで知らなかった知識や技能を得られたり、あるいは身体能力や魔力、頭脳の冴えが向上する可能性がある上、食材としても非常に美味である。
◆◆◆
「……と、その実はつまりそういう物なのさ」
「へえ……すごい、ね」
レンリが『知恵の木の実』について説明すると、事前知識のなかったルカもようやく事態を飲み込みました。ちなみに既に収穫は済ませ、現在『知恵の木の実』はルカの手の中にあります。間近でよく見ると淡く発光しているのが分かります。
「ちなみに、迷宮外への持ち出しや売買は禁止だよ。いや、禁止というか不可能というか」
「どういうワケか、そういうことをすると実の効力が消えちゃうんですよね。司書さんによると、迷宮そのものの意思が干渉してくるとか。あ、でも発見者が同意した上での譲渡なら可能ですよ」
レンリの説明をイマ隊長が補足しました。貴重な物ならば高く売れるのではないかと内心期待していたルカは、やや残念そうにしています。
そして、迷宮について疎い様子のルカに対して、隊長は更なる注意を述べました。
「それと……まあルカさんなら心配ないでしょうけど、『アカデミア』の中で他人の所有物を盗んだり他者に危害を加えた場合は、迷宮の怒りを買うことになるので絶対にしてはいけません」
「迷宮、の……?」
「かなり前に不心得な輩が迷宮内で盗賊まがいの真似をしようとしたことがありまして……被害者の方は無事だったんですが、その犯人は集まってきた魔物に両手足を折られた状態で木に吊るされていた、とか」
「その話なら私も新聞で読んだよ。あえて殺さずに生かしてあったんだろうけど、結局その犯人は怪我が治った後も恐怖のあまり正気を喪ったままらしいね」
『アカデミア』内での人々の動向は、迷宮自体によって常に見守られています。
万が一、人命に関わるような重大犯罪を犯そうものなら、迷宮内全ての魔物や動物、木々や草の一本に至るまでを敵に回すことになるでしょう。
「こ、怖い……ね」
ルカの場合、家業が家業なだけに他人事ではありません。
「なに、要はおかしな真似をしなければいいのさ。考えようによっては安心できるしね。さ、それよりも早く食べてみてご覧よ」
「うん……あ、美味しい……」
レンリに促されたルカが『知恵の木の実』を小さく齧ると、サクリと小気味良い歯応えと共に、桃と葡萄を掛け合わせたような甘酸っぱい味が口の中に広がりました。
「よ、よかったら……味見……?」
「いいのかい! では一口だけ……うん、これは素晴らしい!」
他の受講者達は羨ましそうに二人の様子を眺めていますが、残念ながら何人もにも分けるほどの量はありません。
「二人とも、どう? 何か知識とか増えた感じする?」
「……どうだろう? 私は一口だけだし、実感できるほどの効果はないかな」
ルグがレンリに尋ねましたが、量が少なかったせいか、はっきり自覚できるほどの効果はなさそうです。
「ルカはどう?」
「何か変わったことはあるかい? 知識に限らず、何か技術が身に付いていたり、力が強くなっていたりってこともあるらしいけど」
ルグとレンリが問うてきましたが、当のルカはあまりピンと来ていない様子です。
「まあ、一個食べたくらいじゃ、はっきり自覚できるほど変わりませんからね」
イマ隊長もそのように言い、周りの人々もちょっと期待しすぎたかと思い始めた頃、
「…………え、えいっ」
恐らくは身体能力に変化がないかどうか確認しようとしたのでしょう。
ルカが目の前に立っていた、幹の直径が一m以上はありそうな巨木に向けて、まるで腰が入っていないパンチを打ちました。
……折れました。
ルカの手の骨ではなく、木のほうが。
「……あ?」「……い?」「……う?」「……え?」「……お?」
メキメキと音を立てて倒れていく木を前に、受講者はもちろん教官達も口をポカンと開けて呆けることしかできません。
例えば、巨人族が最大限に巨大化した状態で殴れば似たようなことは出来るでしょうが、ルカの外見はいかにも非力そうなか弱い少女。目の前の光景とそれを引き起こした人物のギャップが凄まじく、一同は声を忘れたようになっていました。
そんな彼らの様子に気付いているのかいないのか、
「あんまり……いつもと変わらない、かな?」
ルカだけがマイペースに普段の感覚との差異を確認していました。
『知恵の~』シリーズは木の実だけじゃなく、魚や獣や茸なんかも色々あります。
通常のモノとの見分け方は発光しているかどうか。
食べ物以外にも似たような効果を発揮するモノは色々ありますが、詳しくはいずれ本編で。